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三人揃えば

フリオの過去編に突入します。

 鈍い痛みが体を突き抜ける。臓器全てに真っ赤に燃えた煙草を押し付けられているような感覚。

 --僕は死ぬのだろうか。


 ぼんやりと、今にも消えてしまいそうな意識の裏で考える。

 思い返してみると、僕の人生は後悔ばかりだ。

 

 突如、抱えられていた感覚がなくなって体が空を舞うのを感じる。

 地に投げ出されて一瞬、呼吸ができなくなるほどの衝撃が僕を襲った。


***


「おぅわ?!」


 掴んでいた木の枝が折れ、地面に落ちる。

 受け身を取ることもできずに地面を転がり、一瞬呼吸できなくなるほど強く体を地面に打ち付けた。


「くっそ、痛ぇ……!」


 なんとか呼吸を整え、立ち上がろうとした時だった。右足に強い痛みが走る。

 涙ぐみながらもズボンのすそをめくって確認すると太ももの辺りが赤く腫れていた。




「はい、これで大丈夫でしょう。まぁ安静にしておけば割と早めに治りますよ」

「ありがとうございます先生」

「いえいえ、これも私の仕事ですから」


 家の少し傾いたドアを開けて医者が出て行く。医者が見えなくなるまで頭を下げ続けた母は、医者が居なくなったのを確認すると勢いよくドアを閉じるとこちらを振り返った。


「フリオ……!またあんたは迷惑をかけて……!」

「しょ、しょうがねぇじゃん。木の上に鳥の巣があったから覗いてやろうと思ったんだよ……」

「その口調もやめなさいって言ったでしょ!全くあんたはいつもいつも怪我ばっかりで……!」


 まただ。父が村の外に出稼ぎに行き、しばらくしてからというもの母はやたらと説教をしたがるようになった。

 以前はこんなこと無かったのにどうしてなのだろう。

 俺はそんな考えを捨てて、特に母の言うことを聞くこともせずに時計の方を見つめて時間が過ぎるのを待った。


「--そんなわけだけど!分かったわね?!」

「はいはーい」


 とりあえず説教も終わったようなので適当に答えておく。

 その返答を聞くと母は満足げに頷いた。


「本当にねぇ……。治癒術師の方が村にまで来てくれれば治してくれるでしょうに……」

「治癒術師なんてそんなの、そうそういる訳ないだろ?それに大した怪我じゃないってこんなの」


 治癒術師。名前だけは知っているものの、生まれてからそんな魔法使いは見たことが無かった。

 事実、医者の処置を受けてから固定されはしたものの痛みは既に引いてきていた。


「じゃ、ちょっと剣を教えてもらいに行ってくるから」

「安静にしておけとお医者さんも言ってたでしょう?!」

「今日は動かないから大丈夫だって」


 それでも駄目だと制止してくるが、俺はそんな母を無視して家の外へ出た。


 天気は快晴、雲一つない青い空から日光が照りつける。

 俺は松葉杖をつきながら村の端へと向かった。


***


「フリオ、どうしたんだいその怪我?!」

「いや、大したことねぇよ。ちょっと木から落ちただけだ」

「そうは言うけどそんな状態なのにここまで来たのかい?」

「当たり前だろ?雨が降ったって槍が降ったってここには毎日通うに決まってる!」


 村の端、開けた野原で木剣を持った少年が居た。青い髪が陽光に反射する。

 少年の名はディアン。この村の村長の息子であり、俺の親友でもある。


 ディアンは木剣を振りながらも更に質問を重ねた。


「でもそんなんじゃ剣を振れないだろ?どうやって練習するのさ」

「そりゃ……見て学ぶんだよ!剣が触れないなら見学すりゃぁいい!」

「本当にフリオは努力家だね……」

「おう!この調子じゃディアンより俺の方が強くなるのも時間の問題だな!」


 俺は本気でそう思っていた。剣の腕を磨いて、そしていつか冒険者になる。

 Sランク冒険者になって金を稼いで、それでどこかで悠々生活してやるのだと考えていたのだ。


 そんな俺にディアンが返す。


「いやー、じゃあ今のうちにフリオのことをボコボコにしておいた方がいいかもねぇ」

「はぁ?!卑怯だぞお前!いやでも、別に今やられても負けねぇから!返り討ちにしてやるからな?!」

「いやいや、剣も持って無いフリオには負けん、ってね!」

「……お前親父ギャグ好きだよな……」


 ディアンは愉快そうに笑った。どうも、俺をボコボコにするというのは本気ではなかったらしい。

 そりゃそうか。ディアンはそんなことをするような奴じゃない。


「で、今日は何からやればいい?」

「んー、そうだなぁ……。型のイメージトレーニングとか、足が痛いなら握力を鍛えればいいんじゃないかな……?」


 俺がディアンと知り合ったのは一年程前。

 当時一人で、この場所で木剣を振っていたディアンに俺が声をかけたのが最初だった。


 ディアンの方が剣の扱いは上手かったので、俺が教えを乞う形で毎日ここへと通うようになっていた。


「でも俺、怪我してても別に動けるぞ?普通に剣を振っちゃダメか?」

「駄目だよ。怪我が悪化したら治らないことだってあるんだから」

「ちっ……分かったよ」


 黙ってディアンの動きに目を凝らす。


 右足を下げる、剣を握った右手を同時に下げて、踏み出す。

 体をねじって振りかぶることで剣の威力は普通より上がる。問題はそこまでの手順だ。足を下げる、踏み出す。手を振る。剣を振る。


「フリオ……そこまで見られるとちょっと恥ずかしいかな……」

「気にすんな」

「そうは言うけどねぇ……」


 それからしばらくディアンが黙って剣を振るい、俺が黙ってそれを見る。

 そんな時間が続いた。


 沈黙すら心地いい。そんな空間に居られている俺は幸せなのだろう。


「……っつ」

「ん、どうしたんだいフリオ?」

「いや、ちょっと足が痛んだだけで--」


 痛みで集中が乱されたその時、広場の奥でうずくまる人影が目に入った。

 小さな影だ。腹を押さえて木の幹にもたれかかりながらこちらを見つめている。


「……ディアン、ちょっと引っ張ってくれ」

「え?いいけど……」


 座り込んでいた俺の手を引っ張ってもらい、なんとか立ち上がる。

 そのまま俺は松葉杖をつき、人影の方へと向かった。


「……よう、元気?」


 人影は近寄って来た俺を力無く見上げた。


 光の無い瞳、長く伸びてゴワゴワの髪、しわだらけで汚れ切った服、見ればすぐに分かった。こいつは浮浪者だ。


 ……だが、それは年端もいかない少女だった。

 俺が言うのもなんだが、まだ幼い。

 そんな彼女が、今にも力尽きそうな目でこちらを見上げている。

 考える必要は無かった。


「なぁ、食うか?」

「……!」


 ポケットから、半分に砕けてしまったクッキーを取り出す。

 家を出るときにポケットに突っ込んできてしまったものだが、どこかのタイミングで割れてしまったらしい。


 俺が差し出したクッキーを一目見て、少女はクッキーを奪うようにして持って行った。

 そのまま砕けたクッキーを口に運ぶ。


 それを見て満足げに笑う俺と、不思議そうな顔をしているディアン。


 これが、俺とテミルの最初の出会いだった。

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