灰、骨粉、骸骨?
「紹介するよ皆。この子はテミル。サミエラの孤児院を出て旅の劇団に入った子だよ!」
フリオとテミルが再会を喜び合ってしばらく、ようやく気付いたのかフリオが咳ばらいをすると、そんな風に彼女を紹介してくれた。
サミエラの孤児院に居たとなると……そうか。フリオの幼馴染ということになるのか?
「あ、ど、どうも。私がテミルです」
「おう。それは今紹介されたから知ってるけどな」
「あ、そ、そうですよね、すいません……」
結構真剣に謝ってくるテミル。やりづらいな。
喋るたびに毎回どもっているというか、こっちが何か言う度におろおろしているから話しにくい。
なんとなく気まずい空気のまま俺は質問した。
「あー……それでなんでこの町に来たんだ?」
「えっとですね、この町で今日劇を上演するはずだったんですけど……」
「あぁ、そうそう。俺らはその劇を見ようと思ってこの広場に来てたんだよな」
それでアニキとシェピアがここに居たんだな。
「……それってデートじゃないですか?!」
ミニモがそう発言し、周囲の空気が凍り付く。
……うん、そろそろこいつは空気を読むことを覚えるべきだな。
「い、いやいやいや、そんな訳ないじゃない?!何が楽しくてこんな奴とデートだなんて!」
「そうだぞ!シェピアが勝手についてきたんだ!そもそも俺はこいつなんて連れてこようと思ってなかったんだが……」
「は?」
「え、あの、なんで俺の方を見て……あ、あの、シェピアさん?ちょ、ま、待ってあああああ」
シェピアに連れていかれるアニキ。やっぱりそうなるよな。
場に居た人間の中で困惑しているのはせいぜいがテミルぐらいだ。
物陰に連れていかれたアニキからさっさと視線を戻し、会話する方向の修正を図る。
「よし、話の続きをしようか」
「そうだねー」
「え、あの、フリオ君?あの人ってほっといて良いんです?」
テミルが心配そうにフリオの腕を引く。テミルはアニキたちとは初対面だから心配になっているのだろうが……
「まぁ大丈夫だと思うよ。もっと話しておかないといけないこととかあるし」
そうだな。何個かまだ色々聞かなきゃいけないことがある。例えばそう、テミルの所属する劇団についてとかだ。
テミルしか出てきていないが、他の劇団員もどこかに隠れていると考えるのが普通だろう。
「テミルさん、劇団の仲間も呼んできていいんだぞ。どっかに隠れてるんだろ?」
「あ、いえ、皆しっかり逃げたみたいなのでそのうち帰ってくるんじゃないですかね?」
「……置いてかれたのか……」
テミル、なかなか不憫な奴である。まぁ死霊術で大量の骸骨が出てきちゃったら誰でも逃げるだろうけどな。
「テミルは中々ドジだったからね。孤児院に居た時になぜかよく畑に埋まってたことを思いだすよ」
「それはドジというか頭おかしい狂人の行いだろ。話をあんまり盛りすぎるなよ」
「その時は植物になりたかったので……」
「狂人だったわ」
久しぶりにまともな奴が知り合いになると思ったのにな。残念だ。……本当に残念だ。
「ち、ちなみにその頃、フリオ君は魔獣を素手で殴り倒してました」
「どういう状況だそれ。そっちの話の方が聞きたいわ」
「おーい、お前らー、くだらないことやってねぇでこっち手伝ってくれー……」
談笑していたらアニキに声を掛けられた。アニキの後ろにはシェピアが控えており、アニキの肩をがっちりつかんでいるが……
見ていると、彼女がこちらを睨んで来る。背筋を伝う悪寒。
これはあれだ。目を合わせたらいけないタイプだな。
極力シェピアの方を見ないようにしながら俺はアニキに返事をする。
「なんだ?何か手伝ったほうがいいのなら手伝うぞ」
「あぁいや、俺が収納しておいた骸骨を一体だけ出てこさせようと思っててな。ちょっと危ないかもしんないから人手が欲しかったんだ」
「あぁ、そういえば倒せなかったから収納してたんだったな。分かった。フリオも呼んでくる」
死霊術で動いている死体のサンプルを用意してもらえるのは助かるな。倒し方も分かるかもしれない。
フリオとミニモを呼んできて、テミルはグリスティアの後ろに隠す。
準備はこれで大丈夫だろうか。フリオと一緒に俺が剣を構えたのを確認して、アニキがスキルを使う。
「……よっしゃ行くぞ!」
「うん、何が出てきても絶対抑えるから安心して!」
アニキが取り出したのは――
「……灰、だな」
「灰だね」
バサバサバサ、と一山の灰が出てきたのだった。……骸骨を収納した、とは?
