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父母の会

「鐘……!?魔獣が入り込むなんてそんなこと……!」


 いや、本当に魔獣が入り込んだのだろうか。

 鐘自体は危険を知らせるときに使うものだ。別に魔獣が入り込んでいない可能性だって十分にある。

 そもそもタイミングが良すぎるのだ。俺が蘇生魔法を使ってすぐに人影が現れ、しかも鐘が鳴らされた?出来すぎだ。

 何か、あるのではないか。そんなことを俺は考えていた。


 とにかくこの人影について行ってはいけない。そんな予感がした俺は急いで人影を殴りつけ、その手から抜け出した。

 そのまま地面を転がり、痛む体に鞭打って何とか立ち上がる。

 あちこちが擦り傷だらけだ。だが、それでも家に戻らなくちゃいけない。


「……」


 黒い人影は黙って、俺の方を見ていた。俺をもう一度確保しようとしだすものと思って身構えていたのだが拍子抜けだ。

 まぁ追ってこないならその方がいい。


 そうして俺が走り出すと一定の距離を保ちながらも人影はついてこようとしていた。


「ほんっと気味悪ぃな……!」


 だが今はそんなことに構っていられない。

 俺の家は。ディアンやテミルは。何より母さんはどうなったんだ。

 それだけが心配だった。




 少し走っただけで村の状態が浮き彫りになってくる。

 村のあちこちに火が付けられ、村人が逃げ惑っており、そんな村人を追いかける武装した男たちがちらほらと--


「まさか山賊か……?!」


 山賊、そんな奴らが居るとは聞いたことがあったが今まで出会ったことなんて無かった相手だ。


 山賊。犯罪者や脱走兵、脱走奴隷や崩れ冒険者が集まっている一団である。

 今回の山賊もその口のようで、例にもれず武装している。


 だが。だが、村に攻め込むだなんて普通のことじゃない。

 村では腕利きの冒険者を雇って警備だってしているのだから、どう考えたっておかしい。おかしいのだ。


「お、おい、なんだよあれ?!」


 ふと、村人の一人が悲鳴を上げる。

 見ているのは俺の後ろ。真っ黒な人影だ。

 

「あ、あんな魔獣聞いたことねぇぞ!?」

「こんな時に限って魔獣まで……!」


 騒ぎが広まっていく。それがさらに混乱を引き起こし、あちこちで叫び声が上がっていく。


「……え」


 テミルやディアンがどこかにいるのではないかと辺りを見渡した時だった。


 --増えている。

 人影が。先ほどまでは一人だったはずの人影が、増えているのだ。


 表情も感情も生命も感じられない黒塗りの人影。先ほどまでは男のような人影一つだったのが、今では十人ほどにもなっている。

 女も、子供も、老人のような人影だってある。共通しているのはどれも生きているように感じられないことと、全身が黒塗りされたかのように真っ黒なことくらいだった。


「な、なんでだよ……?訳わからねぇ……」


 村人がそれを見て、更に恐怖に苛まれて逃げ惑う。

 化け物が村に入り込んだ。いや、入り込んだのは山賊だ。そのどっちもかもしれない。何が入り込んだのかも分からない。


 いつもと同じはずの村が、今日に限っては地獄のように思えた。


 その場から逃げるように、俺は出来る限り周囲の惨状を見ないようにして走り抜けた。

 

***


「や、やっと着いた……」


 荒い息をどうにか追いつけ、俺は家の外を観察する。

 燃えてはいない、が。ドアが開いたままになっている。

 

 俺はドアを閉めないで外出していたか?そんなはずはない。

 じゃあ、誰が。


「……ッ」


 玄関がべったりと血で汚されているのが目についた。

 思わず家の中に駆け込み--


「はい、捕まえたー」

「なっ……?!」


 ドアの裏側に隠れていた男に捕まってしまった。


 血管の浮き出るほど痩せて不健康そうな手足、クマが出来た目元、ぼさぼさの髪。

 だがそんな見た目とは裏腹に、弾むような声で男は言う。


「うん、帰ってくると思ったんだよねー。だってほら、親子だし?」

「お、お前なんなんだよ……!」

「なんだって言われてもー、そうだね、悪い人、かな?」


 男は隙だらけだ。玄関に置いてあった家の鍵を男に気づかれないように取り、それを出来る限りの速さで男の首筋をめがけて振――


「あ、ほら、駄目だよ子供がそんなことしちゃ。危ないだろー?」

「は……?」


 思わず間の抜けた声が出る。鍵は確かに男の首に届いていた。

 切る、とまではいかないまでも首に突き刺さって重傷を与えられるほどの威力だったはずなのだ。


 それが、止まっている。まるで鉄か何かにでも当たっているかのように、男の首にこれ以上少しも鍵が刺さらないのだ。


「お前、母さんをどうした?!」


 嫌な予感に駆られ、思わず叫ぶ。男の返答は、予想通りの物だった。


「何って……君より早めに帰って来たから、一足先に殺しといたよ?」

「ッッ?!」

「まぁ品物は取った後だったからどうでも良かったんだけどさー、行使の用意までされちゃってたら、やっぱ、殺すしかないかなって。禁術を知っちゃったわけだし?」


 用意されていた。品物。淡々と男が続ける。


「ま、君には何のことか分からないだろうけどさ、やっぱり世の中には触れない方がいいこともたくさんあるわけよ。それを無視して、自然の摂理に逆らってまで『そういうこと』しようとする気持ちは僕には分からないかなってねー」


 ひらひらと、男が紙を振る。


 その紙には見覚えがあった。蘇生魔法について書かれた紙だ。

 とすると、『行使の用意』、というのは俺がやった--


「……あれ?ちょ、ちょっと君、気分悪い?大丈夫?」


 口を押えてうずくまる。吐き気が、違う、怒りが込み上げてきたのだ。

 この男を、殺す。殺さなければ、ここで殺さなければいけない。


 --殺せ。


「……へ?」


 なんとしても一矢報いてやろうと男の方を睨んだその時だった。

 不健康そうな男の腹を貫くようにして、真っ黒な腕がこちらへと手を伸ばしているのが見え、目を疑う。

 男が隠れていたドアを貫き、男の腹を抉ったのは、あの黒い人影であった。


「がっ……?!」


 吐き出される空気と共に、男の口を血が伝った。

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