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来訪者と長い一日

「さて、二人とも大丈夫そうかい?」

「ギルドに入るのに何をそう緊張することがあるんだ。さっさと行こう」

「俺は大丈夫だぞ!」


 宿から徒歩数分、俺たちは既にギルドに到着していた。


 最近はギルドに来てばかりな気もするが……まぁそれは良い。報告が多いのだからしょうがないことだな。

 問題は、先程からフリオが、ギルドの扉に手をかけたまま動かないことだ。


「ったく……何をそう急に緊張しているんだか……」

「内容が内容だからね……下手な説明は出来ないなと思って……」

「まぁ爆発が起こった、なんて話をするのは難しいところはあるが、相談しない訳にもいかないしな……」


 それに死霊術を使っていた黒ローブの男が召喚した骸骨が下水道などから湧いて出てきたことからも伺える通り、奴が隠れていると思われるのは地下通路や下水道だ。

 それならそれで、下水道を調査するのにギルドの協力だって必要になるのだ。


 まったく、めんどうなこと極まりない。


「もういい。さっさと入るぞ」

「あ、ちょ、ちょっとエテルノ!」


 煮え切らないフリオを押しのけてギルドの扉を開ける。


 中の様子は……今日はそこそこ冒険者が居るな。

 ギルドに並んだ木製のテーブルに冒険者が集まり、賑わっているとはいかないまでも何パーティーかぐらいは話をしているようだった。


 依頼自体が少ないためか普段と比べると少ないことには違いないのだが、最近はほとんど冒険者がギルドに集まらないことだってあったのだ。

 それを考えるとそこそこには集まっていると言うべきだろう。


「で、どうすればいいんだ?」

「やっぱりギルド長に連絡するのが普通じゃねぇか?」


 そんなことを言うのはアニキだ。

 こいつは元々ギルド長だったこともあってこういう時の対応には人一倍詳しい。


「ギルド長……そんなにすぐ会えるものなのか?」


 そういえば俺はこのギルドのギルド長と直接話したことがなかった。

 そもそも一冒険者がギルド長には会う機会があること自体少ないのだから当然といえば当然なのだが。


「いや、難しいね。彼は忙しいから滅多に会えないよ」

「彼……ほう、やはりギルド長は男なんだな」


 暴走することも多い冒険者をまとめあげるギルド長。

 女ギルド長はあまりいないので、ここのギルド長も男だろうとは思っていたが……。


 もちろん、冒険者は女だろうと男だろうと格差はない。筋力では男が上だが、魔法を絡めると勝敗は分からなくなってくるのだから性別にこだわっているのなんて二流の冒険者だけだ。


