1 ワタクシ 目覚める
最高級の甘い夢です。
先ほどから、いい男が、ずっと私の耳元で愛を囁いているの。
アラフォー喪女の私を口説きに来る男などいるわけないのです。
でも、これは夢だからいいのです。
そう、全部私の思う通りになっていいのよ。おーほほほほほ。
「ああ、何という美しさ、どうぞ、どうぞ、お許しを。私は、あなた無しには生きられないのです」
ほんと良い声。
お許しって?
何でも許すわ。
何でもいいわ。
何もかもいいに決まっているわ。
絶対顔もいいわ。
まあ、顔ダメでも、こんなに声がよかったら、イケメン画像に合わせて、この声再生するアプリ作ったら、最高よね。
私、めっちゃ課金しちゃいそう。
どうやって合成したらこんないい声作れるんだろう。
ちょっと低音なのに。十分甘味があって。
人工的に作れるかな。
なるべく記憶しておいて、プログラム組むときの参考にしなくっちゃね。
ああ、せっかくいい夢だから、ついでに、やっぱり顔もいいことにしとこうっと。
どんな顔だろ。見てみたいなあ。
……そっか、瞼開けば見られるはずじゃない。
夢の中で、お布団で夢見ている夢を見てるんだから。
「ああ、どうか、どうか、目を開けて下さい」
さすが、夢の中、私の願望が、相手の台詞にまでなっちゃうのね。
こんな美声で、目を開けて下さいだって。
夢そのものから覚めないように、そおっと目を開けなくっちゃ。
そおっと、そおっと、
夢から弾き出されないように
うっすら薄目を開けてこっそり覗こうっと…………
…………ウウッ、美、美、美ですわ、、
目に飛び込んできたもののあまりの破壊力に、
目をぱっちり開けて凝視してしまった。
まばたきまでパチパチしてしまった。
だって、がっちり、ピント合わせて、しっかり見ないと勿体無い。
それぐらい圧倒的な美しさを持つ顔が間近にあった。
彫刻ですか、芸術作品ですか、といったレベルのアポロン
こんな美しい顔を夢の中で造形できるなんて、私、天才かも
起きたら、これ絶対、絵に残したい
点描画がいいかな、パソコン上に再現したいなあ
記憶できるかな
起きたらもう再現できないかな
美とは何かなんて、明文化できるものでは無いけれど
どの要素で持って、同じこの目鼻口の顔立ちのパーツが、美という領域にまで昇華されるんだろう。
陰影の付け方だよね。
いや、感情を揺さぶってくるこの何かだよ。
まず、この瞳だね。青い宝石のよう。どうやったらこんなに煌めいて見えるんだろう。
ほら、キラキラ、キラキラって光りながら揺れて、
目から、溢れた光がこぼれ落ちる
あれま、な、涙ですか、
わお、スーパー美丈夫が、な、泣いている。
眼福〜ですわ。
これ、こぼれ落ちた涙。そのまま。固まって小粒の真珠とかになっちゃわ無いかしら。
泣き姿まで、こんなに美しいなんて、や、やばいです。
鼻血噴いちゃいそうです。
「ゆ、夢だ……」
美丈夫の綺麗な形の唇が動いて、ビューティフルボイスでのたまった。
ゆ、夢って、当たり前じゃないでしゅか。そりゃそうでしゅよ。夢でしゅよ。
ダメだ。脳内妄想の、呟きまでが噛んでしまった。
美丈夫が、手を伸ばしてきて、私の頬にそっと触れた。
妙に、熱い手だった。
そして、震えていた。
わお、触れられちゃったよおお
しかも、何、このリアルな感触。
温度や、触感まで。
まるで、これ、現実みたい。
私、もしかして、非合法なドラッグに手を出しちゃったかしら。
これ、これ、こんなに凄かったら、
みんなが稼ぎも命も魂もつぎ込んじゃうのわかります
私も、稼ぎ全部つぎ込んでいいです。このまま廃人でいいです。
この夢覚めないで。
こんな、リアルで、触れる美丈夫と、もしかして、私、この後……
あんなことや、こんなことや、
キャー、キャー、ダメダメ、
喪女が想像してもいい範疇を越しているわ。
「ああ、もう、死んでもいいです。どうか、これが夢じゃありませんように」
私が言いたい台詞を代わりに、美丈夫が言ってますよ。
願望をちゃんと反映しているんですねえ。
いい夢ですねえ。
ええ? 夢じゃありませんようにですって?
何言ってるんですか。夢に決まっているじゃありませんか。
「ああ、目を、目を開いて下さるとは」
美丈夫が、滂沱の涙を拭いもせず、ボタボタ私の上にこぼしながら、
私に顔を近づけて
(ああ、そんなに顔を近づけられたら、本当に私、幸せすぎて、死んでしまいます〜)
唇が重ねられ、
さらに、
むにゅっと、
舌が、
舌、舌、舌ですよー
これは、夢の妄想でもやりすぎたか、
と、思った瞬間、相手もハッとしたように飛び離れた。
あれ、ちょっと、やりすぎましたわね、ごめんなさい。
私の妄想、ちょっと度が過ぎました
こんなのやらせてしまってごめんなさいでした
いくら夢でも、妄想でも、やりすぎはいけませんわね、健全な範疇を超えてしまいますものね
ヒエーン、失敗ですわ
と泣きそうになったけど
美丈夫の方が泣いてくれているから、まっいっかあ
スローモーションのように落ちてくる、宝石のような涙が、
私の、頬を冷たく濡らして。
蒙昧妄想喪女モードのテンションがさあっと冷水を浴びせかけられたように凍りついた。
これは、夢、じゃ、ななな、無い……のでは?
