6 ワタクシとメイちゃんのガールズトーク
「で、これがこの世界での本の読み方という訳ね」
メイドさん改めメイちゃんが、ワタクシの前に置かれた本を開いて見せてくれているのだけれど、それは、もはや本とは呼び難い物だった。本とセットになった魔石を使って、本という名の機械に埋め込まれた動画データあるいは音声データを再生するものだったの。信じ難いんだけど、本当の本当に「文字」ってものがどこにも使われていないみたいなの。
でも待ったあ。こんな高度な機械、電化製品ならぬ魔術製品か何か知らないけれど、こういう便利道具や素敵なお屋敷のある世界を、文字無しに築いて来られたとは思えないわね。
「文字の霊は封じられたというぐらいだから、過去にはあったということよね。でも、文字が精霊だというのが分からないのだけど……」
「はい奥様。古王朝時代に、文字精霊どもが人間を弱体化し、食い滅ぼそうとしていたのを、エルバ王が封じ、今の王制が始まったということになっています。」
世界観も、国のあり方もさっぱり想像がつかないわね。聞いている言葉のほとんど全部が意味を残さないままにザルを通過してこぼれ落ちていっている感じだわ。メイちゃんとの言葉のキャッチボール、これは、形だけなっている様でいて、さっぱりパープーだわ。
それに、ワタクシが何だかスゴイ魔法使いか何かだとメイちゃんに勘違いされてしまっているみたいなの。
どうやら、メイちゃんが喋れなくなってしまっていたのをワタクシが治しちゃったという様なストーリー?。
誤解だらけなのは、問題があるような、無いような。
でも、理由はなんにしろ、綺麗で可愛い、ワタクシのメイドさんのメイちゃんが、ワタクシの求め通り、何でも話してくれるようになったんだから、行き当たりバッチシ。バッチグーだわ。
そして、ワタクシの求めた通りに、「奥様」「奥様」ってワタクシのことを呼んでくれるのが、可愛くって、くすぐったくて、とてつもなく嬉しいっっ。本当は、友達ってことで、タメ語でだっていいくらいだけど、そこまでしたら怪しまれちゃうわよね。世界感や我が身の役割、つまり旦那様の「妻」に徹すること、は頑張らないとね。
気楽に何でも話せる人がそばにいるということが、こんなに幸せと感じることだったなんて。メイちゃんと何も通じてないんだけど、通じてるっぽく会話が続くだけで、涙が滲みそうなほど嬉しいの。この一日何だかんだで、私も結構、不安だったり、追い詰められいたり、してたのかもしれない。そうよね。繊細なヒロインですものね。ほほほほほ。
「あの、奥様、大変指出がましいことで申し訳ないのですが、貴方様がお使いの文字の霊について、お聞きしてもよろしいでしょうか」
しまった〜! 魔法使いか、文字使いか、なあんてちょっとかっこいいかも、メイたんに尊敬されちゃうって幸せ〜とアホにも悪ノリしていたワタクシが、愚かだったあ。メイちゃんを救った何て思われているけど、100%誤解であるってことやっぱり正直に言わないと。やっぱり嘘は良くない。
「メイちゃん落ちついて聞いてね。メイちゃんが何らかの暗示か何かを受けて、喋れなくなっていたと思い込んでいたのは分かるのだけれど、実際にはね、ワタクシは、なーんにも、本当になああーんにいも、していないの。つまり、ワタクシが特別できることなんて初めからないのよ」
「では、今も動かし続けておられる、その棒についてお聞きしてもいいですか」
メイちゃんに指し示されて、ハッと気付くと、ペンをあの日記帳の上に走らせていた。
「ああ、これは、だって、ただのメモよメモ。残しておかないと信用できませんのよこのオツムが……」
ワタクシ、ひどい記憶障害を起こしている様だし、また、いつ忘れてしまうかすら分からないんですもの。そこも口にしてしまった方がいいのかしら。うん。勿体ぶっているように思われるよりは、素直にありのまま開示しちゃってもいいんじゃないかしら。そう、ヒロインは、繊細だけど、勇気もある、って方がいいわよね。
ワタクシ、思い切って全部告白してみちゃうことにしました。旦那様にもとても言い出す気になれなかった、記憶そのものが全く無いのだということを。
でも、さすがに前世の話にまで触れるのは止めました。やっぱりどう考えても異常すぎるところは置いて置いてですね。
この世界で目覚めてからのところの記憶発生からの後先だって、分からないところだらけなので、感覚や想像で補うと、もう、何の話やらです。
「でも、何しろ。旦那様のお優しい声で目が覚めたら、お風呂で溺れて死にかけていたみたいで、旦那様が、魔法で助けて下さったというのに、旦那様のことすら、ワタクシ、何にも覚えていなくって」
「では、奥様は、奥様自身のお名前も、旦那様のお名前も、それまで全ての記憶が全く無いということなんですね」
素晴らしいわ、メイちゃんよく分かってくれる。スゴイスゴイその通りなのよお。我が意を得たり、やったやったと思っていると。メイちゃんは何やらとても難しい顔をしている。
「その、奥様は、どうして、旦那様のいうことをそのままに信用できるのでしょうか」
「はあ?」
カッコ悪いほど、間の抜けた声で、はあ? っと聞き返してしまった。だって、夫なのだし、間違いなく迷惑をかけているし、それなのに、とてつもなく優しくして下さるし、一体どこが信用できない余地があるのかしら。
「奥様、旦那様が、奥様のことを妻だと言ったのですね。」
あ、なあるほど。と、ピンときた。ワタクシ、ワタクシ何ていって、いくらカッコつけたところで、やっぱりあんな美しくて素敵な方の奥様だなんてやっぱり無理あるんですね。
釣り合わないんですね。
やっぱりなんですね。
「やっぱりよね。おかしいわよね。こんな、くず女が、あんな美丈夫の妻な訳ないって思うわよね。釣り合いっこないわよね」
「奥様、違うのです。何を泣き出されるんです。そうではなくて……全く違う事なんです。このメイめが、愚かな頭で想像してしまったことなのですが……」
メイちゃんがおろおろしながら、私の背中を優しくさすってくれた。
そして、でも言わせて下さい、と続けた。
「どうか、突飛な想像を口にすることをお許し下さいませ。もしかしたら、もしかしたらですが。旦那様が、奥様のことをこちらに攫ってきて、奥様の記憶を消した上で、監禁しているのではないのでしょうか。」
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