 だがそれにしたって、不自然なまでにギルド長は男のパターンが多いのだ。やはり女ギルド長だとなめてかかる冒険者がいるのだろうか。

 そうフリオに言ってみるとフリオは笑った。


「女の子でも強い子は本当に強いよ?」

「そうか?俺が言ってるのは筋力の話だぞ?」

「うん、ミニモとかね」


 ……そうだな、俺が間違ってたわ。俺も一応鍛えてはいるが、ミニモに勝てる気しないもんな。


 自分の浅慮を認識して、俺はさっさと話題を変える。

 そもそもミニモの筋力だと……いや、あいつの場合治癒魔法で筋力を底上げしてるわけだしな。

 実際のところ、魔法無しだと俺の方が力が強いのかもしれないが。


「しかしギルド長に会えないとなると……副ギルド長に会うしかないな」


 頭に浮かぶのはディアンだ。

 副ギルマスだなんて役職についているのにカウンターで受付をしていたり、掴みどころのない冗談を言ってきたりする変わった奴である。


 ふと、フリオが気まずそうにしているのに気が付いた。アニキも同様に気がついたようで、フリオに声をかけている。


「どした?何かあったのか?」

「あぁ、いや、ちょっとディアンとは気まずくてね……」


 フリオにも苦手な相手がいたとはな。フリオには悪いが、意外だ。

 こいつのように聖人じみた奴にも苦手な相手が存在したとなると感慨深さすら感じる。 


 だが、苦手だからと言って報告しない訳にもいかないのだ。

 ディアンに報告を通すことは確定事項なのである。


 ふむ、それなら……


「じゃあ、フリオはギルドの外で待ってるか?」

「え、いいのかい?」

「まぁ苦手だって言うんならしょうがないだろ。報告するだけだし良いぞ、別に」

「ありがとうエテルノ!じゃあギルドの外で待ってるよ!」


 フリオは俺の言葉に感謝すると、急いでギルドの外に出ていった。うーむ、ものすごい笑顔だな。

 その姿を見送ってアニキが言う。


「……お前やっぱ優しいとこあったんだな」


 心から意外に思っているかのような声色。

 俺としては心外な評価だな。


「前から思ってたんだが、みんなして俺の評価低すぎないか?」

「いや、だって怖いし……」

「失礼な」


 俺とて相手を気遣うことくらいするのだ。

 敵には容赦するつもりは無いが、仲間をたまに気遣っただけでも騒がれても困るというか……。


 あぁいや、今そんなことをやっている場合ではないのだった。

 さっさと気持ちを切り替えておく。


「そんなことより、ディアンの所に行かなくてはな」

「ディアンなぁ?こないだ俺のとこに来た奴だよな?」

「下らないギャグ好きの長髪男だな」

「おぉ、そこだけ聞くと俺と気が合いそうじゃねぇか」

「あとナチュラルサイコパスでもある」

「やっぱ絶対気が合わねぇわ」


 物凄い速度で手のひらを返すアニキ。でもお前もそこそこ他人とずれてるところはあるんだからな。

 ……本人には言わないが。


「ちょっと待っててくれ。ディアンのカウンターは確か……」


 いつもディアンと会うカウンターの方に目をやると、そこは今は空席になっていた。

 珍しいことでも何でもないがな。あいつは普通に買い出しすらも引き受けているらしいし。


 先日ディアンにこってり絞られたらしいアニキは、ディアンの名前を聞いて肩をすくめていた。

 わざわざ話す気も無いらしい。この調子だと報告するのは俺メインになるだろうな。


「いたか?」

「……いないな。そう長くは外出もしないだろうから待ってみるか」

「了解。判断はお前に任せるぜ」


 さて、待つのは良いのだがその間は暇になるな。何をしようか。アニキでもからかうか……?

 そんなことを思ってアニキの方に目をやった時だった。


 アニキの背後の窓、空を飛ぶ何かが目に入って思わず目を凝らす。


「……?」


 巨大な真っ黒い何かが町に影を落としている。影は悠々とこちらに向かってきているが……なんだ、あれは?

 アニキもなにやら異変に気づいたらしく、俺を気遣う様子を見せた。


「どうしたよそんな変な顔して」

「いや……ちょっと空を見てもらえるか?」

「一体なんなんだよ……はぁ?!」


 『何か』はまっすぐに町を横切り、俺達の方へと向かって来る。

 そのためか既に全体の形が分かるほど近くになってきており、ようやく見えた姿が何よりも問題であった。


 腐った肉、どこを見ているのかも分からない虚ろな目、明らかに正しい方に曲がっていない右足。

 空に広げた翼のあちこちは破れており、骨だって飛び出している。


 どう見ても戦えそうにないボロボロの体。だが明らかな敵意が、そこにはあった。


「……う、嘘だろ……?」


 言葉を失うアニキ。その気持ちは俺だって頷ける。


 俺達と同じくその巨大な影を空に認めた冒険者たちが窓際に集まり騒ぎ出した。

 そんな野次馬たちの一人が、半狂乱で叫びをあげる。


「--ドラゴンだ!!ドラゴンが来やがったぞ?!」


 ドラゴン。

 空を横切る巨大な影は、滅多に目にすることすらない巨大な魔獣の姿を取っていたのだった。

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