黒ローブと聖人
「エテルノ!やっぱり地下にいるみたいよ!」
「そうか!それなら今すぐ向かうぞ!」
グリスティアからの報告。
フリオが攫われた後、俺たちは無事に合流を果たしていた。未だにミニモの居場所は分からないが、グリスティア、シェピア、リリスとフィリミルが集まって戦力としては十分な人数が揃っている。
「でも本当なんですか?ディアンさんが裏切ったって……」
「そうですよ。僕もディアンさんにはお世話になったので……」
不安そうな様子のリリスとフィリミル。その様子からはディアンがいかに信用されていたのかが伺える。
そもそも信用されていなければ副ギルマスだなんて重要な役職に就ける訳もないしな。
だが--
「本当だ。ディアンが俺達を襲い、フリオを連れ去った。そこに嘘偽りは一切無い」
「一応私からも補足しておくと、宿屋を爆破したのもディアンだと思っているわ」
グリスティアが俺の知らない情報を補足する。
「爆破したのもディアンなのか?なんで分かった?」
「ええと、エテルノの部屋にギルドから来た封筒が届いてたのよ。多分その封筒に何かしらの魔法がかかってたんでしょうね。その封筒を中心に爆発したんだと思うわ」
とすると、ギルドの誰かが俺を殺そうとしていたわけで……
「なるほど、それでディアンか」
「そういうこと。ギルドが怪しいって分かった瞬間にミニモも飛び出して行っちゃってね、それからどこに行ったのやら……」
「あー……そんなに急いで駆け付けようとしてくれてたのか。後でミニモには礼を言わないとな」
だがミニモがギルドに向かってきている途中でドラゴンの襲撃があった、と。大変だな、あいつも。
あいつが死ぬような事態は想像できないが、そこそこには苦労させてしまっているだろう。どんな礼をするか考えておこうじゃないか。
「いや、飛び出したって比喩じゃなくてそのまんまのことよ?」
「ん?どういうことだ?」
俺とグリスティアの会話に割って入ってくるシェピア。
シェピアの言葉を聞いて、リリスやグリスティアも苦々しく笑っている。
「どういうことも何も、窓ガラスに突っ込んで行って三階から飛び降りたのよ。ギルドに向かうために」
「えぇ……」
本当に文字通り『飛び出して行った』状況じゃないか。あいつやっぱ人間じゃ無いだろ。
そんな与太話をしながらも俺たちは着々とフリオを奪還する用意を進めていったのだった。
幸いなのは町からドラゴンがいなくなり、魔獣も溢れてきていないことだろうか。
今にして思えば、ドラゴンはディアンの仲間、残りの魔獣は黒ローブの男の仲間、といった感じなんだろうな。
連携が取れていないからドラゴン一匹だけで町を攻めてきた、といったところだろうか。
「……今度もめんどくさいことになりそうだな」
俺の呟きは土ぼこりと灰が混じった町の風に流されて消えるのだった。
***
「エテルノの弱点ねぇ……」
「あぁそうだ。何でもいい。言ってみろ!」
「そうだな……エテルノは自分で、子供が嫌いだって言ってたかな?」
「おぉ、作戦に使えそうだな!」
「どう考えても使えないでしょうに」
ディアンがツッコミを入れるものの黒ローブの死霊術師は何も気にする様子が無い。
僕は順調に会話を引き延ばせていた。
うん、順調すぎて怖いぐらいに。
単純だとは聞いていたけどこの死霊術師、単純すぎないかな?
