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まこと喜ばしき成功

「……ディアン、帰ってこないな」

「だな。あいつトイレ長くないか?」


 ディアンの帰りを待つこと約七分。未だにディアンが帰ってくる気配は無かった。


「……なんか変な物でも食ったのかもな」

「例えば?」


 暇だったのでアニキの呟きに質問してみる。


「例えばそうだな、スライムとか?」

「それお前の店の商品だろうが」

「いや、でも最近俺の店の真似する奴も出てきてさ、全く美味しくないスライムとかを売ってるやつも出てきてるわけよ。安全ならまだいいんだが場合によっては毒を持ってるスライムもいるからな……」


 それで腹を壊した、なんて話ならいいのだがディアンはスイーツを好むタイプには思えない。

 ……しょうがない。様子を見に行くか。


「すまん、ちょっと様子を見てきて良いか?」

「了解。ここは任せとけ」

「テミル、アニキのことをしっかり見張っておいてくれよ」

「わわわ私で良ければ頑張ります!」

「もっと俺のこと信用してくれてもいいんだぞ?!」


 それで信用出来たら苦労しないというものだ。

 アニキとミニモとシェピアには監視を付けろとフリオが言っていたからな。

 ……ダンジョン探索をした時の話ではあるが。


「じゃ、行ってくる」

「おーう、気を付けてなー」


 そんなこんなで、俺はフリオを背負って町を歩き回ることになったのだった。


***


「さて……ここら辺に居てもおかしくないと思うんだが……」

 

 俺は物陰をのぞき込みながら呟いた。

 独り言……ではあるのだが、背中にフリオを背負っているせいで独り言を言っているという実感は無い。


「ったく、手当前までは元気そうだったのに手当が終わったら昏睡とはな。どんだけ無理してたんだか……」


 痛覚が鈍くなる魔法を使っていたせいで無理をしていることに本人も気づかなかった、というのがフリオがこんなにまでなった原因だろうか。

 魔法はほぼほぼ万能だが、そのせいで使い方を誤った時の反動も大きい。今回は俺がしっかり見ていれば防げたはずの問題だったな。


 フリオの容態は急を要さなさそうだからこそ良いものの、これがまだ重症だったら大変だった。更に気を付けなければ。


「しっかしミニモも本当にどこに行ってるんだ。こういう時こそあいつの出番だろうに……」


 ぶつぶつと呟きながら町を歩いていく。足場が急に崩れたりしないように一歩一歩確認しながら。


 そんなこんなでT字路に差し掛かった時だった。曲がった先に、醜悪な巨体が見えた。

 先ほどまで別の場所に居たはずの、ドラゴンだ。今は瓦礫に鼻を突っ込んで何かを探しているような動きをしていた。


「ッ?!」


 咄嗟にアニキ達に逃げるよう伝えようと、今まで来た道を戻るように走り出す。


 走る。ただひたすらに全力で。今まで来た道を走って逃げる。

 背後を振り返ってふと、肌色の何かが目に入った。




 --手だ。崩れた瓦礫の隙間から、少しだけ、手が飛び出ている。

 俺の足音を聞きつけたのだろうか。助けを求めるように、力無く、手を上下に動かしていた。


「……」


 どうするべきだろうか。今すぐにでも助けることはできるが、それよりもドラゴンが居たことを一度仲間に伝えるために逃げ帰って、再度ここまで来て助けるべきではないか?

 むしろ、そのタイミングで助けに来た方が安全性を確保できる。


 こんなことであれば一度ここらに来た時にあの手に気づくべきだった。考え事をしながらディアンを探していたから気づかなかったのだ。

 どうする、今すぐ助けるか?だがそれでは到底--


「たす、けて……」


 蚊の鳴くような小さな声。

 だが、その声が耳に入った瞬間俺は動き出していた。


 悩む必要なんてない。そもそもフリオだったなら、何も考えずに助けに行っていただろう。


 少しでも邪魔になるものをなくすため、俺は背負っていたフリオを地面にそっと置いて駆けだす。

 走りながら呪文の詠唱--


「大丈夫か!今すぐ助けるぞ!」


 すぐに土魔法で瓦礫を持ち上げて助けを求めていた人を--


「……え?」


***


 腕。


 そう、腕だけがそこにあった。

 腕だけがバタバタと、挟まれていた瓦礫から解き放たれて動き始める。

 本来なら肘があるであろう場所に肘は無く、蛆の湧いた断面が見えた。

 

