4 ワタクシのメイドさん
はっ、と目を覚ました時に、
ワタクシの目に飛び込んできたのは、窓から差すキラキラの日差し、
何と美しい朝なのかしら、
だって、この美しい世界には、
ワタクシは、慌ててあたりを見回した。
あの、いい夢の続きだったなら、超絶美貌の主の旦那様がいらっしゃる筈、
ああ、いらした。
おお〜、日中に見るご尊顔は、さらに麗しく〜
「おはよう、目が覚めたようだね」
声も麗しく、
と、その隣に初めてみる人の姿が、
「あら、これまた綺麗な……」
メイドさん、という言葉は、何とか言わずに飲み込んだ。そう呼んじゃ、失礼なんじゃないかなって、
なけなしの理性を働かせた。
まあ、この世界メイドカフェなんか無いとは思うんだけど、一応。
メイドカフェを連想したりしてごめんなさい。
でも、もしメイドカフェにこんな綺麗な子がいたら毎日先客万来だよ絶対。
旦那様が、蕩けるような笑顔をワタクシに向けて、
「君への、プレゼントだよ。今日から好きなように使うように」
と、メイドさんのことを紹介した。
続いて、そのメイドさんに向かって言った。
「このお方にお仕えせよ。どのような事にも従うように。また、何の不自由もさせないように」
旦那様は、お忙しいようで、あっという間に退室されてしまった。
メイドさんは、
何も言わずに、お湯の張られた盥とタオルの用意を始めてくれた。
ああ、そういう朝の儀式をする訳ね。
「あの、ありがとう」
「…………」
「ええと、おはよう」
「…………」
「これで、顔を洗えばいいのよね」
「…………」
メイドさんは、丁寧な態度で、着替えの手伝いから何からかゆいところに手が届くようないい働きをしてくれるんだけど、
一言も口を聞いてはくれなかった。
表情も動かさない。整った顔立ちだけに人形みたい。
人間じゃなくて、自動人形だったりしないわよね
感情を見せないんじゃなくて、感情が無いのかしら、
それとも、
嫌われてしまっているのかしら。
それにしても旦那様は本当にお優しい。
こんな綺麗なメイドさんをプレゼントしてくれるなんて。
えっ、人を物のように扱っては良くないわ。人形みたいに綺麗だけど、人間の筈よ。
そういえば、モンテ・クリスト伯爵は、どっかの王女を奴隷にして近くに置いていたっけ。
でも、通常、いいお家だったら侍女に至るまで貴族なんだっけ。全くご縁の無い世界だから小説や漫画から想像するしか無いわね。
小説。漫画。ファンタジーといえば……。
ワタクシは、昨夜のことを思い出す。
くしゃみをしたワタクシを、旦那様が、すぐ魔法を使ってあったかい風で包んで乾かしてくれた。
本当になんて優しいんだろう。
大体、なんでワタクシ、真っ裸で、びしょ濡れで床になんか寝ていたのかしら
旦那様はどうやら必死でワタクシのことを介抱してくださっていたようだったし、
真っ裸で、びしょ濡れで、
まあ、分かった。私、溺れたんだわ、
きっとお風呂で、
前世でも、お風呂の中で、ぐっすり寝ちゃって溺れかけたことがあったもの。しかも何度も。
あれっ、でも、お風呂の湯船、無かったわよね。どこに行ったのかしら、
きっと魔法ね。湯船を動かしたのか、ワタクシの方を動かしてくれたのかは分からないけど
旦那様が溺れかけたワタクシを助けてくれて、
ビジョ濡れで風邪をひきかけていたワタクシに、あったかい風もかけてくれて、
そう、あったかい風がブワーっとでっかいドライヤーを四方から吹きかけたみたいだった。
絶対、あれ、魔法よね。
少なくとも、それっぽい装置も機械も見えなかったんだから、魔法としか思えないわ。
そう、どうやらこの世界には魔法がある。
と言うことは……、きっと……、
「ちちんぷいぷい!」
「アブラカタブラ!」
「テクマクマヤコン!」
「ちんからほい!」
手を振り回してみたり、思いつく限りの呪文を唱えてみたりしたんだけど、風でスカアトめくりをすることすらできませんでした。
ふと部屋の隅を見ると、いつの間に部屋に戻ってたのでしょう、全く気配を消したままメイドさんが黙って控えて立っているではありませんか。
メイドさんは、目を伏せ、何事もないかのように立ってますが、何てものを見られていたんでしょう。
これは、怪しい行動を目撃されてしまった奥様の図でしょうか。
いや、気がふれたというレベルでしょう……。
まあ、ワタクシには何の魔法の力もないということは分かったのだし、
一つ前進である。コホン。
現状把握の。
旦那様は、こんなお馬鹿な嫁に何故かとってもお優しい。
良い人である。
だって良人だから良い人。うふふふふ。
と、一人で親父ギャグ作ってどうする。惚気たいのか?