「おいディアン、こいつを攫ってきたのは正解だったな!エテルノを連れ帰ってこなかったときは殺してやろうかと思ったが中々使えるぞ!この……えっと……」
「フリオですか?」
「そうだ!フリオのおかげでエテルノをようやく殺せそうだ!」
「……それは良かったですね」
殺す、と簡単に口にする男はまるで子供のようにはしゃいでいた。
エテルノとは同じパーティーだった、というところまでは聞いたけれど、実際彼とエテルノの間に何があったのか分からない。
殺意を抱くほど大きな何かがあったのだろうか。
つくづくエテルノのことを何も知らなかったのだと痛感する。
「で、いつになったらフリオに聞きたいことは無くなるんでしょう?さっさと殺しておきたいんですけどね」
「そうすぐ殺す殺す言うなよ。ダサいぞ?」
「貴方に言われたくないですよ」
それはそうだね、うん。
「とりあえず俺はフリオと話があるからさ、出てっといてよ。見張りとかなんかおねがいするわ」
「……分かりましたよ。貴方のおかげでフリオをここまで追い詰められたわけですからね、売られた恩の分だけは返してあげましょう」
「おうよー」
ディアンが黙って暗がりの向こうに消えていく。
去り際、ディアンがこちらを振り返って見えた顔を見て僕は心に冷たい何かが伝ったような気がした。
「で、フリオ。フリオフリオフリオリオ。エテルノを殺す方法についての話なんだけどさ」
「……うん、それはもちろん話すとも。でもディアンもギルドの人なんだから、一緒に居たほうが良いんじゃないかと思うんだけど……。ほら、エテルノのことも、僕が知らないことを知ってるかもだし、何より君の仲間でしょ?」
「いや仲間じゃないけど?」
「え?」
仲間じゃない、というのはどういうことだろうか。
「あいつさ、エテルノのこと何か知らないかって声掛けたら、知らないけど俺も殺したい人がいるんだ、なんて言ってきてよ。だからお互い、相手を殺すまでの間利用しあってるだけっつぅかなぁ」
「……でも、それが仲間ってことなんじゃ……?」
「さぁな。ま、俺はエテルノの居場所をあいつから聞いたし、あいつも俺の死霊術でフリオを捕まえられた。それでいいじゃん?」
「あー、うん、そうだね。じゃあエテルノの弱点の話でもしようか」
「いや、それはもういいんだよ」
ニヤニヤと笑う男。その意図が理解できずに僕は聞き返してしまう。
「も、もういいってどういうことだい……?」
「あぁ、いや、よく考えてみればフリオを人質にしてるんだからここにエテルノが来るだろうなぁと思ってさ」
「……」
さっき僕が助けを呼んだのがバレた?
……いや、そんな様子は無い。とりあえずここは様子見をすることにしよう。
「そんなわけで今、罠を仕掛けまくるように命令してあんだけどさ、エテルノの奴を待ってる時間暇なんだよな」
「あれ、エテルノのところに今すぐ行って戦う、って風にはしないのかい?」
「どうせなら弱り切ったあいつをなぶり殺す方が楽しいじゃん?」
あぁ、そういう。
でも罠についてなら何の心配もいらないだろう。フィリミルもいるだろうからね。
であれば、どうにかして隙をついてここから逃げ出す用意をしなきゃいけないんだけど……通路は骸骨やら何やらが歩き回っていて逃げられそうにない。
剣で地上まで穴を掘って逃げる……にはこの男が傍にいるから厳しそうだ。
「おい、聞いてるか?」
「え、うん、もちろんだとも」
「そもそも、なんでフリオはディアンの野郎に恨まれてんだか不思議でさ、冥土の土産に教えてくんね?」
「それ僕と君のどっちが死ぬ前提で言ってる?」
「フリオだけど」
「ですよねー……」
黒ローブの男は会話がかみ合うようでかみ合わない。
やっぱり、どこかおかしい人間って言うのは皆こんなものなのだろうか。
でも、話が長引くのは僕としてもむしろ望むところだ。出来るだけ長く話してあげようじゃないか。
もちろん、脱出方法も考えつつ。
「そうだね、じゃあ僕がこの町に来た後の話からしようか」
こうして、僕は暗い通路の中、僕の人生でも最悪の記憶を語り始めたのだった。




