ギルド酒場の酔いどれ聖人
「おい、そこのお前ら」
「っはい?!な、なんでしょうか?!」
受付から戻ってくるのを待って、丁度俺達のテーブルの横を通った冒険者二人組に声をかける。
が、声をかけたはいいものの具体的に何をするとかは決まってないんだよな。そうだな……ありがちなところで言うと、女の方だけをナンパする、とかだろうか?
やってみることにする。
「そこの女、お前、名前は何て言うんだ?」
「うぇっ?!わ、私はリリス。リリス・ミクシルです……」
「そうか。それならリリス、これからどこへ行く予定だったんだ?」
「え、スライムの討伐に……」
……会話が続きづらいな。普通のナンパであればこの後、『そんなの止めて俺たちと来ようぜうぇーい』的なことを言うのだろうか?
「……やめておけ。今日はもう暗い。今から討伐に出るのは危険だ」
「だ、大丈夫ですよ!僕たちももう弱くありませんから!」
男の方が言う。そういえば男の方の未熟さを指摘して貶める、というのはごろつき冒険者のよくやる手法だった気がするな。
よし、この男を論破してやろうじゃないか。
あくまでギルドのルールにのっとって、『駆け出し冒険者の指導』というところから逸脱しないようにな。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「フィ、フィリミルです」
「そうか。では聞くが、スライムの半透明の体を夜の闇の中で探せると思うか?それに、森ではスライムだけが出てくるわけじゃないんだ。ましてや夜の森では一層危険な魔獣が出てくる。その時にお前たちはそんな装備で自分の身を守れるのか?」
「うっ……」
俺は正論しか言っておらず。男の方に非がある部分だけを突きつける。
よし、もうちょっとだな。勝ちを確信した俺はさらに言葉を続ける。
「そうだろう?危険にはしっかりと気を配れ。リスクヘッジができない冒険者は三流、いや、四流だぞ」
「すいません……」
まぁフィリミルのダメっぷりをリリスに教えるのはこんなものでいいか。じゃああとはリリスの方をナンパしてフィリミルを家に帰せばいいな。フリオやグリスティアの注意も引けているようだしもういいだろう。
リリスをナンパしたところでどうこうするつもりは無い。
グリスティアやミニモの前でだけリリスをナンパしているように見せておいて、ギルドを離れた後はリリスを家まで普通に送り届けてやればいいだろう。
「よし、じゃあフィリミルは――」
「そうだよ!エテルノの言う通り!二人とも、私達と飲もう!」
「は?」
フィリミルは、帰れ。そう言おうとしたところでミニモが話に割り込んできた。すっかり酔っぱらっている彼女はいつもよりうるさい。いや、いつもうるさいか。
「うん、いい考えだね。エテルノも心配だったんだろう?僕も気にしていたんだ。冒険者のなったばかりの人は時々無茶をするからね」
「まぁフリオがいいって言うんだったらいいんじゃないかしら。私も気にしないわよ」
次々にフリオとグリスティアが賛成する。ちょっと待て。ナンパするような奴が嫌いだという話はどうなったんだ。
「じゃあフィリミルくんとリリスちゃんも交えて宴会といこうか」
「ちょ、ちょっと待てフリオ。こいつらも別にそのつもりがあったわけでは無いだろう?」
「大丈夫!僕たちには経験の浅い冒険者に指導してあげる義務があるんだよ!」
それは確かにあるが。いや、そうじゃない。どこで俺の計画は失敗したんだ……?!
***
「え、ミニモさんってSランク冒険者なんですか……?!凄い……!!」
「ふっふっふ、でしょー?さ、飲みたまえ飲みたまえー!」
「フリオさんってそんなところまで気を配ってるんですか?!」
「まぁね。パーティーリーダーならこのぐらいは出来ないといけないしさ」
「いやいや、凄すぎですよ!」
「そうよ、フリオは凄いんだから!」
二人を交えた祝勝会は大いに盛り上がっていた。フリオとフィリミルはパーティーの運営について話しており、グリスティアはフリオをいつものように褒めている。
リリスはミニモを褒め、ミニモは調子に乗ってお酒を……いやまて。未成年者に酒を飲まそうとしてるんじゃねぇよ。ミニモから酒を取り上げておこう。
「エテルノさん、あの……」
テーブルの端の方で一人酒を飲んでいた俺に、フィリミルが声を掛けてくる。
「……なんだ」
「あ、ありがとうございました!僕たちまだまだ学ばなきゃいけないんだなって思いました!」
「……そうか。頑張れよ」
違う。こんなはずじゃなかった。少なくとも途中までは完璧にうまく行っていたはずなのに、ミニモが会話に入ってきたからか……?!
