14
「ごめん……なさい」
「へ……?」
「大丈夫、だった?」
「…………あ、はい」
再び伸ばされた手を取って起き上がる。
べちょべちょの顔をハンカチで拭っていると、嬉しそうに尻尾を振るブルと呼ばれた犬が青年の周りを回ってからお尻を落として座った。
ヘラリと笑った後に本来の目的を思い出す。
「あ、あの……今日からお世話になります。ウェンディですが……」
「………!」
「ゼルナ様は、いらっしゃいますか……?」
「………」
視線も合わせずに犬の頭を撫で続ける青年との間に再び沈黙が流れる。
するとボソボソと聞こえる声に耳を傾ける。
「……が、………だ」
「え……?」
「ぼく……が、……だ」
「あの、もう少し大きな声で話してくださいませんか?聞き取れなくて」
「………」
それにしても何とも長い前髪である。
(前、見えているのかしら……?)
綺麗なラベンダー色の髪も手入れをしていないのか、癖毛なのか寝癖なのかは分からないが、ぴょんぴょんと四方八方に跳ねている。
犬に顔中、ベロベロと舐められていてもお構いなしなのか動きが止まっている。
(動物の世話係かしら……?)
青年の言葉をじっと待っていると、ゆっくりと首が動く。
長い前髪で見えないが、恐らく此方を向いているのだろうか。
「あの…………僕が………ゼルナ、です」
「……?」
「ゼルナ・マルカン……です」
「あ………」
あまりの驚きにポカンと口を開いていた。
長い沈黙の後、青年はキョロキョロと辺りを見回してからペコリと頭を下げる。
つられて此方も頭を下げた。
そのままブルと呼ばれた犬と共に、去って行ってしまった。
(彼の方が……ゼルナ様)
衝撃を受け過ぎて固まっていた。
これ以上、会話も広げる事も出来ずに恐らく印象は最悪だろう。
(やってしまった……)
まさかゼルナ本人に向かって「ゼルナ様は何処にいますか?」と問い掛けてしまうなんて。
初対面からこんな事になるとは思わずに落ち込んでいた。
(……これから、どうしたらいいんだろう)
元気に響いている動物達の声を聞きながら途方に暮れていた。
結局、どこに行けばいいのか分からずに玄関の前で再び振り出しに戻ったのであった。
あの後、その場で立ち尽くしていると、慌てた様子で此方に駆け寄ってくれたのは優しそうな女性であった。
「もう、坊ちゃんたら!馬車が着いたのなら教えてくれたっていいのに……!信じられないわ」と、何やら怒っているようだ。
ぐちゃぐちゃになった服と髪を見て察してくれたのか顔を拭くタオルをくれる。
椅子に腰掛けるように促されて席に着くと、紅茶を出してくれた。
御礼を言うと女性は「申し訳ありません」と頭を下げた。
首と手を横に振りながら「大丈夫です」と言うと「坊ちゃんは、わたしの方から叱っておきます」と柔かな笑顔で返されて返答に困ってしまった。
「申し遅れました。わたしはマーサです」
「マーサさん、私はウェンディです。先程、ゼルナ様とお会いしたのですが大変失礼な事を言ってしまって……!もしかしたら気を悪くされたのかもしれません」
「気にしなくて大丈夫ですよ……坊ちゃんは少々照れ屋で人見知りでして」
「照れ屋、ですか……?」
「直ぐに慣れて普通に話せるようになるとは思いますけれど……」
あの言動は明らかに恥ずかしがっているようには見えなかったのだが、マーサが言うには久しぶりに令嬢と話した為、照れているだけらしい。
「ウェンディ様が余りにも可愛らしいので驚いているだけですよ」
「そんな……!」
「坊ちゃんは、今日ずっとソワソワされていて……だから緊張してどうしていいか分からなかっただけだと思います」




