広場で待ち合わせ
時刻は丁度昼食時、俺たちは珍しく高級料理店で食事をしていた。
テーブルに並んだ料理が食堂中にいい匂いを漂わせ、香辛料が俺達の食欲を刺激する。
こういう店は冒険者御用達の食堂と違ってマナーにうるさいが、その分質の良い料理を出すからな。たまに来たくなるのだ。
さて、普段は気にすることも無いマナーを珍しく守っての食事だが、そういえば一般的にマナーやら何やらでその人間の性格が分かるという。
例えばフリオはフォークと完璧に使い分け、グリスティアはフリオを真似ながらなんとか食べている。
ふむ、やはり各々の性格はマナーで分かるというのは本当だったようだな。
「エテルノさん、お酒お注ぎしましょうか?」
「いや、俺は別にいらないぞってお前、何で昼時から酒を頼んで--」
まだ昼だというのに酒を飲んでいるミニモをたしなめようとして顔を上げると、そこには『淑女』ともいうべきしとやかな女性が座っていた。
おしとやかに手を口に当てて、おほほ、などと笑っている。誰だこいつ。
「……誰?」
「誰って失礼ですね?!」
「その声は……ミニモなのか……?」
「はい!」
いや、そんなはずはない。あのミニモがここまで完璧な作法で食事をするなぞ、俺は認めない。
俺が睨みつけると、ミニモは苦笑いをした。
「そんな顔で見られると私としても複雑ですね……」
「エテルノ、気持ちは分かるけどミニモだって一応女の子なんだからね。おしゃれにだって気を遣うしマナーだって覚えるさ」
「一応って何ですか一応って。私はどう見ても女の子じゃないですか」
ミニモがこんなことまで出来るなんて。
なんとなく敗北感があるが……まぁしょうがない。
各々の性格はマナーで分かるというのは嘘だったようだな。俺の中ではそういうことにしておこう。
「あ、エテルノさん、お肉」
「俺は肉じゃないぞ」
敗北感の腹いせにミニモの要求を拒否してやった俺を、グリスティアとフリオが生暖かい目で見てきている。やめろその目。
「……そっちのお肉取ってください」
「はいよ」
「完全に学校の先生のセリフだったわね」
「そうだね。エテルノは先生だったのかもしれないね」
「そんなこと一回もねぇよ何言ってんだ」
確かに、俺も言われてみると似たようなセリフを聞いたことがあったがな。
村の集会の時に『村長トイレ!』などといった人間が『村長はトイレじゃありません!』などと返されていた。
「あ、おかあさ……エテルノさん、そっちのお肉も取ってください」
「ベタな間違いするんじゃねえよ」
村長のことをおじいちゃんって呼んでしまって気まずくなるやつな。それもあるあるだな。
というかミニモ肉取りすぎじゃないか?マナーどこに行った?
窓の縁が何者かに叩かれたのはその時だった。
コツコツ、という音を耳にして、店内の客たちが窓際に注目する。
そんな中ミニモは立ち上がって窓を開けた。
--レストランの中に真っ白な弾丸とも形容できるほどの塊が飛び込んでくる。
それをミニモは、到底常人では見えないレベルの体捌きでとらえると、天高く掲げた。
「--エテルノさん!伝書鳩です!」
「店の中で何やってんだ?!外出るぞ!」
周囲の視線を避け、俺たちは慌ただしく店の外へと出て行くのだった。
***
「……さ、ミニモ。どういう訳でその伝書鳩が飛んできたのか教えてくれるかい?」
「そうですね。あれは三年前、私が森を歩いているときに……」
「ちょ、ちょっと待って。何の話してるのかいったん教えてもらえる?」
「何って、私とこの鳩の因縁の歴史と、どんな風にして天空の知恵者と呼ばれしこの鳩を手なずけたかという……」
そう鳩の頭を撫でながら語るミニモ。鳩は残像が見えるほどの速度でミニモの小指を突っつき続けている。
うん、間違いなく懐いてないなこの鳩。
天空の知恵者は置いといて、こいつは間違いなくミニモに懐いていない。それだけは分かった。
このままにしておくと勝手にしゃべり続けそうなミニモを手で制し、フリオが言う。
「ちょっとその話は長そうだからまた後で。その鳩が飛んできた理由をお願いできるかい?」
「そうですね……今この子はアニキさんのところに居たはずなので、アニキさんが私たちに何か用があったのかと」
「アニキが……?」
アニキが伝書鳩を飛ばしてまで伝えようとしたこと、それは何だったのか……。
