01
「尽くす女は捨てられますわよ」
「そうそう……うまい具合に甘えて尽くさせないとね」
「どうしてですか……?」
「そんなの男をダメにしちゃうからに決まっているじゃない」
「え……」
「そして、つけ上がって他の女に目移りしちゃう」
「でも尽くした分、悔しくなって離れられなくなるのよね」
「そうそう……未練がましい女になって」
ーーー捨てられちゃうの
(……そんな事ないわ。フレデリックはそんな人じゃない。絶対に違うもの)
お茶会でそんな会話を聞きながら、苦い笑みを浮かべていた。
紅茶を持つ手が、僅かに震えてしまうのを必死に押さえ込んでいた。
(違う……彼は大丈夫)
そう言い聞かせてから大きく息を吐き出した。
まるで、自分の事を言われているようだと思った。
スッと心が冷えていくのを感じながら、熱い紅茶が唇に触れてカップを離す。
「……っ」
その時は、そんな話は嘘だと思っていた。
自分の婚約者はとても優しくて、いつも「ありがとう」と言って笑ってくれる。
(フレデリックは……違う)
でも心の何処かでは、気付かないフリをしていたのかもしれない。
婚約者のフレデリック・ニルセーナ。
背が高くて優しい彼は自慢の婚約者だった。
もう婚約してから十年経つだろうか。
幼い頃からずっと婚約者だったフレデリックとの仲は順調だったと思う。
私の人生には彼しか居なかった。
彼が喜ぶことは何でもしてあげたかった。
二人の幸せな未来の為に出来る限り努力をした。
元々、感情の起伏が少なくてあまり愛想がなかった自分にとって、フレデリックの笑顔はあまりにも眩しかったから……。
彼が世界で一番好きだった。
何よりもフレデリックとの時間を大切にしていた。
他の人に「いつも仲が良くて羨ましい」と言われるこの安定した関係が密かに自慢だった。
姉と比べて何も与えられなかった自分が、唯一といっていいほどに勝っているものだったから。
しかし、そんなお茶会の数日後……何の知らせもなく終わりがやって来る。
ーーその日、私は全てを失った。
「え……?」
姉であるジャネットと、ベッドの上で裸で抱き合うフレデリックの姿を見てしまったからだ。
「ッ、ウェンディ!?どうしてここに!?」
「……ジャネットお姉様、フレデリック様」
「あら、ウェンディ……見ちゃったのね」
わざとらしい言葉に顔を顰めた。
フレデリックは慌てた様子で服を探している。
「何を、しているのですか……?」
「何って…………ねぇ?」
「……こ、これはっ、その」
何をしているのか……そんな事を聞かなくても分かっていた。
けれど、問い掛けずにはいられなかった。
自分の目に、はっきり映っている二人の姿が全てを物語っている。
(なに、これ……どういう事?)
くらりと目眩がした。
目の前にある現実を信じる事が出来ずに、ただ呆然としていた。
"裏切られた"
世界で一番大切な婚約者と、身内から裏切られた事実を受け入れられずに、張り裂けそうな胸を押さえていた。
フレデリックは焦りながら服を探している。
ジャネットはシーツを手繰り寄せながら「ごめんね」と言うものの、声色には謝罪の気持ちなどなく、唇は弧を描いていた。
そんな二人を見ていると、沸々とマグマのように怒りが湧いてくる。
姉であるジャネットは、誰もが振り向くほどに美人だった。
社交界で華のように咲き誇り、持て囃されていた。
男性関係も派手で、婚約者と地道に愛を育んでいた自分とは真逆の場所に居たと思う。
しかしその反面で幼い頃から、ちやほやされていたせいか自信家でプライドも高いように思えた。