町のゴロツキ(元ギルド長)
「うぅ頭が痛いです……」
「飲みすぎなんだよ。自業自得だ」
「んー、今日は依頼を受けるのは無理そうだね。休みの日にしようか」
「ごめんねフリオ……」
「ほら、グリスも体調が悪いんならしっかり休んでて」
祝勝会の翌日、グリスティアとミニモは二日酔いになっていた。あれだけ飲んでいたら当たり前の話である。
フリオはフリオで心配そうに二人を気遣っているが、実際のところ二日酔いの奴らに俺達が出来ることなんてせいぜい水を持って来てやるとかなんじゃないだろうか。
「じゃあ僕が看病しておくから、エテルノは遊びに行ってくると良いよ」
フリオがそんなことを言う。ま、俺よりもフリオが看病したほうが二人にとってもよほどいいだろうな。その言葉にはありがたく従わせてもらうとしよう。
「それなら俺の買い物を済ませてくる。他に何か買ってきてほしいものはあるか?」
「そうだね……。じゃあ、今日の夕飯は自炊しようと思うから食材を買って来てくれるかな?」
「分かった。任せておけ」
宿を出て市場に向かう。せっかく貰った休みだ。有効に使うとしよう。
今度俺が実行しようとしている作戦、それは「俺の悪い噂」を流すというものだ。例えば、自分のパーティーに入っているメンバーの一人が、ギルドで鼻つまみ者の嫌な奴だったとしたらどうだろうか。間違いなくそのパーティーには悪い噂が付きまとうことになる。
自分のパーティーへの悪評を避けようとするのであれば、その鼻つまみ者を追放するだろう、というわけだ。
問題は俺の悪評を流してくれる奴がどれだけいるか、ということなのだが、これはそこそこの心当たりがある。今日は買い物ついでにそこへ行くとしよう。
「兄貴、エテルノはどうも最近、きな臭い動きをしてるようですぜ」
「あぁ、俺の手下にも被害を受けてる奴がいてな。あいつはやっぱり危険だ。なんとかしねぇと……」
買い物を済ませて、俺は路地裏へとやって来ていた。
ここはゴロツキのたまり場になっていてこういう暗躍をするにはちょうどいい場所なのだが……都合のいいことに俺の話をしているようだな。声を掛けてみよう。
「よう」
「あぁ?誰だか知らねぇがこんなとこに……ッ?!お前は……?!」
「元気してるみたいで何よりだ。久しぶりだな」
「よ、よくも俺たちに顔を見せられたもんだなぁ!」
「あぁ。別に自分よりも弱い奴らのことを気にするつもりはないしな。それとも今、どっちが強いか試してみるか?」
俺の目の前にいるこの男は、元はあるギルドの長だった男だ。
俺の復讐に巻き込まれた結果不祥事が明るみに出てしまい、今ではゴロツキどもの兄貴分となって路地裏に住み着いている。さぞかし俺のことを恨んでいるだろうから、悪い噂なぞいくらでも流してくれるだろう。
「……何しに来やがった。今更になって俺を殺そうとでも思ったか?」
「いやいや、そんなまさか。俺は羽虫を気にするつもりはないと言ったばかりだろう?今日は依頼があってきたんだ」
男は苦虫を噛みつぶしたような顔を見せるが、まぁそこは流石に元ギルマスだ。
商談となるとしっかり話を聞くらしい。怒りを呑み込んだのかしばらくして重い口を開いた。
「……聞くだけ、聞いてやろう」
「よし。依頼内容は『俺、エテルノの悪い噂を流す』というものだ」
「……は?」
随分呆然とした顔をしているな。そんなにおかしいか?