俺は頭を抱え込むのであった。
***
「皆さん、今日はありがとうございました!」
「うん、困ったことがあったらまたいつでも声を掛けてね」
「はい!頑張ってフリオさんのようになって見せます!」
「あはは、照れるな……」
祝勝会が終わり、酒場から出たところで俺たちはフィリミルにお礼を言われていた。凄く良い方向に解釈されているが、俺がやったのはナンパだったので何ともいたたまれない。
「リリスちゃんも頑張ってね……。リリスちゃんならいい冒険者になれるよ……」
「あ、はい……。あの、ミニモさんもお大事に……」
「うん、ありがとー……」
今、俺はミニモを背負わされている。言うまでも無く酔いつぶれたのだ。
本来はフリオが背負うはずだったのだが……
フリオの方を見るとその背中には幸せそうな寝顔のグリスティアが背負われている。そう、今回は彼女も酒を飲みすぎて潰れてしまったのが問題だ。
仮にもSランク冒険者だろう。祝勝会とはいえもっと自制をして欲しかった。
「おいミニモ。お前治癒術で酔いを醒ませないのか?」
「駄目なんですよ……。治癒術は体の傷、もしくは害になるものに作用する魔法でして……」
「アルコールも体に害だろうが」
「お酒は万病の治療薬ですよ……」
こいつ、そこら辺に捨てて行ってやろうか。
「いやぁ、やっぱりエテルノさんの背中は寝心地がいいですね……」
「……」
背中のミニモがすうすうと寝息を立て始める。腹立たしい奴ではあるが……俺も鬼ではない。
仕方ない、宿の布団に放り投げるだけにしてやろう。
「ごめんねエテルノ。嫌がってたのにミニモを背負わせちゃって」
フリオが申し訳なさそうな顔をする。が、それはおかしなことだ。
「気にするな。お前だってグリスティアを背負っているじゃないか」
「そうなんだけどねー」
「ましてやグリスティアよりもミニモの方が軽いんだ。さすがの俺も文句は言わない」
「……それ本人に言っちゃだめだよ?」
「当たり前だ」
フリオに言われずとも俺にだって多少のマナーの心得程度はある。追い出されるためにこんなことをしてはいるが、別に嫌がらせが好きというわけでもないのだ。
……まぁちょくちょくサミエラはからかいに行くつもりではあるが、それもあくまでいたずらの範疇に留めるつもりである。
「それじゃあフリオさん、また今度」
「うん、また。君たちも元気でね」
フィリミルとリリスが帰っていく。あの二人は勉強熱心だ。きっといつかは立派な冒険者になることだろう。
もうちょっとで追放の足掛かりを手に入れられたと思うと少し惜しいが、前途ある冒険者を多少でも助けられたと思えばいい。あいつらがSランク冒険者になるのが早いか、俺が追放されるのが早いか、勝負と行こうじゃないか。
「……ん、んん、エテルノ……」
「……なんだ」
寝言とは分かっていつつも。ついミニモに返事をしてしまう。こいつとて黙っていれば可愛いところがないわけでは無いのだ。多少は起こさないように、揺らさないで歩くとか、配慮してやろう。
「うっ」
「ん、どうした?」
「ううぇぇぇ……」
背中に広がる生暖かい感触。液体が服にじっとりと染み込んでくる。
「……人の背中に吐きやがったなこんのくそ野郎がぁ?!!」
「うわぁぁ?!エテルノ?!待って!待ってあげて!」
決めた。俺は絶対にこいつを許さない。宿に帰ったら布団にくるんでゴミに出してやろう。
俺の前途は実に多難である。