杖と水晶玉と小さな英雄
「あー、で、アリシアさん……でいいっすか?」
「そうだね、そう呼びたいならそれで」
杖の先端を弄りながらアリシアが言う。呼び方については何も気にしていない、といったところだろうか。
「えっと……で、何の用です?」
「うん、もう一度君のスキルを見せてもらいたくてね。そもそもが村を救ったスキルだ。今日はそれ目当てでギルドまで来たんだよ」
「そういうことなら……」
もう一度スキルを使って人影を呼び出す。今度はシルエット的に女だろうか。
「あれ、さっきは分からなかったけど服を着てるんだね?」
「そうっすね。特に女の人影だとスカートとか分かりやすいかもしんないっすけど」
「……」
黙って人影に見入っているアリシア。
その後なにやら色々しているところを俺は食べ物を食べつつ見守っていた。
「ねぇフリオ君、この人影って殺せば死ぬのかな?」
「いや……そういえば数が増えたことはあったけど減ったことは無いな……」
「とすれば、本当に無限に湧き出る兵士、ってわけだ。一騎当千どころか下手すれば国一つ滅ぼせるんじゃないの?」
「……かもっすね」
考えてもみなかったが、確かにその通りだ。
俺がどこかに隠れて、人影達だけに国を攻めさせる。人影たちが不死だというのなら厄介この上ない敵になるだろう。
「ま、君はそんなことしないだろうけどね」
「そう思います?やるかもしんないっすよ」
「うーん、サミエラが選んだくらいだし大丈夫だと思うけどね」
サミエラ……?アリシアはサミエラと知り合いなのか?
疑問に思った俺はアリシアに尋ねてみる。
「うん、なんなら元々は同じパーティーだったし」
「なっ……?!」
Sランク冒険者であるアリシアと同じパーティーだったということは……
「あぁ、君の言いたいことは分かるよ。そう。サミエラも元Sランク冒険者なのさ!」
……まじ?
***
「君、随分と疑うね?」
「当たり前っすよ……。だってあんなちんちくりんがSランクだなんて……」
「そうは言うけどねぇ。冒険者が見た目で判断できないのは君も知っての通りだよ。第一君だってまだ子供じゃないか」
それはそうだ。だが、サミエラには冒険者特有のギラギラした空気感が無いというか、やけにふんわりしてるというか……
と、俺の顔を見てアリシアは笑った。
「そうだね、君の思ってる通り元々彼女は冒険者には向いてなかったんだよ。才能はあったんだけど性格が穏やかすぎたというか……」
「……あの、さっきからちょくちょく心読んでくるのやめてもらっていいっすか?」
「いやいや、相手の心を読む魔法も私の得意技でね、やっぱり初対面の相手には使っておきたくなるというものだよ?」
「魔法なのかよ?!」
それにしたって心を読んでるのを隠す素振りぐらい見せればいいのに、
〈あー、あー、聞こえるかい?今君の脳内に直接--〉
「気持ち悪っ?!」
突如脳内で鳴り響いたアリシアの声に驚き、思わず大声をあげてしまう。
そのせいで近くで酒を飲んでいた冒険者たちもこっちを見てくる始末だ。
「おやおやフリオ君、どうしたんだい?」
「どうしても何もお前のせいじゃねぇか……!」
「あはは、ごめんて。ごめ、ご……ちょ、ちょっと、謝るから私にバッタを食べさせる想像をするのはやめてもらえるかい?君の思考が私の思考と混ざって正直気持ち悪いんだけど……」
「あ、やっぱそうなってんだな。ざまぁ」
俺の方で嫌な想像をすればダメージを与えられるかと思ったが、やはりうまくいったようだ。
というかこいつ、Sランク冒険者だからといって敬語で喋っていた俺が馬鹿らしくなるほどおちゃらけた奴だな。
もうこいつには敬語を使う必要が無い気がしてきた。
「君仮にも男子なんだから、私のことを考えるにしてももっと情欲を掻き立てるような妄想をだね……」
「逆にお前がそれでいいって言うのが気持ち悪いな」
さて、他にアリシアを懲らしめられそうな嫌な想像は--と、
肉。何度も突き刺す感触。血の飛び散った部屋。
肉。恨み。怨、肉。母。痛――
「フリオ君。そこまでにしてくれ」
ふと、アリシアが俺の肩を掴んだ感触で現実に引き戻される。
「もう思考共有は切ったよ。だから、思い出さないで大丈夫だ」
「……」
「……さて、サミエラも来たようだから話はこれでおしまいかな。君もついてくるかい?」
「そうだな……まぁついて行くか。ディアンもテミルもどっか行っちゃったし」
アリシアの言ったとおりだった。俺達がギルドのドアまで向かってすぐにサミエラが現れ、
そのまま彼女は顔を、しかめた。
「やぁサミエラ!久しぶりだね!」
「……アリシア、お主……」
心底嫌そうな声を出すサミエラは、あまり俺自身も見たことの無い顔をしている。
そんな様子を気に留めずに、ふとアリシアが言う。
「あ、今日は白なんだね」
「なななな何を言うかお主!フリオもおるんじゃぞ?!」
白というのは何のことかよく分からないが、この距離感を見るにサミエラとアリシアが知り合いだというのは本当だったらしい。
***
「で、何の用なんじゃお主……。用が無いならお帰りはあちらじゃぞ」
「あちらって二階の窓だけど窓から出ていけって?」
「そうじゃが?」
「まぁ魔法で飛べるし、なんなら徒歩でも帰れるけどね」
サミエラの明白な皮肉に呑気に返すアリシア。
言っていることからして、やはりSランク冒険者は凄い。
いや、凄いんだろうけどアリシアが言うと説得力に欠けるな。
「お主もう帰れ」
「ただの悪口だねそれ」
サミエラの様子も普段とは違った様子だ。昔の知り合いに会ったことでテンションでも上がっているのだろうか。
だがアリシアはそんなことを気にせず、適当に様々なことを言い散らす。
「--それで、私の用事なんだけどね。私今度冒険者をやめることになったから、今後何をやればいいかサミエラに占ってほしいんだ」
……占うとはなんのことだろう。朗らかな口調で言うアリシアの本意は俺には掴めずにいた。
だが、苦々し気なサミエラの顔を見てろくでもないことだろうということまでは予想したのだった。