ガバリと跳ね起きました。
上半身を起こすと、
私は、美丈夫の背後を、今、いる場所全体を、見える範囲全て、ぐるりと見回した。
ぐらりと目眩がした。
これ、壁一面に、超高級そうな、絵画がずらりと飾ってあるじゃあ〜りませんか?
それになんて、超高級そうな家具調度品じゃ、、、初にお目にかかりました。
美丈夫様のお召し物。何か、普通の人が家の中では絶対着ることのないものなんじゃあ、あ〜りませんか。
これは、私の妄想の枠を超えているのでは、あ〜りませんか?
あ〜りま、アーリャマ。何です、このお部屋。
私の妄想なんかでは、絶対造形できない美術館みたいなお部屋だ。
私が居たのは汚部屋、ここは貴族様のお部屋。オー、ノー。おお、もう。おう、こう(王侯)、貴族?
ロココ調? ベルサイユ調? アンティーク調?
ヘッ、違ーう。思考の流れまで、無知蒙昧そのものだ。
ナンジャモンジャ調、喪女モジョモジョ調、もうやめまチョウ。
何しろ、西洋史にも美術史にも強くない私には、表現のしようも無いけど、
超〜立派な、一室の、
超〜豪華な、絵やらなんららに囲まれて、
その上に、
ワタクシ、ワタクシ。
もしかして、何も着ていないのでは……
なああんで、こんなところでワタクシ裸体を晒しているのかしらん
これは、もう、気絶するしかありません。
ぐらりと傾きかけた私の体を、慌てて抱き支えてくれた腕は、筋肉質でガッシリとしていた。
「本当に目が覚めたのですね。ああ、神……」
胸がキュンとするような、低く甘いボイスも語尾が震えて、掠れている。
真っ白になりかかった私の頭の中で、どくどくどく……激しく脈打つ音だけが響いている。
「突然、体を起こしては、いけませんよ」
衣擦れの音とともに、私の上体は、どう見ても上質な袖に包まれる。
「気分は悪くありませんか。吐き気はしませんか」
コレハ、ダレダ。
ココハ。ドコダ。
ワタシハ、ダレダ。
私は、……喪女……だと思っていたけど、
もしかして、もうアラフォー喪女、
も、通り越して、あらフィフ喪女、
モジョモジョ言っている間に、
オイラクの恋も
瘋癲老人の恋も知らずに
耄碌して、
元から枯れている通りに
枯れたまま老いて死んで
……きっと転生してここにいるんだわ。
じゃあ、何、
あのどうしょもない喪女を
転生させてくれて
こんな、とんでもない美丈夫のそばに置いてくれるなんて
神様が、マジ、神ってる。
って、しましたら……。
私、この、美丈夫の、一体何なんでしょう。
そう、その、あの、関係性がどうなってんのかしら〜みたいな。
関係持っちゃってますかね〜みたいな。
「気を確かに! ねえ、しっかりして下さい。聞こえていますか?」
心配そうな声が、私を、はっと我に返らせた。
美丈夫がじっと私を見つめていた。
瞳が覗き込まれた。
これって、瞳孔調べられている? ってぐらい、じっと瞳が覗き込まれる。
いや、まさか、死んでませんって。
もう死んじゃってそうな気もしますが、
瞳孔開いちゃってそうな気すらしますが、
何しろ、私には、こんな美しい方を不安にさせるような罪深いことはできません
ああ、勿体無いことでございます
私めに、そんなお気遣いは入りません。
何とか必死に返事を返さなければと思って、慌てて言葉を紡いだ。
「ごめんなさい。大丈夫です」
初めて聞く、私の声だった。
美丈夫が、はっと息を飲んだ。
目と目が至近距離でバッチリと合った。
美丈夫が、愛おしくてたまらないといった仕草で、私の頭を撫でて、
これ以上幸せな瞬間はありませんという笑顔で、ニッコリと笑った。
胸が、カッと熱くなった。
泣き笑いの笑顔がもの凄く尊くて。
言うつもりだった続きの言葉は、どうしても、口にできなかった。
ーーごめんなさい。私、貴方がどなただか覚えて無いのですがーー
でも、どうやら、私、今度の世界では、とってもいい役どころみたいです。
こんな方のお相手役なんてどう考えても力量不足ですが、ひとまずできるところから。
自分の名前すら分からないので、ひとまず、私、自分のこと「ワタクシ」って自称するところから始めましょう。そして、やっぱりできる限り、現実に誠実に向き合わなければ。
「あの、申し訳ありませんが、ワタクシは、あなた様の、何に? というか、どういう関係の、者でございましょうか?」
「…………カミサン、カミサン」
「えええっ? ワタクシが? あなた様のか、か、かみさんですって?」
「ええ? 私の? ええ、ええ、カミサンです」
なんとー、かみさん、、と来ましたか。何だか、この雰囲気と装いには似合わない単語ですが、かみさんってことは、妻ですよね。ワタクシ、なんと、この方と結婚してしまっていました。。
ちょっと待ってください。
こんな素敵な人の妻だっていうのに何の記憶も無いのってどういうことかしら。
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