町の鍛冶屋(ドワーフ)
「……おかしい」
「どうしたんですかエテルノさん?」
「いや、なんでもない」
ミニモ達が二日酔いから復活して数日が経ち、俺たちは使えなくなった武器や防具を買い揃えるために市場にやって来ていた。
ミニモと俺が買い出し班、フリオとグリスティアが装備点検班である。
そろそろ俺の悪い噂がそろそろ広まっているだろうと考えたのでわざと人通りの多い道を選んだりしていたのだが、誰一人として反応がないな。
……いや、稀にだがこちらを見て目をそらす奴がいるか。まだ噂が広まり切っていないだけなのか?
「さてさて、まずはフリオさんの剣を買い替えないとですね。一番前で戦う人ですから、高くても良いものを選ばなくっちゃです」
「そうだな。俺の行きつけの店があるからそこに案内しよう」
「ほんとですか?!」
「あぁ。だがその分値は張る。値引き交渉をするなら頑張れよ」
「わぁ、それ苦手なんですよね……」
あの鍛冶屋の店長は少々特別だからな。
ま、値が張る分の質の良さは保証できるのであそこの剣ならフリオも文句は言わないだろう。
……いや、あいつはどんな剣を渡されても文句を言わなそうな気もするが。
***
「げぇっ?!エテルノ・バルヘント?!」
「入って早々、失礼な奴だな」
「エテルノさん、なにしたんですか?」
「まだ何もしていないはずだ」
「……まだ?」
鍛冶屋に入って来て早々、丁度研いでいた剣をこちらへ向ける店主。
入ってきた客に武器を向ける鍛冶屋っていうのはどうなんだ。衛兵にでも訴えてやろうか。
と、空気が読めていないミニモがおずおずと言った。
「あ、あの……武器が欲しくて来たんですけど……」
「お嬢ちゃん、悪いことは言わんから出直しなさい。そこの男はエテルノ・バルヘントって言って危険なやつなんじゃよ。わしが生きていたならまた後で会えるはずじゃ」
「……ほんとに何したんですか?」
「初めて剣を買いに来た時に喧嘩を売られたから、武器をへし折ってやったことがあってな」
「えぇ……」
そう、「わしの打つ剣は決して折れない鋼の剣じゃ。だがあまりにも強すぎるために人を選ぶ。坊主にはまだ早いわい」的なことを言われた俺が手近にあった剣を順々に折っていった、という出来事があったのだ。
もちろん、筋力だけでは不可能なので魔法も使っていたのだが、単純に筋力だけで捻じ曲げたと未だに勘違いされている。
なお誤解を解いてやる気はない。
「……今日は何もしないんじゃな?」
「あぁ。武器を買いに来ただけだ」
「そうか……。すると、そっちの嬢ちゃんは坊主の連れかの?」
「そうだ。荷物持ちとも言う」
適当に注文を伝え、店の親父がいい剣を見繕うために店裏へ戻っていく。
さて、この店が俺の行きつけになっている理由は二つ。一つは俺を怖がっているおかげで面倒な値引き交渉なしで適正価格で売ってくれるからだ。もう一つは――
「あの、さっきの人ってドワーフですよね?」
俺の袖を引いて小声でミニモが確認してくる。なんだ、気づいていたようだな。
「そうだ。珍しい種族だが鍛冶の腕は確かだからな。ドワーフの作る剣を渡せばフリオも満足するだろう」
「そんな人に怖がられるって、ほんとエテルノさんは自重したほうがいいと思いますよ?」
「あいつが勝手に怖がっているだけだ。俺には関係ないな」
そもそも喧嘩を売られなければ俺から何かをするということも無いのだから、俺は悪くないはずだ。
咎めるようなミニモの視線を前に、俺はそう弁解するのだった。
***
「はいはい、待たせたの。剣士ならこのへんでいいんじゃないかと思うわい」
「ありがとうございます。あ、これとかフリオさんが好きそうですね」
「そうだな。手入れも楽そうだ。親父、ちょっと試してみてもいいか?」
「お、折るのは勘弁してほしいのじゃが……」
店主の見繕ってきた剣を何本か受け取って強度を確かめる。
今回は折ろうとしている訳でもないから大丈夫だろう。
試し切りの的にと魔法で氷柱を作り出し、剣を振ってみると手ごたえがほとんど感じられないほど滑らかに切れた。
……ほう、随分と切れ味が良いな。
「よし、これにしよう。あとは砥石とかも頼みたい」
「分かった。今持ってくるわい」
「結構買ってますけどお金足りますかね?」
「渡された予算で足りなければ自分の財布から出すから気にするな」
「ふむ、足りなさそうであればお嬢ちゃんの可愛さに免じて値引きしてやっても構わんぞ」
色ボケドワーフが。
いや、多分さっきからの口調からするとミニモを子供だと思っているな。
確かに幼い見た目で元気な口調のミニモは子供っぽく見えなくはないが……大酒飲みでもあるんだよな……。
「そういえばお嬢ちゃんはなんて言う名前なんじゃ?エテルノの知り合いにこんなに可愛い子がおるとは知らんかったぞ」
「そういえば自己紹介してませんでしたね。私はミニモ=ディクシア。気軽にミニモって呼んでくださいね」
「ひゃ、『百人殺し』?!ゆ、許してくだされ!別に口説いたわけじゃないんじゃ!!」
お前俺より怖がられてるじゃねぇか。しかもとんでもなく物騒な二つ名までつけられてるじゃねぇか。
土下座を始めたドワーフと困惑するミニモを横目に、俺は諦めに近い感情を抱くのだった。
***
「おい『百人殺し』。買い物はもう十分か?」
「そ、その呼び方は勘弁してください……」
買い物を終えて帰り道、俺はミニモの悪評の由来を聞いていた。
なんでも、百人が声を掛けて百人が惨殺された、という噂から来た異名らしいのだが実際はそうでもないらしい。
「確かに声はかけられましたけど、基本はちゃんと断ってるんですよ。一体どこからそんな噂が来たのか……」
「そうか。暴力沙汰にはなってないんだな」
「……」
「……黙るなよ」
気まずそうに目をそらすミニモ。これは何人かやったな。
「だ、だってしつこかったんですもん!払いのけたら当たり所が悪くって……!」
「それは犯罪者の言い分だな」
「すぐに治癒魔法掛けたので無事でしたから!」
「被害者の心の傷は癒えてないと思うがな」
「うぅ……!」
まぁ元々がナンパをするようなゴロツキ達だ。そんなに気にすることでもないだろう。
「というか、さっきから視線を感じるのはお前の噂のせいか」
「えっ?」
「まぁ『百人殺し』と一緒に歩いている男がいたらそりゃあそうなるよな」
先ほどから俺は憐れむような視線で見られることがあった。大方、「百人殺しと歩いて……あ、こいつ死んだな」的な感情を抱かれているのだろう。
だがそうなってくると町のゴロツキどもは何をやってるんだ。憐れまれるのは別に構わないのだが、俺の悪評は間違いなく広まっていない。
依頼をしっかりとこなせないようであれば金も回収しなければならないだろう。利子付きで。
「ミニモ、ちょっと先に帰っていてもらっていいか?用事がある」
「分かりましたー。荷物はどうしましょうか?」
「剣とかの重いものは俺が持っていく。食材は早く届けてやってくれ」
「はい!それじゃあまたあとで!」
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その後俺は路地裏で、『逃げます』とだけ書かれた看板を目にすることになるのであった。
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