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「……そう、なのですね」
「それに奥様が病死してから、旦那様は常に忙しく駆け回り王都に滞在する事も多くて……ゼルナ様は幼い頃からいつもお一人なのですよ」
マルカン辺境伯夫人……つまりゼルナの母親は病で亡くなっている事は知っていた。
それから再婚していない為、子供はゼルナ一人だけだという事も。
「屋敷で働く人は年老いたものばかりですし、それに少し立場が特殊な方達との関わりが多くて……御令嬢と関わる機会はとても少ないのです。もし不快な思いをされたら申し訳ありません」
「マーサさんが謝らなくても……」
「顔も合わせる事なく嫁いで来られたので不安でしょうから。それにお二人が幸せになる事を心から祈っているのです」
「……ありがとうございます」
「それに、あの見た目に驚かれたでしょう?」
「そ、そんな事は……」
口ではそう言いつつも、実際の姿を目にして驚いていた。
先程のゼルナの姿を思い出すが、貴族の令息というよりは平民や使用人に見えてしまう。
しかし噂のように傷も火傷の痕もなく、武術が得意そうにも見えない。
むしろ体は細くヒョロっとしていて、ひ弱そうだった。
マーサは眉を顰めた後に言葉を続けた。
「それで…………大変申し上げにくいのですが、坊ちゃんは御令嬢の対応が苦手でして、触れただけで壊してしまいそうだと、よく言っておられます」
「!!」
「ッ、決して乱暴な方ではないのですよ!!わたしが言うのも何ですが、とても優しい方です……!ですが、坊ちゃんの態度は誤解され易くて、ウェンディ様には嫌な思いをさせてしまうかもしれません」
「………!」
「余りの、その……女性に苦手意識があり、困り果てた旦那様が何度かお見合いをセッティング致しましたが、坊ちゃんのあのお姿を見ただけで踵を返してしまって」
「……なるほど」
「手紙で条件に合う令嬢を探す事にしたらしいですが、貴族の世界では受け入れ難いものばかりを求めたようでして……結局、返信が来たのがウェンディ様のみでした」
「そうなのですね……」
「わたしは相手方にも失礼だと言ったのですが……どんな相手が来ても腹を括るの一点張りで。ある意味世間知らずなのですよ」
豪快なのか繊細なのか、いまいちゼルナの人物像がわからない。
それにマーサもなかなかに容赦がないようだ。
それだけ深い仲なのだろう。
「晴れてお二人は夫婦になった訳ですが、坊ちゃんの性格が急に変わる訳もなく、恐らくはウェンディ様が求めている結婚生活が歩めるかどうか…………ゼルナ様も旦那様も、普通の貴族の方達とは考え方が違うので戸惑う事が多いかもしれません」
「………」
「……初日からこんな話をして申し訳ありません。ですが、是非知っておいて欲しくて」
「いえ、話して頂けて嬉しいです。何となく歓迎されていないのは分かっておりましたから」
「坊ちゃんは緊張しているだけで、ウェンディ様がどうとかはないのですよ……!皆に対してああなのです」
気不味そうに視線を逸らすマーサを見て、大体の事情を察して静かに頷いた。
たとえ、どんな事があろうとも受け入れると決めたのは自分自身なのだ。
(それに……あの場所で二人を見るくらいだったら此処に居させてもらった方がずっとマシだわ)
今頃、二人は邪魔者が消えて喜んでいる事だろう。
母と弟の事は心配ではあるが、例え偽りの夫婦関係だとしても、居場所があるだけで嬉しい事だ。
この歳で婚約破棄された訳あり令嬢が、王家の血筋を引くマルカン辺境伯の元に嫁げるなど勿体ない話だろう。
(大丈夫……どんな事だって耐えてみせるわ)




