出会う、知る、始まり
「……よし、もう十分かな。何とかなりそうだよ」
「つ、疲れた……」
フリオが手についてしまっていた骨粉を払う。
俺たちは無事に検証を終え、死霊術への対抗手段をなんとか手に入れることができたのだった。
「でも今すぐに森の魔獣を何とかする、ってことは無理そうだね」
「そうだな。多少は用意をして臨まないといけないからな」
対抗手段、それは『魔力を遮断する容器に閉じ込める』というものだ。
要は術者の魔力が死体に届かなければいいのだ。何かしらの容器に魔力を遮断する結界を張ればそれで解決する。
「でも思ってたより簡単な解決方法だったわね。なんでこんなことが分かってなかったのかしら?」
「そもそも死霊術自体扱うのを禁止されてる魔法だからね。研究が進んでなかったんじゃないかな?」
まぁ、そりゃそうだ。死体を操る魔法なんて道徳的にも衛生的にも危なすぎるからな。
……そのはずなのだが、術師はどこでこんな魔法を身に着けたのだろうか。
未だに分からないことは多そうだ。
「じゃあ早速この対処法をみんなに共有しないとね。まずはギルドかな?」
「そうですね。じゃあ私とグリスちゃんがリリスちゃんに伝えてきましょうか?」
「ミニモがそっちに行くなら俺はギルドに行ってこよう。フリオとテミルはせっかくなんだからサミエラのとこにでも顔を出してきたらどうだ?」
「ん、そうしてもらえると助かるけど良いのかい?」
まぁテミルも、各地を旅する劇団に所属していたというならそうそう顔を出せていなかっただろうしな。
久々にサミエラと会わせてやるのも良いだろう。
「あの、申し訳ないんですけど……」
テミルがおずおずと手を挙げて言った。
「……私、この町に帰ってきた時点でサミエラには挨拶してきたというか……」
……まぁ、そうだよな。普通帰ってきたらすぐ行くよな。
だが気遣った手前撤回することもできず、なんだかんだで俺はギルドに向かうことになったのだった。
***
若干緊張しながらもギルドの扉を開く。
というのも、前回ギルドに来たときはディアンが何人もの冒険者たちに仕事をさせている現場に出くわしてしまったのだ。
もちろん正当な罰としての作業ではあったが、正直あの場には何度も鉢合わせしたくないものである。
ギルドの中には、一見した感じでは誰も居なかった。
「……良かった」
誰もいない、ということは罰は終わったのだろう。もう二度と冒険者たちが勝手に森に入らないことを祈る。
「そんなところで立ち尽くして、どうしました?」
そんなことを考えていた時だった。突如背後から声を掛けられ、思わず驚いてしまう。
そこに居たのはディアンであった。どこかから帰って来たところだろうか、少し服が汚れている。
「なんだディアンか……。前も言ったが人を驚かせるような声のかけ方は……」
「おや、貴方とお会いしたことってありましたっけ?」
おっと、そういえば今までディアンに会った時は変装をしていたのだった。ディアンからしたらこれが初対面だな。
「いや、すまない。知り合いに似ていて間違ってしまった」
「そうですか。まぁとりあえず中へどうぞ」
人の居ないギルドで二人、カウンターに向かい合うように座ってディアンとの話が始まる。
「えっと、それで何の用です?魔獣討伐なら今は依頼なんてありませんよ」
「あぁ、いや、違う。森の魔獣についての話だ」
ガタリ、とディアンが立ち上がった。その目はどこか冷たげだ。
「まさか森に行く、だなんて話じゃありませんよね?」
「ま、まさかそんなこと、あるわけないだろう!」
冒険者たちの受けていた罰を思い出して震える。
焦りのせいかついつい早口で喋ってしまった。
「俺たちはいろんなことを試してきた。それでなんとか、森の魔獣を倒す方法を見つけたんだよ!」
「……本当ですか?」
ディアンの眉が吊り上がるが、完全に嘘だと思ってはいないようだ。
その様子に安心して俺は話を続ける。
「あぁ。突き止めるのは大変だったがなんとか見つけたんだよ。今日はその方法をギルドに共有しに来ただけなんだ」
「誰がそんなことを突き止めたんです?」
「フリオとかまぁ、その辺だな」
フリオはギルドの中でも相応に強いSランク冒険者だ。
だから副ギルマスだというこいつなら間違いなくフリオのことを知っているだろうし、フリオが信用できる人間であることも知っているだろう。
「また、ですか」
そのはずだったのだが。ディアンはフリオの名を聞くと苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。
それに「また」、とは何のことなのだろうか。
「……まぁ彼からの情報なら信用できますね。情報提供感謝します」
そんなことを言うと、さっさとディアンは奥に引っ込もうとしてしまう。
「お、おい、何かまずいことがあるのか?」
そんな表情の変化が気になって咄嗟に聞いてしまった。ディアンは振り返って言う。
「いえ、フリオは誰にでも優しいですし、正直な人柄ですよ。彼の言うことであれば信用できます」
「じゃあなんでさっきはそんな顔を……」
既にディアンはいつも通り、何となく微笑んでいるような顔に戻ってしまっていた。
……これ以上追及するのも良くないだろうか。
「……いや、すまん。何でもなかった」
「そうですか。まぁでも、フリオはそこそこに悪い噂も絶えませんからね。面倒ごとに巻き込まれたくなければ近寄らないことです。もちろん普通に関わるだけなら良い人ですが」
「悪い噂……」
そういえばフリオは多くの冒険者に嫌われているのだった。
確か、『周囲の人間を見下す嫌な奴だ』なんて悪評が流れていたな。
だが一緒に居てもそんな印象は無いし、ギルドでもリリスやフィリミルと仲良くなっていた。嫌われている印象は無かったのだが……
「……なぁディアン、良ければその噂、詳しく教えてくれないか?」
「別に構いませんよ。今日はどうせ人も来ないでしょうし……」
再びディアンは席に着くと、大きなため息をついたのだった。
対して俺は、フリオの噂の真実を知ることができると思って柄にもなくワクワクしていた。
ここで帰っていればよかったと後悔するのはまだまだ先の話である。