「こういう時って鳩の足とかに手紙が括り付けられてるんじゃないのか?」
「括り付けられてないね」
「マジでこの鳩何のために来たんだよ……」
ミニモに捕まって、ミニモを突っついて帰る。などと伝書鳩の務めすら果たしてもらえないのは困るぞ。
直後、鳩が宙に飛び上がって何度も何度もこちらを振り返りながら飛んでいこうとし始めた。
「……『おいお前ら、俺が案内してやるからついてきな。事態は一刻を争うぜ』、だそうです」
「なんでお前は鳩と意思疎通出来てんだよ」
「男と男は拳で意思を語り合うんですよ」
「お前さっきまで、『私はどう見ても女の子だー』とか言ってただろうが」
いつも通りミニモは訳の分からないことを言っているが、鳩が俺達をどこかに案内させようとしているのは確かなようだ。
まぁこうなってしまえば行くしかあるまい。
魔法を使い、屋根の上に飛び上がる。屋根を飛び移りながら行けば目的地まで直行できるだろう。
「あ、フリオは後からゆっくり来てくれ」
「え、なんでだい?」
俺がミニモやグリスティアを屋根の上まで魔法で運ぶ中、一人だけ運んでもらえなかったフリオが不思議そうな顔をしている。
まぁそりゃ……
「く、食い逃げだぁぁああ!!」
「おっと」
「え」
そりゃそうなるよな。食事してたやつらのところに急に伝書鳩が飛んできて、しかも店の外まで出て行ったんだから。
このまま鳩について行ってたら食い逃げ犯になるところだ。
「フリオ、店員の誤解を解いて金まとめて払っといてくれ。俺の分は後できっちりお前に払うから」
「え、えぇ……」
「よし、行くぞ!」
屋根を掛けて鳩を追いかけている途中、屈強な店員に囲まれているフリオが一瞬だけ見えた。
……後で謝っておこう。
今はとにかく、鳩について行くのを優先だ。
***
広場は酷いありさまだった。
辺りは真っ黒なインクを垂らしたようなもので覆われ、血を流して突っ伏したまま動けない人々がいる。
そんな人々を介抱しているかのようにアニキは座っていた。
言い方が微妙なのは、アニキが何をしていいか分からずに辺りをうろうろしていただけに見えたからだ。
「アニキさん!大丈夫ですか!?」
「おぉう。やっと来たか。早速で悪いんだけどここら辺の奴らさっさと治してやってくれないか」
こちらを振り向いたアニキの顔は血だらけだ。服にべったりと、黒く変色した血の塊がこびりついている。
「アニキお前……重症じゃないか。大丈夫か?」
さすがに俺も心配になって声を掛けると気まずそうに目を逸らすアニキ。そこまで無茶をしたのか……?
「大丈夫よ。その傷、自分で……ぷふっ。自分でやった傷だもの……ふふふ」
「なんだ、居たのかシェピア」
「人をおまけみたいに認識するの止めてもらえる?!」
なんかこう、シェピアにしては珍しくおとなしくしてたから気づかなかったわ。
というかシェピアはなんでニヤニヤしてるんだ。
「あー、エテルノ、大事な話がある」
「なんだ?」
「お前の言ってた死霊術師が出やがったんだよ!しかも、この町にだぜ?」
「……本当か?」
「あぁ。対処はしたが、死体に関しては俺のスキルで隔離しておいただけだ。元凶には逃げられちまった……」
死霊術師が出た。アニキとシェピアの二人でも苦戦する戦いが町の中であったのだから、これほど怪我人が出るのは当然だな。
……正体を突き止めたいところではあったが、中々手強そうだな。
「あー……どうした?エテルノ」
「いや、気にするな。逃がしてしまったことについても問題ない。今はゆっくり休め」
「……おう。そう言ってもらえると助かる」
ミニモもアニキの手当ができるのは後回しになりそうだ、となると、一応応急手当をしておいてやってもいいかもしれないな。
「怪我したのは鼻血だけか?」
「あ、あぁそうだ。あと少し体を打っちまったかな」
「打ち身と鼻血か。じゃあ冷やしておく。シェピア、氷だしてくれ」
「はいはい!任せちゃってよ!」
シェピアが魔法の行使を……。うん、そうだな。行使を……
……あれ、詠唱長くね?ちょ、ちょっと待て。まさかこいつ、普通に攻撃用の広範囲氷魔法を――
「お、おい待てシェピーー」
「行くわよ!肺まで凍てつけ!氷獄絢爛照!!」
***
広場に来たら、広場は真っ黒な床になってるし、なんか氷柱そびえてるしでビックリしました。
冷気のおかげで涼しい。財布の中身も涼しい。
Byフリオ