「報酬は前金払いで、金貨を小袋で一袋。悪い取引じゃないだろう?」
「な、何を言ってやがる。気でもとち狂ったのか……?」
「なんだ、金が少なすぎたか?」
「そうじゃねぇだろうがよ?!なんで金払ってまで自分の悪い噂を流させようとするんだ?!」
あぁ、確かに普通に考えたらおかしな依頼ではあるか。だがまぁ、わざわざ俺の作戦を説明してやる気もないので放置することにする。
「どうでもいいだろう。やるか、やらないか、どっちだ。今すぐ選べ」
「や、やらせてもらおうじゃねぇか。金は今受け取れるんだよな?」
「あぁ。働きに応じて増やしてやってもいい」
元ギルマスがそう言ったのを確認して金を放り投げてやる。これで商談は成立だ。
路地裏を出てきたとき、『やっぱあいつは頭おかしい』的なことを後ろで言われているのを聞いた気がするがそんなもんスルーだ。
さ、下準備は出来た。どうなるか今から既に楽しみである。
***
俺は今、圧倒的な存在と対峙していた。奴の名はエテルノ・バルヘント。俺の地位をここまで落とした当事者である。
しかも力があるのがよりろくでもない。こいつにかかれば俺の首は一瞬で胴体とさよならすることになるだろう。
「……何しに来やがった。今更になって俺を殺そうとでも思ったか?」
震える声をできる限り抑えて、努めて冷静に言う。
この男は俺たちの仲間内では『狂人』と呼ばれる男だ。
例えば先日、蜂蜜まみれで蜂の魔獣の頭を振り回しながら幼女を追いかけている姿が目撃されている。正直その報告が来たときは耳を疑ったが、どうも真実らしい。
なんならこの町の都市伝説の一つに『幼女を追う蜂男』とかが追加されていた。怖い。
「いやいや、そんなまさか。俺は羽虫を気にするつもりはないと言ったばかりだろう?今日は依頼があってきたんだ」
依頼だと?なんだ?ま、まさか蜂の頭とかは持ってきていないよな?……マジでやめろよ?
こいつの依頼というのも話を聞くだけにとどめよう。下手に了承するとろくでもないことになりかねない。なんとかして今回も生き延びてやる。俺は覚悟を決めたのだった。
「あ、兄貴、あいつ一体何なんですか?どう考えたって正気じゃないですよ……!」
「……やっぱりあいつは頭おかしいな。何を考えているのか分からないし、知りたくもねぇ……」
奴は一方的に話すだけ話し、頭のおかしい依頼をなし崩し的に承諾させられてしまった。
だがそれでも今、俺たちは生きている。何とかして今の状況を切り抜けるチャンスは与えられたというわけだ。何とかしなくては……
「おい、あいつがいなくなったか見てこい。今の会話を聞かれていないとも限らねぇ」
「わ、わかりました!」
さて、あいつの真意を読み取らなくては。
あいつは最近、巷で噂の極悪Sランクパーティーに入ったとの報告が来ていたな。あいつの性格的にはそんなパーティーにいたところで違和感はないのだが……
待てよ?その場合悪い噂が付きまとっているのだからかなり依頼を受けづらいんじゃないか?
……それならどうしてそんな状況で、さらに悪い噂を流させようとするんだ?
そしてある可能性に、思い当たった。思い当たってしまった。
「兄貴!あいつは周囲に居ませんでした!それで噂を流すってどうすればいいんで?」
「……分かったぞ。おい、早く荷物をまとめて仲間を呼び寄せるんだ。ここからすぐに逃げるぞ!」
「へ?でもそれじゃあ依頼が……」
「馬鹿!それがあいつの罠なんだよ!」
あいつの企みはこうだ。
まず、俺たちにパーティーの悪い噂を流させる。そして十分に広まったあたりで、俺たちを摘発するのだ。その際、元々あったパーティーの悪評も俺たちが流していた嘘だったことにしてしまえば奴らの悪評は無くなり、町のゴロツキだった俺たちもいなくなる。得をするのは奴ら、ということだ。
なんと巧妙な悪事を行うのか。さすが『狂人』だ。だが今回は気づくことができてよかった。
渡された金を持って国外に逃げる。それが今の最善手である。
「よ、よく分からないけど俺は兄貴についていくっす!」
「あぁ。それでいい。そんで逃げた先ではこの金を元手に真っ当な商売を始めようぜ。あんな狂人に絡まれるのはもうまっぴらだからな」
大丈夫。俺には元ギルド長だったノウハウがあるのだから、手下どもをうまく動かして成功してやろうではないか。
「狂人、エテルノ・バルヘント!お前の思惑にははまってやらんぞ!」
「さっすが兄貴だぜ!」
手下どもを連れて馬車に乗り込む。手持ちは小袋の金貨一袋と一振りの剣、そして強靭な体と心に燃える野望。これだけあれば十分だ。俺たちの旅が今、幕を開けたのだった。
……といっても、町の中でさらにあいつらに見つかりにくい場所へ移動するだけだが。