でも、昨夜は、本当に心配して下さっていた。
ただ、お風呂で溺れただけなのに。……多分。
いや、まともな人間なら、風呂で溺れて死にかけたりはしない。
通常、風呂で死にかけるとしたら
それは、自殺未遂である。
いえ、ちょっと待って、
ワタクシ、自殺未遂したのと間違われてしまったのかしら
だとしたら、妙に優しく接していただけたのも
腫れ物に触るような扱いだったってこと?
まあ、なんてこと、誤解とはいえ驚かせてしまったなんて、
でも、死にかけたぐらいだから、驚かせて当然ですがね
あら、その割には、パニックになるって系では驚いてなかったような
美しい人は、パニックになっても綺麗すぎて、醜くアタフタしているようには見えないものなのかしら?
ワタクシ、死にかけて、今世の記憶を失くして、前世の記憶が戻ったのではと仮定してましたが、
もしかして、ずっと記憶を失くしてばかりいる病人だったりするのかしら。
例えば、数式が大好きすぎて80分しか記憶が続かないとか、
名前を無くしたままブーンという音からブーンという音まで同じ一日を永遠に繰り返していたりしてとか、
えっ、やだ、ブーンという音が本当に聞こえてきた気がする
嫌な時計ね。
嫌な時計だなんて言ってごめんなさい。
正午を知らせてくれた素敵な時報のおかげで、
旦那様が現れて素敵なランチを一緒にできました。
何か欲しいものは、また旦那様が聞いて下さったので、
「本を下さい」とおねだりしてみたら、
「では、貴女を貴女たらしめた本を」とか妙なことを、仰って、古びた、いえ、古風な綴じ本を下さったの。
よかったです。ドグラマグラとか書かれていたらどうしようかと思いましたが、
白紙の、未記入の日記帳? がいただけました。
この世界のヒントとか、記憶を辿るための何かとか、手掛かりになるものを求めていたのですが、全ページ真っ白けっけでした。
この世界の文字を全く覚えている気がしないのですが、文字を見れば思い出せるかなって期待していたのだけれど。
未だ、この世界の文字にはお目にかかれずです。
メイドさんが部屋から出たタイミングで、部屋中探検してみたのに、一文字も文字に出会えないのです。
こうして、本も簡単に手に入るのだし、充分に文明も進んでいそうな感じだし、まさか、文字が無いなんてことは無いでしょう。
そして、無いといえば、鏡も無いのです。
これじゃ、記憶を辿るすべがありません。
まず、今分かったことだけでも記録しておいた方がいいかもしれません。
ワタクシ、記憶喪失癖があるのかもしれませんし。
大急ぎで日記帳にも書き留めておきましょう。
日記帳にくっつけてあった。石のようなものを持ち上げると、あら不思議、石が勝手にペンの形になりました。
それで、紙をなぞると普通に文字が書けます。何て便利なんでしょう。
不思議なペンで紙以外をつついても全く何も書けないので、この本専用なのでしょう。
インクが日記帳に吸い込まれて消えちゃうこともありませんでした。
極めて真っ当な日記帳のようです。
あのメイドさんとは
まだ一言も言葉を交わせていません
あのメイドさんも、「今日から」だとか、「プレゼント」だとか言われていましたが、もしかしたら毎朝ずっと繰り返されている「今日から」なのかもしれません。
それで呆れてワタクシと口を聞くきもないのかもしれません。
でもまあ、今度こそ、日記もあるのだから大丈夫でしょう。
日記帳に早速メイドさんのことも書きました。
こちらの字は覚えていないようなので日本語です。
でも日本語って便利ですよね。表音文字のひらがなカタカナがあるのだから、どんな言語の音でも書き留められます。
それに、なぜか普通に会話はできるのです。考えている時の言語で、普通にここで旦那様と会話できたのですから。ここの言語が日本語の訳はありませんが、逆に、今使っているこの言語以外の言語は何も思い出せませんからどういうことでしょう。
文字を見ればはっきりするでしょうから早くここの文字を見てみたいものです。
日記帳には、メイドさんはそのままメイドさんと書きました。まだ名前がわかりませんもの。
きっと、それだけじゃ、記憶が消えちゃった時に役に立たないかも知れないので、図解イラストもつけました。
絵心なんてありませんが、記憶の手がかりを残せれば充分です。
妻の仕事を色々しなきゃと思っていたのに、拍子抜けするほど暇なんですもの。
他の使用人は、まだ誰も見かけていませが、あのメイドさんがやたら有能で、あるいは、私が無能すぎて、何の仕事も私には回ってきません。
こんな貴族っぽい部屋で何もせずに、悠然と構えているなんて、このチキンハートには無理です。
それも、読み本も、新聞も、面倒臭そうな書類すら何一つないんですもの。
仕事をしているメイドさんの方をチラリチラリ盗み見ながらデッサンしました。
