英雄の凱旋
「いやぁ、テミルのおかげで随分すっきりしたね」
「だな!聞いたかよあのおっさんの声!バッタが顔に飛んできて、『うわひゃほほほぅい?!』みたいな声出してやんの!だっせぇー!」
「その後袋を放り投げて、逃げようとしたところで足がもつれて転ぶところまで完璧な反応だったね」
「そんなわけだ!よくやったテミル!」
ディアンと笑いあいながら横にいるテミルを見る。
テミルは死んだ目をして正座していた。
「……ま、またやってしまいました……。しかも今度は偉い人に……」
「いや、あいつ俺達のことなめ腐ってたし良いんじゃね?怒られるのはサミエラだしな」
「そそそそれが良くないんですよ?!」
随分落ち込んでいるようだな。まぁそれもそうか。良かれと思って持ってきたお土産で迷惑をかけたんだもんな。
いや、そもそもお土産にバッタを選んだのはどうなんだっていうところではあるが。
「気にすんなよ。どうせいつか俺たちは冒険者になるんだから、そこで結果を出せばいいじゃん?」
「それはそうなんですけど……」
「あと、次お土産を渡すんだったらバッタ以外の何かにするようにしておけば大丈夫だと思うよ。気にしててもしょうがないしね」
「……そう、ですね……次からもっと気を付けます……!」
元気が少し戻った様子のテミル。もう大丈夫そうだな。
安心した俺は少し軽口を叩いてみる。
「ちなみに、次はどんなお土産にするつもりなんだ?相手が喜んでくれそうなものだぞ?用意できるか?」
「うーん……こ、コオロギ……とか?」
「全然大丈夫じゃなかったわ」
「テミル、普通の人は虫を貰っても喜ばないよ……」
今後誰かに会う時は、テミルの持ち物はチェックしてから、というルールが作られたのはこの瞬間であった。
***
「それでは皆様ご照覧!本日の主役、村を救った子供たちの登場だ!」
俺達がギルドの中心に歩み出ると、冒険者たちの間に歓声が起こる。
今日はギルドの創設記念日だとかなんだとかで、開かれていた宴会に俺達も招待されたのだ。
なんでも、俺達が出ることによって普段より多くの冒険者が参加してくれるから、ということだったが……酒臭いな。
酔っぱらった冒険者もそこそこに多いような印象だ。
「それでは順に挨拶をどうぞ!まずは、子どもながらも侮るなかれ!頭脳明晰な村長の息子!シー・ディアン!」
俺達に話を振る司会者。こいつはあのバッタをけしかけられた男とは違う男だな。
というか、目に付くところにあのバッタ男はいないようだ。よほどバッタが効いたらしい。
「あー、えっと、こんばんは。冒険者という職業は僕の憧れでもあったので、本日はお招きいただき光栄です。できれば皆さんの冒険の話なんて聞かせてもらえると嬉しいです。今日はよろしくお願いします」
しっかりと挨拶をした後でディアンが礼をする。まばらに冒険者の間から拍手が上がった。
「ディアン君の冷静な判断によって多くの村人が避難し、救われたと言っても過言ではありません!」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。でも、フリオが居ないとあそこまでの人数は集められなかったと思いますよ」
ディアンが俺の名前を出し、司会者が頷いた。どうやら次は俺の番らしい。
「それではお次は村を救った子供の登場だ!その実力は文字通り、一騎当千の小さな英雄!フリオ!」
「……あ、もう喋っていいんすか。えっと、フリオっす。俺も冒険者になりたいと思ってるんで、よろしくお願い--」
さっさと終わらせて次に回そうとしたのだが、さっきまで酒を飲んでいた冒険者の一人が立ち上がって前へと進み出てくる。
ジョッキを片手に持った男はまだ鎧を身に着けており、酒を飲んでいたからか顔が赤い。
男の背が高いせいで見上げているのだが、首が痛くなりそうだ。
俺は近くの椅子を引き出してきてその上に立った。
「なぁ坊主、せっかくだから、その一騎当千って奴見せてくんないか?俺らもせっかくだから英雄様の力ってのを見てみたくてなぁ」
悪意は、無いな。
俺を馬鹿にしたいというよりかは単純な興味で聞いてきているようだ。
それならば、まぁ見せても良いだろう。
俺は了承することにした。
「ん、いいぞ」
「ちょ、ちょっとフリオ君?!」
「大丈夫だって。模擬戦するってわけでもないだろ?」
テミルを説得し、スキルを使って黒い人影を呼び出す。
未だによく分からないスキルではあるが、やっぱりこれいろいろと使えそうで便利なスキルだな。
人手が欲しい時も使えるし、必要な時だけ呼び出せる。
……さて、今呼び出したのは一体だけだが、これでいいのだろうか?
