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マルカン辺境伯は現国王の二番目の弟が当主を務めている。
彼自身も幼い頃から相当な変わり者で有名だったらしく、早々に王位継承権を放棄した。
自然をこよなく愛し、母方の祖父の元に入り浸り、そのうちに剣の頭角をメキメキと現して"マルカン辺境伯"を継いだのだそうだ。
武術や剣術で彼に敵うものは居ないと言われており、騎士団に呼ばれて特別講師として指導している。
その指導について来れる騎士は稀だという。
王子達はマルカン辺境伯を剣の師と慕っているらしい。
鬼、大魔王……そんな噂がある一方で、賑やかで優しいという一面もあるようだ。
遠くからしか見たことがなく実際に深く関わった事がない為、分からないし人物像も見えて来ない。
(……私、大丈夫かしら)
そしてその息子、ゼルナもマルカン辺境伯を超える相当な変わり者と聞いたことがあった。
マルカン辺境伯とは違い、剣はからっきしだというが武術にかなり長けていて、武術が盛んな隣国では知らぬ者はいない程だという。
素手で彼に敵う者は居ない……兎に角、恐ろしいのだそうだ。
しかし実際にゼルナが武術をしているところを見た者は居ない。
結局それも噂だけで、真実はよく分からないのだ。
極度な人見知りで、それ故に仮面を外せない。
喧嘩をし過ぎて傷だらけ、顔が醜いから、火傷をしている……様々な噂が飛び交い過ぎて何が真実かは分からない。
見た目がどうこう言うつもりはないが、折角夫婦になるのだから良い関係を築きたいと思うのは自然な事だろう。
しかし幼い頃からフレデリックしか知らない自分が、上手く出来るのか今になって不安が押し寄せてくる。
それに、否定したくとも、まだフレデリックに対しての気持ちが残っていた。
あれだけ長い間、人生を捧げてきたのだ。
簡単に全て捨てられるわけがない。
それがまた悔しくて堪らない。
勢いで結婚したものの、本当は心細くて不安で仕方がなかった。
顔も遠くで見た事あるかどうかくらい。
会話も殆どした事もなく、どんな人なのかも知らない。
ゼルナだってそれは同じ筈なのにアッサリと結婚を了承したのは本当に不思議だった。
(きっと相当な変わり者なのよ……!じゃなければ婚約破棄されたばかりの令嬢を理由も聞かずに娶るはずないじゃない)
なるべくゼルナの手紙に書いてあった条件は飲むつもりでいるが、それが満たせなかった場合はすぐに離縁されてしまうのだろうか。
先程から心臓が口から飛び出そうだった。
勢いで決めたとはいえ、やはり軽率だったかもしれない。
そんな考えを吹き飛ばすように首を横に振った。
(でも……どんな事だって耐えてみせるわ!!これでも我慢強い方だし、今まで努力だってしてきたもの)
ずっとフレデリックの為に尽くしてきた。
けどそんな未練を綺麗さっぱり捨てて、新しい道を歩むべきなのだろう。
その為の良いきっかけになったのかもしれない。
そう前向きに考える事で不安を拭おうとしていた。
二人の事は憎いし許せないけれど、それで自分の人生を棒に振るのは勿体ない。
ーーガタンッ
馬車がゆっくりと止まる。
ガチャリとドアが開けば、見渡す限りの緑が目に入った。
「お疲れ様でございました」
「長い時間、ありがとうございました」
「……いえ」
山が連なって青々しい。
冷たい空気を感じて思いきり息を吸い込んだ。
(……空気が、とても美味しい)
そして広い草原には囲いがあり、様々な動物達が間近に居る。
王都は建物ばかりで庭には木や花が沢山あるが、それとは比べ物にならない自然の量である。




