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坂道を下る

「しっかしよく食うなお前……」

「ずいぶんお腹が減ってたんだね」


 少女の食べっぷりを見ながら呟く。今少女が食べているのはディアンが食べる予定だった弁当だ。

 ディアンは村長の息子なだけあって、そこそこの量がある豪華な弁当を食べていたはずなのだが少女はがっつくようにして平らげてしまった。


「……それでお前、名前は?」


 食べ終えた少女に問いかける。だが問いかけられた少女はというと、よく分からなかったのかコテンと首を傾げるばかりだ。

 何とか俺は身振り手振りで伝えようと模索する。


「えーと……お前はどんな呼ばれ方をされてたんだ?って言ったら伝わるか?」

「……テミ、ル」


 テミル。それがこの少女の名前か。


 ……少なくともこの村の誰かの血縁ではないな。この村は小さい。誰か子供が増えていたらどこかしらから名前が伝わってくるものだ。

 少女に関しては聞いたことも無い名前だということで、おそらくどこかしらの村から流れてきた浮浪児、といったところなのだろう。


 そんな予測を立てるとディアンが言った。


「フリオ、彼女に関しては僕が父さんに掛け合ってみるよ。何か手伝いをしさえすれば食べていくことくらいは出来るはずだ」

「うーん、よく分かんねぇけど頑張れよ」

「ん、任せておいてよ」


 ディアンが少女の手を引いて立ち上がる。少女は暴れることもせず、黙ってディアンに従っていた。

 あれだな、多分弁当で餌付けされたんだろう。


「それじゃ、今日は一応ここまでかな。フリオも早めに帰ってゆっくり休んでよ?」

「言われねぇでもやるよ。休みすぎて剣の腕がなまっても困るからな。早く治さねぇと」


 家へと向かうディアンを見送り、俺も松葉杖をついて家への帰途に就いたのであった。


***


「んで、ここで剣をこう……振る!」

「今のはちょっと違うかな。フリオは力任せに切ってるんだよ。それなら剣じゃなくてメイスにでも持ち替えたほうが良いんじゃないかい?」

「え、メイスより剣のほうがカッコいいじゃん?」

「真顔でそんなこと言われても……」


 俺達がテミルを拾って一か月ほど経ち、既に怪我の完治した俺は剣を満足に振るえるまでに回復していた。

 剣を振る度に顔に掛かる風が心地いい。足元の地面には短い草が生え揃っていた。


「テミル、今のどうだった!?」

「え、あ、は、はい!凄かったと思います!はい!」

「だろ?」

「テミル、フリオが調子に乗るから褒めないで」

「は、はい。すいません……」


 一か月が過ぎて、以前と違うところが出来たとしたらここだ。

 俺達の剣の練習に、テミルが見学しに来るようになった。


 テミルは剣を握るわけでは無いがたまにアドバイスをくれる。

 第三者として見ていてくれるのが非常に助かるのだ。


「テミルも最初は訛りが酷かったけど、最近は慣れてきたよね」

「そういやそうだな。ここら辺の言葉は仕事先で教えてもらってるんだっけか」

「そうです、はい!」

「『そうです』も『はい』も同じ意味だからどっちか一つでいいんだぞ」


 テミルは今のところ、村の宿屋で働いている。

 よっぽど上手くやったのか、基本は宿屋の空き部屋にタダで泊まらせて貰っているようなのでテミルと初めて会った時のような状態に陥ることはもう無いだろう。


 後々、俺達がテミルに声を掛ける前は、バッタやらなにやらを捕まえて食っていたと聞き愕然とした。

 よく生きていたものだと思う。


「てかテミル、もう敬語使わなくていいぞ?」

「い、いえ、こっちの方が落ち着くので……」

「うーん……まあそれなら良いけどな」


 俺自身敬語を使うのは苦手だ。だからテミルに敬語を使われると、ついむず痒い様に感じてしまうのだ。

 ……まぁテミルがそう言うのなら良いけどな。


 そうこうしているうちに、ディアンが家に帰る支度を始めた。


「ん、今日ちょっと帰りが早くねぇか?」

「うん、悪いけど今日は外せない用事があってね」


 外せない用事。でもディアンは村長の息子だしな。そりゃぁ色々用事もあるのだろう。


「分かった。じゃあ今日は解散だな」

「そうしてもらえると助かるよ。テミルもそれでいいかい?」

「もももちろんです!ディアン君の好きなようにしてください!」

「よし、じゃあ僕は帰るから二人も早く帰るんだよ」

「了解ー」


 ディアンを見送りテミルも宿へと帰っていく。

 さて、俺も帰ろうか。


 近頃はこんな毎日であった。


***


 ある朝。いつも通り剣の練習に行こうと俺が家を出ようとした時。


 母に挨拶でもしてから行こうとキッチンへ入ると、母が何かの紙に注視しているのが見えた。

 紙はぱっと見、何かの動物の皮でできているのだろうか、ところどころ端が破れ、ほんのりと黄ばんでいた。

 

「……母さん?何やってんの?」

「あ、フ、フリオ。今日も行ってくるのね?」

「あぁ、うん。行ってくるから。そんじゃ」

「はいはい、行ってらっしゃい」


 紙はすぐに丸められると、台所の棚にしまわれてしまった。

 何の紙なのかは知りたかったのだが……まぁいいか。


 剣の修行のことしか考えていなかった俺はすぐに記憶から紙のことを投げ出すと、広場に向かうのだった。


***


 その日、剣の練習を終えた帰り。俺が家に帰ると母はどこかに買い物にでも出かけたのか、留守にしていた。

 ふと母が見ていた紙のことを思いだし、俺は台所に向かったのだ。


 台の上によじ登り、無理やり戸棚を開ける。


 あった。あの紙だ。触った感触は思ったよりもざらざらしている、といったところか。

 後は、凄く冷たい。

 数瞬前まで氷水につけられていたのでないかと思うほど肌に触れる紙は冷たかった。


 表題は--


「『蘇生魔法』……?」


 蘇生魔法。母が見入っていた紙には古ぼけた文字ながらも、確かにそう書いてあった。

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