7 ワタクシ 何か変ですわね
「どうか、突飛な想像を口にすることをお許し下さいませ。もしかしたら、もしかしたらですが。旦那様が、奥様のことをこちらに攫ってきて、奥様の記憶を消した上で、監禁しているのではないのでしょうか。」
攫われてきたお姫様、塔に監禁されたお姫様……まあ、何てロマンチックな、美しくて若くて儚げな悲劇のヒロイン。「攫う」だの「監禁」だの、メイちゃんの口から出たダークワードに撃ち抜かれて、一瞬頭の中がお花畑になりました。
あの、美しい旦那様がそんな犯罪に手を染めていたら、もう、もう最っ高ですね。でも、そんなヒロインにワタクシが見えちゃうなんて、なんというか、身の程知らずすぎてもったいないというか、そんな大それた傾国の美女か、ファンファタールか、それは、さすがに身の丈に合わなすぎです。ワタクシなどに演じられる訳ありませええん。
でも、旦那様とワタクシが不釣り合いすぎると言われたとばっかり思ったのに、旦那様がワタクシのことを攫ってきたり、監禁しちゃったりするほど、溺愛してくれていると想像しちゃうなんて、メイちゃんはワタクシ贔屓のイイ子ですわ。
「あの、おぞましい想像を述べてしまい、まことに申し訳ありません。それを、なぜそんな嬉しそうな顔をなさっているんです」
しまった、顔、ニヤけた? ヨダレ垂れてた?
「いえ、あの、メイちゃん、絶対、B級文学読みすぎよ、何その、アングラ趣味。でもちょっと悲劇のヒロインってのも憧れるかも……だけど、ワタクシには荷が勝ちすぎる役ですわ。メイちゃんぐらい綺麗だったらちょっと想像できなくもないけど」
あっ、メイちゃんがとっても残念な子を見る目でこっちを見ている。
「いえ、冗談事ではないのです。実は、このメイのようなものが、こちらにお仕えすることになったのは、こういう、その、こういう者を求めるという、殿の要望があったからなのです。つまり、舌を切られた宦官をという。この様な指定は通常の方の選択肢には上がってこないものだと思うのです。」
な、な、な、何ですって、舌が何ですって? それって、さらに宦官って、確か、男じゃなくされた人のことだったんじゃ。
「メイちゃん、落ち着いて、自分が何を言いかけているか分かっている? メイちゃんはちょっとメンタルの問題で喋れなくなっていただけで、ほらこうして普通に喋れている訳だし、舌が切られているはずないじゃない。ちょっと、しっかりしてちょうだいな」
「奥様、しっかりして頂かなければならないのは奥様の方です。いい加減に、自分がこの世界の普通から、かけ離れていることを自覚なさって下さい。奥様は、奇跡と呼ばれる古代の迷信の中でしかあり得ないことを行う力をお持ちです。かつ、このメイの身体をこの様に改変してしまった以上、旦那様に対してお覚悟を持って頂かなくては」
メイちゃんの言い出したことは衝撃的だった。メイちゃんが信じるところによると、ワタクシが何とメイちゃんの身体そのものを改変して変えてしまったという。そこはどうも信じられないのだけれど。
メイちゃんが、喋れる様になってしまったとしたら、旦那様が求めている侍女の姿では、なくなってしまい、メイちゃんがワタクシの元にいられなくなってしまうかもしれないというメイちゃんの見立ては、そういうこともあるのかも知れない。正直怖い。
メイちゃんを取り上げられちゃったらって、ワタクシ、それは絶対困る。せっかく仲良くなったのに。やっと見つけたこの世界の友達だもの。絶対、失いたくない。
「では、奥様がこのメイにして下さったことを、どうぞ殿にはご内密に。このメイも、口の聞けない者のフリを続けますので、殿の前ではうまく演技を合わせて下さいませ。」
ワタクシ、メイちゃんの言葉に大きく頷くと、でもそんなことでうまくいくのかなあと不安になった。
「それから、今も『メモ』とやらを取られている、その、芸術的な棒の形に変えた魔石です。まだ、殿に目撃されていませんね。魔石がその様な形に変化するのを今まで見たことがありません。それを使うところも、殿には見つからない様にした方がいいかと思います」
このタッチペンも見つかるとまずいらしい。だいたい、普通に持ち上げたら、勝手にこの形になっただけであって、ワタクシ何もしていないないのですが。
えーん。でも、職業柄っていうのは前世だからおかしいのだけど、常に片手にはペンを持っていないとどうにも落ち着かないんだけどなあ。何とか、おかしく見えない形で持ち続けることできないかしらね。メモとるの禁止っていうのも辛いしなあ。
「ねえ、それじゃ、これに似た形状で、手に持っていておかしくなくて、この世界でも使っているものってなんかないかしら。魔法の杖とか。指揮棒とか。黒板さしとか。本当は書けるものがいいんだけど、」
メイちゃんが、可愛らしい目をパチクリさせた。
「今、言われた物は、どれも見たことも聞いたこともございませんが、そういえば、筆というものがあるようです。通常は、映像も音声もそのままの形で固定化しますため、何かを加えたりということは、ないのですが、神殿の持つ、神の御姿だけは、元となる姿がないため、筆という物で作られると聞いたことがあります。」
メイちゃんは、少しためらった上で、唇を湿らして言葉を続けた。
「そして、この館の殿こそ、その筆を使う者であるらしいと聞いています」
何と、旦那様が、謎だらけすぎです。
これは気になってきました。探偵趣味が疼きます。
旦那様の筆とやら、どうしても気になります。どんなものか見てみたいです。ついでに、旦那様が書いた絵があるのなら……って、絵?、絵が無いって世界なのにワタクシ絵を見たことがあるわよ。初めに目を覚ました部屋。美術館みたいな壁中、絵が並んでいる部屋だった。写真みたいなそのまま、景色を定着させた物じゃなかったもの誰かが描いた絵だったわ。あれは、旦那様の手による物だったのかしら。
「ねえ、この屋敷の中探検したいわ。ミステリアスな旦那様の秘密の探検よ。それに、だって、今日の午後は外出されて夜まで戻らないのでしょう。チャンスですわ」
そうなのです。お昼の時、旦那様は、今夜は遅くまで戻れそうもないとおっしゃってました。これはチャンスです。
「奥様、貴方様がこのメイの主です。お望みとあれば、どの様なことでも」
ワタクシ早速、メイに動きやすそうな服に着替えさせてもらうと、廊下に繋がる扉に突進した。
ガチ、えっ、ガチャ、ガチャ
扉の取手が動かなかった。鍵がかかっている。どういうこと。
「ワタクシ、閉じ込められているってことかしら」
色々試してわかった。ワタクシだけが部屋から出られないように魔法がかけられている。
メイちゃんが一人で廊下に出る時には、扉は自由に開閉できるのに、ワタクシが共にいる時には、メイちゃんも扉を開けることができなかった。
やっぱり、旦那様は、なんか色々、謎の多い方の様です。でも、何か余計に魅力を増した気がするのは、ワタクシちょっと惚れすぎでしょうか。
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