「何が--」


 何が起こっている?そう言おうとした時だった。腕が退いたことでその下に隠されていた穴に気づく。


 直後、穴の奥から閃光が--


「ッッ?!」


 間一髪、俺の顔を狙った閃光は俺の頬を掠めて飛んでいった。

 頬を伝う生暖かい感触。手で触れると、手のひらにべったりと血が付いた。


「……うーん、やはり駄目でしたか。声まで出して誘導したのに……。でも案外、貴方も情に厚いんですね?」


 聞き覚えのある声。俺が手に付いた血を服で拭って振り返ると、そこにはディアンが居た。

 笑うでもなく、悲しむでもなく、ただただ何にも興味の無さそうな冷たい目をして言う。


「救助の手際、鮮やかでした。さすがSランク冒険者、といったところですね」

「……」


 今のディアンは隙だらけだ。だが、俺は打てば必ず当たる距離にも関わらず魔法を撃ちこむことは出来ずに居た。


「……ディアン、今のはお前の仕業ってことでいいんだな?」

「えぇ、もちろん」


 先ほどの手も、その後の魔法も、明らかに俺の命を狙ったトラップだった。

 ということは……


「お前も敵か!ディアン……!」

「おお、切り替え早いですね?フリオならこうはいきませんよ」

「あいにく俺はフリオほど善良じゃないんでな……!敵を相手に躊躇はしないことにしてるんだ!」


 剣を構え、魔法を使う準備をする。

 ディアンの一挙手一投足に注目する俺であったが、次の瞬間、全身に冷や汗が伝った。


「お、来たようですね」


 びちゃり、と耳障りな音を立てて巨体が空から舞い降りる。

 醜悪な見た目と刺激臭。言うまでも無い。先ほどまで向こうの路地に居たはずのドラゴンがこちらへとやって来てしまったのだ。


「お、おいおい、嘘だろ……?」


 思わず乾いた笑いが漏れる。

 ドラゴンはディアンの近くに着陸したかと思うと、ディアンに向かって頭を下げたのだ。

 ディアンはその醜悪さに何を感じるでもなく、無表情でドラゴンの頭に飛び乗った。


「さて、行きましょうかね。あ、それ持って帰るのでお願いします」

「なっ……?!お、おい待て!」


 ディアンの指示どおり、俺が寝かせていたフリオをドラゴンが口で咥える。


 食う、ではなく掴む、と表現するのが近いだろうか。

 意識の無いフリオはドラゴンに咥えられると、力なくぶら下がった。


「待てって言われても私も忙しいので……。貴方がフリオを下ろしてくれていて助かりましたよ。背負ったままだと貴方の死体からフリオを回収しないといけなくなるので面倒だったんですよねー」


 なんでもないことのように淡々と言うディアン。俺は手を出すことができなかった。

 ただでさえ爆弾の埋め込まれているドラゴンだ。下手な攻撃はフリオを危険に晒すかもしれないからだ。


「……最後に聞かせろ。いつから、裏切ってた?」

「そうですね、おそらく十年ちょっと前……ってことになりますか?はい、それじゃさよなら。貴方も命狙われてるでしょうし、お達者でー!」


 ドラゴンが飛び上がるときの羽ばたきが辺りに風を生み出す。

 舞い上がった砂埃に、俺は思わず瞼を閉じた。




 目を開けた時には、もう遅い。ディアンを乗せたドラゴンは空のはるか高いところまで飛び上がっていってしまっていた。


***


「そうそう、それでシェピアがさ、まじで大変なんだよなー」

「で、でも、シェピアさんもきっといろいろと考えての行動だと思いますよ!」

「そうかぁ?」

「はい!きっとそうです!多分!私的にはですけど!」


 エテルノがディアンを探しに行ってから半刻ほど。俺はテミルにいろいろと愚痴を聞いてもらっていた。

 配下のこと、シェピアのこと、エテルノのこと。愚痴は尽きない。


 次は何を語ろうか。シェピアに勝手に冷蔵庫を増やされたことについての愚痴でも言おうかと考えた時だった。

 俺の背後を見てテミルが小さく悲鳴を上げる。


「なんだ、どうし--え、エテルノ?!大丈夫か!どうしたんだ?!」


 頬が切り裂かれでもしたようにぱっくりと裂けているエテルノが、帰って来ていた。

 顔の半分を血で染めたその有様もさることながら、普段は冷静なエテルノが明らかに焦った顔をしている。


「--すまん!フリオが攫われた!」

「……え、ま、まじか?!」

「あぁ!ディアンに裏切られてたんだよ!」


 叫ぶエテルノ。空から照りつける陽光がふと、俺の目を眩ませた気がした。

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