診療所にて
「ミニモ!居ないのか?!」
「ミニモちゃーん、出てこーい!干し肉あるぞー!」
「ふざけてないで真面目にやれ」
アニキのふざけた言葉にすぐにツッコミを入れる。だが案外、それで出てこないとも言い切れないのがミニモの怖いところである。
「しかし……見つからないな。案外すぐに出てくるものだろうと思っていたんだが……」
「だね。エテルノが呼べばすぐに出てくる印象があったよ……」
「喋るな。舌噛むぞ」
テミルが先行、俺がフリオを抱えてその後に続く。アニキは背後を確認しつつ救助者の探索。
そんな作戦で俺たちは行動していた。
テミルの案内でフリオの応急手当ができる場所に向かっているのだ。
フリオはそこそこ喋れているから大丈夫そうではあるのだが、問題はテミルだな。
駆けだした時は良かったものの、既にばててしまっている。いっそのことテミルもアニキに抱えさせて走ろうか。
そんなことを考えていた時だった。アニキがふと呟く。
「……そういやなんか妙じゃねぇか?」
「妙?何がだ?」
「いや、なんか敵が居ないっつぅか……」
何を言ってるんだ。ドラゴンが町で大暴れしているだろう。実際あいつ一匹でこの町はここまでの損害を……
ふと、違和感に気づく。
「そういえばまだ、骸骨とかは見てないな」
そう。ここまでに見かけた敵はドラゴン一匹だけだったのだ。
あれほどまでに大量発生していた骸骨やらなにやらはどこへ行った?
「そういう骸骨とか全部混ぜてあのドラゴンを造り上げた、とかかな?」
「それならまだ数の暴力で責められていた方が厄介だったな。そこそこ頭の回る敵なら全部の戦力を一つにまとめることなぞしてこないと思うが……」
あの死霊術師のことを思いだす。
少し煽ってやっただけで頭に血が上る男、腹立たしいことにここまで町を壊した元凶。
そしてなぜか、俺に深い恨みを持っている敵。
頭が良さそうには見えなかったが、頭が良くないとドラゴンに爆弾を融合させたりなぞしない。
かと思ったら全部の骸骨を融合させてドラゴンを作った?愚かに過ぎるぞ。
人となりが予想しきれないのが不気味である。
「ドラゴン一匹しかいないなんて、言われてみると確かに不思議だね」
「だろ?まぁ俺達としては助かるからそんなに問題でもないんだけどな」
「確かにそうなんだがもやもやするな」
とりあえず現状、不可解なことが多すぎる。後で一息付けたタイミングでまとめてみるのもアリだな。
そして、走り始めてから数十分。先を走っていたテミルからようやく目的地に到着したことを告げられた。
「つ、着きました……これいじょ、これ以上走れないんですけど、もう後はこの建物に入るだけなので……!」
「あぁ。助かった」
土魔法で器を作り出す。そしてそこに水魔法で水を注いでやるとテミルに手渡した。
息が切れていたからな。多少はこれで落ち着いてもらおう。
「あ、ありがとう、ございます……」
その場にへたりこむテミルを確認すると、俺は改めてその建物を確認した。
掲げられた看板から読み取れる限り、ここは診療所のようだな。
ここならフリオの応急手当は容易そうだ。
さすがに医者は避難してしまったようだが問題ない。何とか出来るだろう。
疲れ切った様子のテミルを置いて、俺たちは診療所の内部を探索し始めるのだった。
***
「エテルノ!包帯あったぞ!」
「おう。こっちは止血剤見つけたとこだ」
「あとは骨折用の添え木とかも必要か?」
「まぁそれは魔法で出すから大丈夫だな」
「魔法ってマジで便利だよな……」
診療所内で探索を終え、フリオの手当に必要そうな物品を揃えた俺たちはふと、考える。
「……あれ?止血剤と輸血、どっちが先だ?」
「……分かんねぇ」
「だよな」
今までミニモがいれば大概何とかなったからな。ここまでしっかりした応急手当なんてするのは初めてだ。
というか輸血とかは応急手当の時はしなくていいのか?分からない。分からないが……
「……ま、適当にやってれば何とかなるだろ」
「ならないよ?!エテルノ、お願いだからちゃんとやってくれないかい?!」
「ミニモが来るまで何とか持てば良いわけだからな。痛み止めぐらいなら俺も魔法でできるぞ?」
「いや、それは僕もできるから大丈夫……。冒険者なら割と必須だし……」
そうか、さっきからやけに普通に喋っているなと思っていたが魔法を使っていたわけか。納得がいった。
「で、何からやればいいと思う?やっぱり輸血からか?」
「いや、輸血しても流れ出しちゃったら意味ないんだから止血だろ?」
「……ごめん、テミルに頼んでもいいかい?」
なんだ、そんなに俺達が信用ならないか?
不服そうな顔をしているとフリオが説明しだした。
「もちろんエテルノに任せても良いかなと思うんだけどさ、テミルは自分でも怪我ばっかりしてるから多分簡単な手当てぐらいは出来るはずなんだよ。だから、慣れてるテミルに任せたいかなぁ、なんて……」
「……そう言うことなら、そうだな。呼んでくるか……」
テミルはどんくさいからな。怪我もそりゃ絶えないんだろう。
だがフリオの怪我は普段のそれとは度合いが違う。本当に手当なんて出来るのか?
そんな疑問を口にするとフリオは答える。
「確か、崖から落ちたこともあったはずだよ」
「いや、それは怪我というか事故なのでは?」
「怪我だね。事故って言ったら多分、彼女が大蛇に食べられかけたりとかした方かなと思うけど……」
「前も思ったがあいつの人生壮絶すぎるな」
あんなふわふわした感じの奴なのにな。
いろいろと複雑な心境ながらも、俺たちはテミルを呼びに向かうのだった。
……フリオの手当が終わったら他にもテミルの壮絶な経験談とか知らないか、聞いてみるか。
***
「……暇だな」
「だな」
テミルをフリオの元へ送り込み、待つこと数分。
俺とアニキは既にやることが無くなり暇を持て余していた。
手当をされているであろうフリオのうめき声が時々聞こえてくることくらいは何も起こらない。
治療室のドアの前で話していることぐらいしかできなかったのだ。
「……まじで敵いないな」
「な。それに、多分あのドラゴン森から飛んできてるんだよな」
「あぁ、確かに」
ドラゴンは森の方角からやって来ていた。ということは森に居た魔獣たちを合成してあのドラゴンを造り上げたのだろうが……
「なんで魔獣を森と町の地下の二か所に分けて配置したんだろうな」
「さぁ……?」
あのドラゴンが急に地下から出てきたら間違いなく町は壊滅していただろう。
森からやってくるのが見えたから避難が間に合った。
あのドラゴンを森から送り込む利点が見えないのだ。
「ほんともう、訳分からん……」
「--おや、何が分からないんですか?」
「ッッ?!」
診療所のドアを開けて入ってくる人影。
すぐに火を灯して顔を確認し、俺はホッとしてため息をつく。
「なんだ……ディアンか」
「どうも。エテルノさん」
青い長髪がゆらゆらと火の光で赤く染まる。ディアンはいつも通り、笑っているように見えた。
こうして、俺たちはギルドの副ギルドマスター、ディアン・シーと合流を果たしたのだった。




