柔らかな祝福の花吹雪を
今日が、最後だったのに。
どうしようもない気持ちを抱えて、河津桜の写真が彩るカレンダーを見上げていた。
三月九日。
卒業式。
この行事のことを、来てほしくないと思いながらも楽しみにしていた。
三年間という時間が過ぎ去ってしまうことが悲しくて。このご時世だから行事の規模が縮小されたり中止になったりもして、少し物足りなかったりがっかりしたりもして。でも、友達と交わした言葉、笑いあった瞬間、できる限り作ってきた思い出は、とても幸せで。
だから、最後の思い出となる卒業式も、思い切り楽しみたかった。
限られた時間の中でも、アルバムにメッセージを書いたり、みんなで写真を撮ったり、そうやって――。
最後の思い出を、作りたかったのに。
分かっている。
これは、どうしようもないことだ。
ちゃんとした理由のあることなのだから。
誰を恨むこともできないことだ。
明確な判断基準なんて存在しないのだから。
けれど、ひとつだけ確かなことがあるのならば。
――私は卒業式に出られない。
家族の知り合いが、はやり病にかかった。そして、家族はいっとき接触があったのではと疑われていた。もしそうだったとしたら、接触者との接触があったとして、私は確実に卒業式には出られない。
最悪の事態にはならないでくれと祈りながら、情報と判断を待つ事しかできなかった。
結論として接触はなかったと分かったけれど、学校側は集団感染の可能性を危惧して、私を卒業式に出させない決定を下した。
もう二度と来ることのない時間を、私は失ったのだ。
仕方がない。想像できないことではなかった。
友人たちのSNSを垣間見る。
制服に身を包んだみんなは笑顔で、幸せそうで。
その輪の中に入れなかった自分は、置いてけぼりを食らったみたいで。
もちろん、私だけ卒業できない、なんてことはない。
二週間後、先生方が私たちのための卒業式を挙行してくださる。他のクラスにも私みたいな子が何人かいるらしいから、その子たちも一緒だそうだ。
でも、そうじゃない。
そうじゃないのだ。
ごめんね、と。私に連絡を入れてくださった担任の先生は泣いていた。
一緒に卒業、したかったよね。
大丈夫ですよ、しょうがないですし、なんて。そんなの嘘だ。
気丈なふりをしてそう答えただけ。
本当は私だって出席したい。
きっとみんなの頭上では、今頃桜の花びらが舞っていることだろう。その中を歩いていく友達の姿が浮かんで、消えてくれない。
家に閉じこもったままの私には、柔らかな祝福の花吹雪など降ることはないのに。考えれば考えるほど、虚しくて悲しくて寂しくなることぐらい、分かっているのに。
なのに、どうして。
どうして、カレンダーの中の桜を見上げているのだろう。
桜の木の下を、みんなと一緒に歩きたいと願ってしまうのだろう。
どうして、涙があふれて止まらないのだろう。
強く、願わずにはいられない。
わがままだと分かっているけれど。
夢でもいい。幻でもいい。
私は、最後の思い出を作りたかった――。
「――ねえ、一緒に写真撮ろっ!」
「いいじゃん、撮ろ撮ろ!」
そんな声が聞こえた気がして、振り返る。
そこに、あったのは。
広がっていた、光景は。
世界が、突然ゆっくりになって。
自然と、表情がほころんだ。
「じゃ、いくよー?」
無音のシャッター音と、目の前をよぎった桜色の――。
はっと我に返ったとき、私はやっぱり家にいて。
……今見たものは、夢だったのだろうか。
友人たちの声は、花吹雪は。
ふと手元のスマホを見下ろすと、顔認証でロックが解除される。
「――あ、」
開きっぱなしだったSNSの最新投稿。
『これ撮った後、振り返っても探しても、どこにもいなかったんだよね。卒業式、来たかったんだろうな』
『卒業式代わりっていっちゃなんだけど、今度卒業記念ってことで一緒に遊びに行こうね!』
添付されていた画像に映りこんでいた、桜の木の下。
――ああ。
思い出、できたんだ。
花吹雪の中、ふわりと微笑む自分がいた。