アニキの顔を見てみると、本気で困惑した顔をしていた。
***
「なにか言うことはあるか?」
「いや……マジでなんでこんなことになってるのかわかんねぇんだよな……」
骸骨が出てくると思って構えていたのだが拍子抜けしてしまった。
見たところ出てきたのは灰、というか骨が砕けたものか?
「お前のスキルには中に入ったものを粉みじんにする機能もあったりするのか?」
「さすがにそれはねぇよ」
そうか。無いか。
とりあえず近くで小枝を拾って来て灰をいじくってみる。ふむ、サラサラしてるな。
「エテルノさんエテルノさん、ちょっとその棒貸してください!」
「ん?まぁいいが……」
ミニモもやりたそうだったので枝を渡してやる。何が分かるとも思っていないが、こいつは何かしらさせておけば大人しくなるからな。
ミニモは灰をかき集めて山の形に盛りあげると、そのてっぺんに枝を突き立てた。
「な、なんだ……?何の意味があるというんだ……?」
つつくでもなく、いじるでもなく。突き刺す。灰の山に突き刺された枝は垂直に立ち、ミニモは枝から手を離すと俺に向き直った。
なんだ。何をしようとしている?まさか治癒魔法の秘伝的な何かで--
「--エテルノさん!棒倒しやりましょう!」
「うん、お前に期待した俺が馬鹿だったわ」
まぁやるけどな。いい機会だ。
「おいミニモ、せっかくやるんだから何か賭けようじゃないか」
「え、やるんですか?私が言うのもなんですけどエテルノさんがやってくれるとは思ってなかったんですが……」
「今回はやるぞ。負けたほうが勝ったほうの言うことを一つ聞くこと、というのはどうだ?」
「ッッ!なんでも……ですか?!」
「そんなわけないだろ。出来ることだけだ」
目に見えてテンションが下がっていくミニモ。
何でもとかいったら何をすることになるか分かったもんじゃないからな。最低限の命令で諦めてもらおう。
その後、何となくのルールを決めて俺とミニモによる棒倒しが開戦された。
「……よし、行くぞ……」
「どっからでもかかってくると良いですよ……!」
「これどういう状況なのかしら?」
「ごめん、少し静かにしてくれると嬉しいなグリスティア」
「なんでそんな真剣に見入ってるのよ……」
本来こういうことをしている場合では無いのだが、ここまでの経験則で俺はあることを学んだ。
それは、『ミニモに構ってやればその後は大人しくしていてもらえる』と言うことだ。
だから、さっさと遊びは終わらせてやって放置するに限る。
やるからには負ける気は無いがな。
そっと魔法を使って、俺の番が回ってきたときには枝が倒れないように細工しておく。
ははは、ざまぁみろミニモ。俺が何の勝機も無しにお前と遊んでやるわけが無かろうが!騙されたな!
「エテルノさん何ニヤニヤしてるんですか?」
「エテルノってそこそこ顔に出るわよね」
「いや、隠すまでもなく俺の勝利が決まって--」
灰を崩そうとミニモが手を伸ばした時だった。
サラ、とまだ触っていないにも関わらず灰が崩れ落ちた。
「……え?」
サラサラと灰が崩れていき、どんどん灰が隆起し、形を成していく。固まり、細長く伸び、出来上がったのは--
「うーん、骸骨」
さっきまでボロボロだった灰の山は、頭蓋骨のてっぺんに枝がしっかりと突き刺さっている骸骨の姿に変貌を遂げたのだった。
「……これは……」
どういう反応をすればいいのだろう。
なんかこう、死霊術なのは分かるんだがてっぺんに枝が突き刺さっているのが凄くシュール。
俺が困惑していると、ミニモもまた困惑してきた顔で俺に質問してきた。
「……エテルノさん、これ……どっちが勝ちなんでしょうか……」
知らねぇよ。とりあえず、釈然としない気持ちのまま俺は剣を構えるのだった。




