小さな禁術使い
「蘇生魔法って……なんだそれ?」
蘇生魔法。治癒魔法じゃなく?蘇生魔法なんて言うからには死人がよみがえる、とかそういう話なのだろうか?
「……まぁどうでもいいか。今日の晩飯何だろうなー」
自分は魔法を使う気は無かったので、別に紙に書かれた内容を詳しく読み込もうとも思わなかった。
それよりも、今日の夕飯だとか、明日はどんな風に剣の練習をするかとか。そっちの方がよほど大事なことなように思えたのだ。
俺は紙を元の位置に戻し、家の庭に出て剣を振りながら母さんの帰りを待つのだった。
***
「せいやぁ!」
「お、っと……」
木剣を振り、ディアンに肉薄する。振り上げられた剣が空を切り、ディアンの髪を掠める。
「--お返しだよッ!」
「え、」
ディアンが俺の剣を蹴り上げ、俺はバランスを崩した。
もちろんその隙を見逃すディアンではなく、すぐに剣が飛んでくる。
俺のわき腹を狙うその攻撃を何とか見極め、木剣を手でつかんで止めようとする。
ディアンの一瞬驚いたような顔が酷く愉快だった。
「食らってたまるかよ!」
「いや、当たるよ!」
「なっ……?!」
もう少しで木剣を掴めそうな段階でディアンの木剣が突如として加速する。
俺の方からは、まるで剣の刀身が火を噴いたように見えていた。
振られた途中で加速した木剣に反応できず、俺はまともに剣を食らってしまった。
「がっ……!」
「あ、ごめん、ちょっと早すぎて威力殺せなかった」
「ディアンお前……!」
へらへらと謝るディアンを横目に、俺は地面に倒れこんだ。
剣を食らってじんわりと痛むわき腹を押さえ、青空を見上げる。
「でもフリオ、剣を手で掴むのは反則だよ。真剣だったらそんなことできるわけ無いんだからさ」
「うるせぇ……」
いつもより早く流れる雲を見ていると、ふとテミルが心配そうな顔で倒れこんだ俺の顔を見下ろしてきた。
「フリオ君、大丈夫……?」
「おう……。めっちゃ痛ぇこと以外は大丈夫……」
「そ、それは大丈夫って言いませんよ?!」
まぁいつものことだしな。とりあえず痛みは意識の端へ追いやっておく。今は痛むが放っておけば痛みも無くなるだろう。
「あぁ、くそ、今日も負けかよ……」
「負けとはいうけどね、魔法まで使わないと僕も負けかねなかったんだから誇っていいと思うよ?」
「剣が急に早くなったのはやっぱり魔法か」
俺と違って、ディアンは剣だけでなく魔法も学んでいる。
剣だけなら何とかなるようになったが、魔法と剣の合わせ技で攻撃してこられるとダメだ。防御すらうまくできずに俺が負かされてしまう。
「くそぉ……魔法便利すぎんだろ……」
「でしょ?でも冒険者になるなら魔法だって使えないとね」
「……そうなんだよなぁ」
魔法も勉強しなきゃいけないとなるとディアンに勝つことができるのはまだまだ先になりそうだ。
「で、でもですよ!フリオ君も凄かったですよね!」
「テミルは剣の使い方なんて分かんねぇじゃん。そんなんで褒められてもな」
「うっ……」
「ほらフリオ。そういうこと言っちゃだめだよ。テミルは確かに頭は悪いけど、慰めてくれてるんだからね?」
「追い打ちですか?!」
近くで騒ぎ立てる二人を放っておいて、俺は今日の反省に入った。
今日はとりあえず、足運びを間違ったかもしれないな。
ディアンの剣も、『受ける』より『いなす』という風に意識を持っていればあの攻撃も避け切れたかもしれない。
次、生かそう。
そんなことを考えていると、ディアンがふと呟いた。
「まぁ魔法が使えなくても明日、僕が負ける可能性だってあるんだけどね」
「そんなことあるのかよ?」
「うん。例えば……フリオがスキルを使えるようになる、とかかな」
スキル。持っている人数は治癒術師よりも少ないと聞く力だ。
ましてやこんな村にスキル持ちだなんているはずもなく、あくまで噂程度にしか考えていなかった。
だが--
「--そうか、俺もスキルに目覚める可能性があるのか……!」
「そ、そうですよね!フリオ君ならきっと、というよりも絶対そんな機会がありますよ!」
そう考えると何とかなる気がしてきた。
気を取り直して俺は立ち上がる。
「よし、じゃあ俺は魔法勉強してくるから!」
「え、でも魔法を学ぶんだったらもっと教科書とか……なんなら貸そうか?」
「大丈夫だ!心当たりある!」
「そうなのかい?」
「あぁ!じゃあまた明日!」
そう言うと、俺は急いで家へと帰った。
目的はそう。『蘇生魔法』を身に着けることだったのだ。
***
「ただいまー」
返事は無い。また母さんは外出しているようだ。
近頃母さんは外出していることが増えたような気がするのは気のせいだろうか。
「父さんも帰ってこないしなぁ」
街に出稼ぎに行っている父親。
父親とはいうものの俺はほとんど父さんと話したことが無い。
父さんが家に居た時だって、基本朝早く仕事に行って夜遅く帰ってくることがほとんどだったために顔を合せなかったのだ。
しかも半年ほど前に街へ出て働くようになり、家に帰ってこなくなってからますます印象が薄れていっている。
なんなら背格好だって、太っても痩せても無い普通な感じだったことくらいしか覚えていないのが実情なのだ。
まぁそこまでして働いてくれているおかげで俺が生活できているので、感謝はしているのだが……
「っと、あったあった」
戸棚から紙を取り出す。蘇生魔法、いったいどんな魔法なのだろうか。
若干怖いもの見たさのようなワクワクする気持ちと共に、ようやく俺は表紙を開いた。
「……なんだこれ?」
図形。そう、図形だ。何となく言いたいことは分かるが、文字が無いのでは詳しい手順も何も分からない。
「でもやってみるしかねぇよな……」
こうして俺は蘇生魔法の使い方を調べ始めたのだった。
それがとんでもない事態を引き起こすのは、この夜のことである。