男の顔を見てみると不思議そうな顔をしていた。周囲の冒険者も俺と影に注目しているようだ。先ほどまで騒いでいた冒険者も声を抑えている。
「あー、坊主のこれはなんだ?召喚魔法か?」
「いや、多分スキルだと思う」
「……召喚上限は?」
「今のところは多分五十ちょっとかな。でも最初は一人だけしかいなかったのに気づいたら増えてたから、今後どうなるのかは分からない」
そう、この人影、最初は一人だけだったんだよな。村が襲われて、そしたらちょうどいいタイミングで数が増えていた。
俺がピンチになったら数が増える、とかそんなところなんだろうか?
「いやぁ、こいつは凄ぇな。このまま行けばほんとに坊主一人で千人を相手できるようになるんじゃねぇか?」
「あぁ、そうなれるように頑張るよ」
「おう。でも言葉遣いは直そうな?冒険者の中には頭が固い奴もいるから、子供が生意気な口を叩いてる、って騒ぎかねないからな」
「……まぁ頑張る、ます」
「で、そっちの嬢ちゃんは?」
男がテミルを指さし、司会者がうろたえる。
「い、いや、その子はガリオス様に、紹介しないよう言われていまして……」
「まじか?!嬢ちゃん何やらかしたんだ?!」
……ガリオス?
「ほら、あれだよ。バッタでビビってた人」
ディアンの補足でようやく分かった。そうか、あのおっさんガリオスって言うのか。
で、バッタの件を根に持ってテミルを紹介させないようにした、と。姑息だな。
「バッタ?マジで嬢ちゃん何したんだ?」
「あ、いえ、その、ガ、ガリオスって言う人にバッタを渡したぐらいで……」
「渡すっつぅかバッタを部屋中にぶちまけてたよな」
「あの時の顔は傑作だったね。その後もばったり倒れて……バッタだけに」
俺達の話を聞いて目を丸くする冒険者たち。
一瞬静まり返った後に、テーブルを囲む冒険者の一人が吹き出した。それを皮切りに冒険者たちの間に冒険者たちの間にどんどん笑いが広がっていく。
「あっはっはっは!嬢ちゃんそんなことしたのか!最高だな!」
「え、わ、え……?」
「ようし、今日の主役は嬢ちゃんだ!皆!バッタの嬢ちゃんに乾杯だァ!」
「私だけあだ名が酷くありませんかね?!」
フリオ君とディアン君はカッコいい異名だったのに、とぶつくさ言っているテミルだったが、冒険者たちの間に連れていかれてしまった。
酒やら何やらの並ぶテーブルで、色んな料理を押し付けられているな。
テミルは随分歓迎されているらしい。
……どれだけあのガリオスって奴が嫌われてたのかよく分かるな。
ギルド長の交代も近そうだ。
俺とディアンが残され、司会がうろたえている。
とりあえず、俺はディアンに話しかけた。
「あー……これからどうすればいいんだ?サミエラは?」
「もう少しで合流してくれるはずだよ。だからそうだね、僕たちもしばらく時間を潰そうか」
「時間を潰すって言ってもなぁ……」
と、俺の方に近寄ってくる女がいた。
恰好は……なんだこいつ、魔術師か?
「ほらフリオ、君に用があるみたいだよ?僕はあっちで話してくるから、またね!」
「え、あ、おい!」
ディアンがさっさと向こうに行ってしまい、俺は魔術師と二人、取り残されてしまう。
「あー、えっと……」
床にまで届くほどの長い深緑の髪。魔術師は明らかに俺の顔を見据えている。
「な、なんだよお前……」
「いや、君のスキルが面白かったからね。ちょーっと話してみたくって。村を出てこんな町にも来たわけだし?」
「……フリオだ。お前は?」
「あっと、申し訳ない。私の方から名乗るべきだったね。ドリット=アリシア。Sランク冒険者だよ!よろしくフリオ君!」
ドリット=アリシア。俺が初めて出会ったSランク冒険者であった。




