10.ジャネットside④
徐々に婚約者と共にパーティーに出席する令嬢達が増えてきた。
いつも一緒にいるグループの中で、一人だけ婚約者が居なかったことに焦りを感じていた。
あんなにも「王子が、王子が」と言っていた癖に、手のひらを返したように他の令息と婚約したのだ。
(信じられない……プライドがないのかしら)
「ジャネットも、そろそろ現実を見たら?」
「そんな事ばかりしていたら売れ残っちゃうわよ?」
そんな言葉に悔しくなって啖呵を切った。
「貴女達にプライドはないの?」
「わたくしが王子と結婚したらどうなるか分かってるんでしょうね?」
尚も王族と結婚しようとするのを裏で嘲笑っているのは知っていた。
絶対に成し遂げてみせる。
そう決意して動いても空回りするばかりだった。
後ろでは「売れ残りよ」と囁くような声が聞こえた。
その瞬間、自分に向けられる視線が変わったのだと肌で感じた。
もしかしたら……そんな思考が頭をよぎる。
けれど周囲からどんどんと追い抜かれていく事に今までにない焦りを感じていた。
(どうして……!?なんで上手くいかないの)
このままでは取り残されてしまう。
それだけはプライドが許さない。
今まで来た手紙をひっくり返して身分が高い順に連絡を取っていく。
しかし返ってきた返事は「もう婚約者が居るから」「今は相手が決まっている」そんな返事ばかりだった。
余裕のある令息達と違って、此方は期限が設けられている。
足元が暗くなる。
体が冷えていくのを感じていた。
今、婚約を申し込んで来るのは子爵に男爵と自分の家よりも同じか身分が低い令息ばかりだった。
自分より身分が高い唯一の令息、マルカン辺境伯の嫡男であるゼルナから来ていた真っ黒な封筒は一番に破り捨てた。
(仮面を着けていつも一人でいる男……気持ち悪い)
けれど、同じ子爵や男爵の婚約者なんてプライドが許さない。
友人達にも「結局、そうなったのね」と、馬鹿にされる事だろう。
母から「だから言ったでしょう?」と声が聞こえた。
その言葉を認めたくなくて「煩いのよ!」と声を張り上げて部屋に飛び込んだ。
(有り得ないわ!有り得ないのよ……!ウェンディの婚約者よりも身分の低い令息となんて、結婚出来るわけないでしょう!?)
母の勧めで会ってみるものの、やはりどの令息も気に入らない。
気にいる訳がないのだ。
(こいつらは、わたくしの隣に並ぶ資格はないわ!)
腹にドス黒いものが溜まっていく。
苛立ちに任せて、部屋にあるものを放り投げていた。
次第に"余り物"と言われるようになっていく。
そんな声を聞くのが嫌で最近はパーティーに出るのを控えていた。
送られて来る手紙は日に日に少なくなって、ついには無くなった。
「フレデリック様……!」
「ウェンディ、観劇に遅れてしまうよ?急ごう」
「はい、そうですね」
幸せそうな二人の声は毒のようだった。
バンッとテーブルを叩くと、インクが倒れて白い紙が真っ黒に染まっていく。
今更「婚約してあげてもいい」なんて手紙を送り続けた所で、誰も返事を返してくれない。
(この際、ウェンディより上の婚約者だったら誰でもいいわ!!フレデリックのような……!!……あぁ、いい事を思いついたわ)
クルリと踵を返した。
(ふふっ、無いのなら奪い取ってしまえばいいのよ……?)
真っ赤な紅を取り出して唇に塗っていく。
(わたくしが負けるなんて有り得ない)
仲良く腕を組んで歩く二人の後ろ姿を窓越しに見つめていた。
唇は綺麗な弧を描く。
(………選ばれるのは、わたくしの方よ?ごめんね、ウェンディ)
ガリっと窓に爪を立てた。




