3 カドノ 依頼の品
何ということだ。
私は、いっときに妻と世界を手に入れてしまったのかもしれない
カドノは、地面に足がついていないようなフワフワした感じを持て余していた。
いや、悪くない。
というか、あり得ない。
『はじまりの書』に記されたという、「世界の相続者」。
右目は、火を現す赤、左目は、水を現す青、髪は闇を現す黒。
まさにそのものだ。
勿論、正教会の立場から言えば、全くの迷信だ。
昔も大昔、とうに滅び去った古王朝の時代にあった終末論だ。
あの色彩、私が、描き出したというのか?
いや、瞼は閉じたままの姿で、絵にしたではないか。
一体かのお方をどうすればいいのか。
カドノは、聖職者であり、勿論妻帯などできない。
だが、妻ができてしまった。
いや、正教会の神様より、こっちのカミサンの方が優先だ。
生活の基盤を整え、
ちょっと色々な調整と隠蔽が必要になるな。
カドノは、あの美しい精霊のような姿を思い出す、
何もまとっていない、透き通るような肌、
顔にカーっと血が昇るのを感じた
「…………まず一番に、服だ」
非常識な時間であるのは承知で、ある男に呼び出しをかける
――
一刻の後、カドノの元に銀仮面の男が現れた。
まともな世界に属する者ではないのだろう。
どのような取引の時でも、常に仮面をしており、その下の素顔を見せたことはない。
遺跡を暴いた時の素材の使い残しの処理の先として取引をするようになっていた。
「今回はどのようなお品で、古王朝時代の遺跡でしたか」
昨日の発掘現場のことすら既に知っているようだ。
「いや、今回は流したい品がある訳ではないのだ」
「はあ、では、何かご用立て致しましょうか」
どのようなルートがあるのかは知らないが、欲しいものを口にすればどのようなものでも、用立ててくれる。
「ああ、服が欲しい」
「殿が仰せになる服と言いますものは一体、どのようなもののことやら」
かつてない注文に銀仮面は動揺した。
この殿からの注文は、いつも、秘術に類する薬か、存在しないことになっている魔物の肝、国宝級の魔石といったものであって、
国の取り扱い禁止の掛かっていないものなどかつてなかった。
銀仮面は、カドノを初対面の時から、殿と呼んでいた。銀仮面が一回り以上若い相手を殿と呼ぶなど、他の客相手には考えられないことであったが、カドノの持つ何かが、金持ちのボンボンや貴族のどら息子などとは一線を画す、一種異様な威圧感を銀仮面に感じさせたのだった。
この、殿が、普通の、まともな物を注文してくる筈がない。
服が欲しい、などと言われて、これは何かの隠語だったろうかと、探りを入れざるえなかった。
今、闇オークションに出ているような特別な服などあっただろうか。
「それは、殿がお召しになるお洋服で?」
「いや、私、ではない…………つ、妻の着る服だ」
仮面の男は、絶句した。
つ、つ、つま、とは? 妻か? どういうことだろうか。
このお方に、妻はもちろんいない筈だし、大変な女嫌いであることも有名だ。
大体、この殿が、何かに動揺しているらしき姿を見せるとは……言い淀んだり、まして、言葉を噛むなど初めて見た。
一体何を求められているのだろうか。
「それから、侍女を一人」
「…………侍女、と申しますと、女の侍女でよろしいので」
「……女、いや、女は困るな。だが、男ではない方が良い。……そして、喋らない者が良いな。何を命じても完璧にこなせる優秀な者を」
「(一体どういう注文なんだ)…………それで、いつからご入用で」
「今夜、すぐにだ」
「ははっ、」
まだその夜も明けぬうちに、銀仮面は再びカドノの前に現れた。美しい服の山と美しい青年を伴って。
「ご注文の品でございます」
銀仮面は、カドノの前に美しい青年を裸にして立たせた。
「まずは、ご検分を。この通り、舌を切られており、言葉は喋れません」
青年は、意思を持たぬ人形のように、何の感情も浮かべない美しい顔のまま、口を開けて見せた。
「そして、下のものも処置済みで、既に男ではありません」
カドノは、青年を上から下まで見回すと、ただ黙って頷いて見せた。
仮面の男は、それを了承と受け取った。
「ご要望通り、『なにを命じましても、完璧にこなせる優秀な者』にございます」
銀仮面は、大至急で動いたのだった。
王宮の深奥部に潜入させていた凄腕のこの宦官を、事後処理はこちらでするからと、後先かまわず引き上げさせ、湯浴みだけさせて、殿の御前に連れてきた。
この不思議な殿との取引は長いが、このような急な、かつ異常な注文は初めてである。
正確に言えば、普段の注文が異常すぎるから、今回の注文がより異常に感じられる。
今夜の殿は、いつもとどこか違う。
殿の出自の尋常ならざることも、噂にされているような能無しでは本当はないことも、気づいていた。
銀仮面自身の商人としての直感が、今の殿の要望には、全てを投げ打ってでも全力で応えておいた方がいいと告げていた。
こんな、急な、馬鹿げた思い付きのような申し出にそこまでする価値があるのかと、一方で冷静な声が囁きはしたのだが、
いや、ここは乗るところだろうと、最高の手駒を差し出すことにしたのだった。
殿が、「妻の服」として指定してきた寸法に比べると、若干背が高いのは否めないが、
突き返されることはないだろう
この上のない上玉である
見た目も、侍女としての能力も、ナニをさせても、暗殺業に至るまで。
Copyright(C)2022ー日比覚世
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