ああ、旦那様の絵もこんな風に書きたいですねえ。
この日記帳の付属のタッチペンとても便利です。
書き味からするとインクみたいな感じだったので、失敗したら消せないのかと思いきや、ペンのお尻の方でスリスリ擦ったら呆気なく消せました。
さらに、ペンのお尻でくるりと丸を描くとその中をまとめて消すこともできました。
消しゴムなんかよりよっぽど便利です。
これも魔法を使った道具なんでしょうか。
どうも、見た目だけクラシックな綴じ本のようでいて、タブレットとタッチペンみたいに使えるなんて、絶対おかしいです。
何より、魔法力を持たないワタクシでも使えるのですからとても便利なものです。
メイドさんのデッサンはどうも、口の辺とスカアトのひだの辺が何故かうまく描けません。
口元やら、お股の辺やら凝視してセコセコ書き直していて、これは見た目上、ワタクシ変態の部類です。
写真切り取りの消しゴム機能だけでなく、消しすぎちゃったところを復元させる塗り足し機能までついていたタッチペンだったのでとても助かりました。
よし、完璧。
デッサンまで仕上げると、メイドさんへの親近感は否応なく高まりました。
嫌われていても構いません。当たってくだけろです。
これから新たな関係を築いていけばいいのです。
ワタクシ、メイドさんに積極的に話しかけて、力ずくでも言葉を引き出そうと決めました。
では、いざ実行。
諦めずに、口を聞いてもらえるまで、しつっこく話しかけてみるのみです。
と、ちょうど、机で日記帳にお絵描きをしている私の方へメイドさんが歩いてくるじゃないですか。
手招きすると、ちゃんと正面に来てくれました。
もう、口を聞いて貰えるまで逃さないぞと、覚悟を決めて正面から話しかけました。
「ねえ、命令という形にはしたくないのだけど、何か口を聞いて、答えて欲しいの」
メイドさんは、こちらに顔を向けて、言葉には出さずに答えてくれました。
(それは、無理というものでございます。舌も下もすでに無いのでございますから)
上の、メイドさんのセリフ読唇術も読心術も持たない、でも独身じゃなくなっていたらしいのは嬉しい、ってそれはおいといて、……ワタクシに聞き取れる筈がなかった台詞なのだけど、手にもったままだった日記帳に吹き出しで現れたのです。
何これ、この日記帳ちょっとおかしいです。
それに、何かこの内容気に入りません。
「舌も下も無い」とかいう謎の部分をペンの後ろで消すと、「有るでしょう」と書き換えました。
そして、ちょっとキツイ声を出して、命令なんだからと続けました。
「えっ、舌も下もないって? え、あるわよ。あるに決まっているじゃない。そして、『下』って何? ちっとも分からないから、お願い言葉を音に出してよ。ちょっとメイドさん!」
「いいえ、ですから、それは無理というもので……、えっ……、ま……まさか、……声が」
メイドさんは、やっと、とうとう声を出してくれたが、何だかとっても驚いたような様子で、
自分の喉に手を当てたり、
口に手を入れたり、
あわあわやっていて、
はっとしたように、ワタクシの方に向き直ると
突然、両膝を床につけて平伏した。ワタクシに向かって手を合わせて。……拝み始めた?
「あなた様は、やはり」
「えっ、何?」
「その左右の瞳の色と髪の色、まさかと思ったのですが、本当に、そんな」
「えっ、色が何ですって、で、だから何が?」
「口を聞けるようにしていただきまして、」
「あー、口を、聞いちゃ、ダメだとか、だった? あまり、まだこの世界のこと分からなくて」
身分差とかで、口が聞けないとか何とか、変なルールでもあるのかな、
「口が聞けないようにしておかなきゃいけないものなの? ワタクシ悪いことしたのかしら?」
「とんでもないことでございます。まことに、感謝致しております」
感謝されているようなら。よかったよかった。
よく分からないけど、まあ、これは嫌っていますっていう反応ではないわね。
よかったよかった、じゃあ、
「ねえ、名前、教えて」
メイドさんは、コメツキバッタ姿勢から顔を上げた。
「ご主人様、先ほど、私めは、貴方様より真名を賜りました」
「ええっと、真名? よく分からないんだけど、メイドさん?」
「はい。本日より、この、メイ・ドーサン。命の限り、貴方様のために働くことを誓います」
「え、ええっ?」
「本日、新しい、名前をつけていただき、また、男として新しき命をいただいた御恩を、この命をかけて返して行きたいと願います」
名前をワタクシが付けたですって? って、つまり、『メイドさん』って呼びかけたら『メイ・ドーサン』って名前をつけたことになってしまったよ
そして、男? って、この綺麗さで?
女装してるってこと?
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