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一欠け、人影

「しっかし……読めば読むほど訳分からねぇな……」


 蘇生魔法の使い方。

 まずは死体が必要だ。


 これに関しては家のネズミ捕り罠にかかっていたネズミが死んでいたので、これを使う。

 次。魔法を使う人間の血が数滴。


 その次は……おそらく、髪の毛、だろうか。俺はハサミを取ってきて自分の前髪を少しだけ切った。

 それで、材料を混ぜ合わせる……。


 文字があればもっと詳しく分かるのだが、今はとにかく憶測で進めていくしかない。

 その後も苦戦しつつ解読していき、全ての工程が完了したのは夕暮れのことだった。


「でも、案外簡単に材料集め終わったな……?」


 蘇生魔法、なんて銘打つぐらいだからドラゴンの爪だとか超古代兵器の部品、とか大それたものでも使うのかと思っていたが、必要だったのは身近にあるものばかりだった。

 よく分からないが、魔法って言うのはそういうものなのだろうか?


 魔法には儀式を扱うものと、呪文を唱えるものがあるのだが、おそらく今俺がやっているのは『儀式を行う』方だ。

 呪文っぽい物も書いてあるにはあるが、こちらは読めないので放置する。


 とりあえず俺は紙の最後の項に目を通した。

 少しだけ期待していたのだが、やはりここにも読める文字は無い。全ての工程を完了すれば浮かび上がってくる、とかの仕組みだと予想していたのだが……そういうわけでは無いようだ。


 代わりに描かれた図形は--この紙を、死体の上に乗せるように指示しているように見える。


「これを……こうか?」


 変化は、無い。

 枝でつついてみても、揺らしてみても、ネズミが起き上がる気配は無かった。


「あー……やっぱりどっかで手順を間違ったか……」


 そもそもあんな図形だけで魔法を使うなんて無理に決まってる。

 何を考えて母さんがあんな魔法の使い方なんて覚えようと思ったのか理解できないな。


「はぁ……飽きたしなんか他の事……」


 なんとなく窓の外を見た時だった。


 人影がこちらをのぞき込んでいることに気づき、一瞬息が止まる。


 いや、人影というのは正しくないかもしれない。影だ。

 真っ黒に塗りつぶされた等身大の人形のように感じた。

 

 なんというか、生きているとは思えない。

 時々動いてはいるが、およそ生物とは思えない雰囲気。


 問題は、シルエットでそれが『男』だと分かるということ。

 黒塗りの男が窓から家の中を覗き込んでいるなんて事態、ありえないのだ。

 言うまでも無く、村にそんな黒塗りの男がいるだなんて聞いたことは無い。


 そこまで考えてようやく、俺は一つの可能性に思い当たる。


「蘇生魔法、か……?」


 咄嗟に先ほどのネズミを振り返るが、相変わらず動き出すような気配は無い。


 無言で立ち尽くす人影。何をするでもなくただただ立っているのは不気味ではあるものの、敵意は無い様に感じた。

 だから、とにかく声を掛けてみる。


「おい、お前。俺の言ってることが分かるか……?」


 しばらく無言の時間が続いた後に、人影が頷く。

 伝わっている。こちらの言葉が伝わっているのだ。


「ってことは魔法は成功……ってことでいいんだよな……!」


 少し興奮気味に呟く俺。

 するとその声が聞こえたのか、今度は人影が首を横に振る。


「は?俺が失敗してる、ってことか?」


 頷く人影。まぁこんな真っ黒な人影としてよみがえるんならそれは蘇生魔法とは言わないかもしれない。

 まだ何か不完全なのかもしれないな。


「んー、どうすりゃいいんだよ?お前何かやり方知ってる?」


 また、今度は大きく人影が頷いた。


「じゃあお前のやり方でいいから教えてくんない?」


 今度は首を横に振る人影。やはり会話は伝わっているようではあるが……こんなにも直接会話できないのはじれったいものなのか。

 ジェスチャーだけで謎の影と話す。どういう状況だこれ。


 俺が何も言わないでいると何の反応もせず、ただただ立っているだけになってしまう不気味な人影。

 だが、俺はその人影をどこかで見たような気すらしていた。懐かしさを感じる、というのは少し違うか。何といえばいいか分からない感情を抱えながらも、俺は再びその人影を観察しだした。


 とりあえず急に襲ってくることは無さそうなので家の外に出て、窓の前で立ち尽くしている人影の左腕に触ってみる。


「……おぉ、ひんやりしてる」


 人影はそこそこ冷たかった。例えるならそう、早朝に地面を触ればこんな冷たさなのではないだろうか。

 俺は早起きが苦手なので朝早くの冷たい地面なんて触ったこと無いのだが。


「しかしどうしたもんかなぁ。魔法って言ってもやっぱり、蘇生魔法じゃ剣の練習には役に立たなそうだしディアンに頼むしかねぇのか……?」


 この人影を相手に対人練習、なんてこともできるのかもしれないが、こちらから何かをしない限りこの人影は何かしてくれそうにない。

 しかも、この人影の消し方が分からないし何がどうしてこんなことになったのかも分からない。


「んんんんん……」


 腕を組みながら考えていると、ふと俺の手に人影の冷たい手が触れた。


「え、なんだよ?」


 無言の人影。

 だが、俺を何かからかばうように両手を広げている。何か意味があるのだろうか。


「うぇあ?!」


 唐突なことだった。俺を抱えるようにして持ち上げて、人影が森へと駆けだす。

 

 何を考えているか分からないまま何の意味があるかも分からない行動をしだす人影を前にして、ようやく俺は危機感を覚えた。


「な、なんだよお前!剣で相手されたいってんなら俺だって相手に--」


 俺がまともに話せたのはそこまでだった。俺が発した言葉は大きな鐘の音にかき消される。

 村の警備をしていた冒険者が、危険が迫った時に村人にそのことを伝えるために用いる鐘の音だ。

 俗にいう警鐘、という奴である。


 今までこの鐘がならされたことなんて魔獣が一匹村に入り込んでしまった時だけなのだが、俺はふと妙な胸騒ぎを覚えた。


 村の奥からは既に煙が立ち上っていた。

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