謎の死霊術使い
「酷い目にあった……」
先ほどまで氷漬けになっていたせいで全身びっしょびしょのアニキが震えながら言う。グリスティアが早めに溶かしてくれてよかった。さすがにこの至近距離で攻撃魔法を放たれると俺でも回避できなかったからな。がっつり俺も氷漬けにされてびっしょびしょである。
「で、何か弁明はあるか?」
「な、無いわよ……」
正座させられているシェピア。そもそも、氷を出してくれって言ったのに何をどう勘違いしたら氷魔法を放つことになるんだ。訳が分からないぞ。
「……まぁ良い。そんなことよりも大事なことがあるからな」
「あぁそうだね。ねぇシェピアさん、死霊術使いが出たってほんと?」
「えぇ。死霊術かは分からないけど大量に骸骨が襲って来てね、大変だったわよ」
動き回る骸骨となると考えられるのは、自然発生したアンデッドか死霊術で動かされている死体か、未知のスキルによるものか、といったところだろうか。
「術者は確認したか?」
「えぇ。なんかちょっとやばい感じの男だったわよ。……あ、そういえばエテルノの居場所を知っているか、みたいなこと聞いてたけどあんた何かしたの?」
「俺を?」
「そ。あんたを探してたわよ」
心当たりはないな。
今までの人生でだったらそこそこ恨まれることをしてきた覚えはあるが、さすがに死霊術を使えるようなやつを敵に回したことは無い。
「ふむ、よく分からないが気を付けよう。だが死霊術を使う敵と戦ってこの被害、お前……強かったんだな」
「当たり前じゃない!私だってSランク冒険者よ!」
「ソロだけどな」
「ぼっちで何が悪いのよ!ぶっとばすわよ!」
怒って握りこぶしを振り回すシェピア。ぼっちとは言ってない。……言ってないだけで思ってはいるが。
「エテルノさんエテルノさん、ちょっとこっち来てください」
「ん、どうしたミニモ」
シェピアと二人で話していると呼ばれてしまったのでミニモのアシストに向かう。
「ちょっとこの子なんですけど……」
「どれどれ?」
ミニモが指さしたのは赤い縁の眼鏡を掛けた少女だ。目立った外傷は無いようだが……?
何を言いたいのか分からずにミニモの方を向くとミニモが説明をし始めた。
「他の人はほとんど治療し終えて意識も取り戻したんですけどこの子だけ起きてくれなくて……。多分気絶してるだけだと思うのでエテルノさんに水を出してもらって、この子の顔にぶちまけようかと」
「鬼の発想だな。というかそういうのはシェピアに頼めよ」
「いえ、また攻撃魔法とか放たれても困るので……」
「あー」
確かに。理由に納得すると、さっさと水を生成してミニモに渡してやった。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。それとさっき、治療は終わったって言ったな。死者はいなかったのか?」
「……残念ですが、二人、間に合いませんでした」
「……そうか」
しょんぼりするミニモ。残念なことだが、ミニモのおかげで助かった人間が多いことも確かだ。ここはミニモを責めるべきではない。
ミニモの頭に手をのせて、俺はミニモにだけ聞こえる小さな声で言った。
「……頑張ってくれてありがとう。ここからは俺がやっておくからお前はもう休んでいいぞ」
「え、は、はい」
……さて、状況整理といこうじゃないか。気持ちを切り替えると俺はフリオ達の元に戻っていくのだった。
***
「--その骸骨は下水道から出てきた、ってことでいいんだな?」
「あぁ。ほら、そこの排水溝の蓋のとこからも出てきてたぞ」
アニキが指さした先は排水溝……と思われる場所だ。シェピアの魔法によって黒い膜が張り、固定されてしまっているため少し分かりにくい。
「フリオ、死霊術は死体が無いと使えないんだよな?」
「うん。そうだね。だからまとめて考えると……」
「下水、というかこの町の地下に大量の死体が用意されている、と考えるのが自然だな」
厄介なことだ。だが問題はそこじゃない。
「じゃあ次。何故今回の犯人は真昼間、しかも街中で死霊術を使った?何か計画があって森に魔獣を待機させてたんじゃないのか?」
「そこだよねー。しかもそいつ、エテルノのことを探してたらしいし訳が分からないよ」
「ほんとにな。そんな訳の分からない奴に探されるようなことはしてないはずなんだが……」
そもそも俺のしたことと言ったらアニキをギルマスの座から叩き落としたり、蜂の魔獣の死骸持って孤児院に行ってサミエラを追い回したり、ダンジョン攻略の時に偉そうにしてた商人をちょっと脅したり……
……うん、結構心当たりあるな。
死霊術の使い手に探されてるのは訳が分からないが、恨まれていることは多いだろう。
「どうしたんだいエテルノ、そんな顔をして」
「あー、いや、ちょっとな。何でもないから話を続けてくれ」
「よし、それでなんだが俺は、下水道を一度探索してみるべきだと――」
アニキがそう提案しかけた時だった。
「も、もしかして……フリオ、ですか……?」
先ほどの、赤い縁の眼鏡の少女がフリオの後ろに立っていた。少し顔色が悪く、若干ふらふらしているがそこまで重症ではなさそうだ。
彼女の三つ編みが風で少し揺れる。
フリオはそんな彼女を見て、不思議そうにしていたが、ふと何かに気づいたように目を見開いた。
「……もしかしてテミルかい?!」
「はい!そうです!ほ、ほんとに久しぶりですねフリオ君!」
……誰だ?
疑問に思って辺りを見渡す。
喜び合う二人を見て、周囲の全員が俺と同じように困惑の表情を浮かべていたのだった。




