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空っぽのギルド

 ギルドから冒険者たちに、森に入ってはいけないという指令が出された翌日。

 いつもは大勢の冒険者がいるギルドの中だが、今日はほぼほぼ誰もいなかった。


 そんなギルドに俺がやってきたのは森の探索をした時に集めた薬草をギルドに提出して依頼を終えたことを報告するためだ。

 顔に仮面をつけ、声も変えた状態で俺はカウンターに向かった。

 いつも通りカウンターに座っているのはディアン。今日は長い紺色の髪を後ろで結んでおり、眼鏡を掛けて書類の確認をしていた。


「よう。依頼が終わったから報告しに来たぞ」

「あ、これはこれは、おはようございます。お疲れさまでした」


 書類を揃えてディアンが立ち上がる。薬草を渡すと、彼は秤に乗せて重さをはかった後に頷いた。


「--はい、大丈夫です。でも森に入ったんでしたか?大丈夫でした?」

「あぁ、いや、大丈夫だったぞ。俺は何とも遭遇しなかったな」

「そうですか。それは何よりです。今日からは立ち入り禁止ですから行かないようにしてくださいね」

「あぁ、分かってる」


 俺の正体はバレないようにしないといけないからな。昨日実は遭遇していることもしっかり隠しておく。

 

「いやぁ、森に入れないとなると討伐依頼はほぼほぼ無くなっちゃいますからね……冒険者の皆さんがギルドに来てくれなくて……」

「あぁ、そういう理由だったのか」


 確かに言われてみれば、といった感じだな。


「だが地域清掃なんて依頼もあったんじゃないか?」

「冒険者の皆さんがちゃんとそういう依頼を受けてくれると思いますか?」

「ああ……無理だろうな」

「ギルドに来た地域からの依頼の九割近くはフリオがやってくれて……って、フリオのことは知りませんよね、すいません」


 うん、バリバリ知っている人だわ。というかすげぇなあいつ。

 俺たちに隠れて一人で依頼をこなしているのは知っていたが、そこまでの数の地域依頼をこなしていたのか……。

 ディアンが少し微笑んで言う。その目元には、うっすらと隈が浮かんでいた。


「ギルドとしては彼にはすごく助けられてますよ。何か困ったことがあれば彼に聞いてみてください。必ず助けてくれると思います」

「あー……おう。そうする」


 じゃあ俺も、今日は地域からの依頼をこなしていくか。そうだな……迷子犬探し……は効率悪そうだ。雑草抜きにするか。

 魔法でちゃっちゃとやってしまおう。


 そんなことを考えていた時だった。突然ギルドの入り口の扉が勢いよく開かれ、冒険者たちが駆け込んできたのだ。

 冒険者たちはざっと十人ほど、全員がかなり負傷している。

 怪我をした冒険者がギルドにやってくるのは珍しいことではないがここまでの人数は珍しい。


「……はぁ……結局こうなりましたか……」


 俺の背後でため息をつき、ディアンはカウンターのベルを鳴らした。


「はーい!」


 --聞き覚えのある声。まさか……


「呼びましたか!ディアンさん!」


 ミニモがカウンターの奥、職員用の入り口から飛び出してきたのだった。


***


「……ん?そこの仮面の人、臭いですね」

「えっ」


 飛び出して来て早々、唐突に表れたミニモが俺のことを見ながらそう言った。臭……え?


「……?」


 俺のことをじろじろ見ながら周囲を歩き回るミニモ。そのまま何度か匂いを嗅ぐように鼻を鳴らし--


「エテルノさんの匂いがする……?!」

「怖いんだが?!」


 え、そんなに俺臭いか?今までそんなこと一度も言われたことないぞ?


「えっと……お義父さん、エテルノさんを私にください」

「なんて?」

「お義父さん、エテルノさんを私にください」

「聞こえなくて聞き返したんじゃねぇよ。ちょっと待て、一回整理させろ」


 まず、怪我をした冒険者が大勢でギルドにやって来たかと思ったらミニモが現れて、急に俺のことを臭いと言いはじめ、急に告白された……。

 うん、整理しても分からんわこんなん。

 というかミニモのやることの意味なんて考えても無駄だったわ。


 とりあえず深呼吸をし、出来る限り優しくミニモに語り掛ける。


「あー……その、エテルノって言うのは誰なのか分かりませんね」

「んー、だけどあなたの匂いってエテルノさんの匂いと一緒なんですよ。でも声が違うので……じゃあお義父さんじゃないかと」

「よし、頭おかしいことは分かった。敬語を使う必要もない。森に帰れ野生人」

「この罵倒の切れ味……!やはりエテルノさんに所縁のある方……!」


 もうやだ怖いこいつ。

 助けて、とディアンに視線を送ると、ディアンが助け舟を出してくれた。


「ミニモさん、告白は後でお願いします。さっさと冒険者の人を治療してあげてください」

「今やらなくていつやるんですか!時間は有限なんですよ!あの傷じゃほっといてもあと五分は死にゃしませんよ!」

「思ったより重症じゃねぇか。さっさと治してこい」


 というか、後でも今でも告白なんてしてくるんじゃねぇよ。


 ぶつぶつ言いながらもミニモは、傷ついた冒険者たちの治療を始めた。

 傷はふさがっていくが冒険者たちの顔色は悪いままだ。


 と、治療を受ける冒険者たちにディアンさんが近づいていく。


「……さて、皆さん、何故怪我をしていらっしゃるんでしょうかね?参考のためにお聞かせ願えますか?」

「え、あ、いや……ちょっと魔獣にな……」


 ディアンの問いに、一番前に居た男冒険者が答えた。


「ほう、それは大変だ。どこに出たんです?」

「……」


 気まずそうに、ディアンに問い詰められている冒険者が目を逸らした。


「……皆さん、禁止だと言ったはずなのに森に入りましたね?」

「うっ……」


 あぁ、そういう。それで運悪くあの不死身の魔獣たちに鉢合わせて逃げ帰って来たんだな。


「で、死傷者は出ましたか?」

「い、いや、出てない。囲まれる前に何とか逃げ出してきたからな」

「そうですか。ではミニモさんは引き続き治療を。あなたには……申し訳ないことをしましたね。良さげな依頼を見繕ったので良ければどうぞ」

「あ、ありがとう……」


 俺はディアンから依頼書を受け取った。が、ディアン、明らかにキレている。めっちゃ怖い。よし、帰ろう。

 ミニモにこれ以上問い詰められるのも嫌だしな。


「……じゃ!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよお義父さん!」

「誰がお義父さんだ!」


 ミニモにそう叫び返して、俺は全力で走ってギルドを去ったのだった。


***


「ん、お帰りエテルノ」

「あぁ、フリオ、起きてたのか」


 一足先に俺が宿へ帰って来ると、フリオは椅子に腰かけていた。

 少し顔色は悪いが体調は良くなってきたらしい。


「……」

「……どうしたんだい?そんなに考え込んで」


 俺をみるフリオは少し心配そうだ。

 一応、フリオにも確認しておくか。


「……なぁフリオ、俺って臭いか?」

「え、どういうことだい?」


 ミニモに言われて気になっていたことを、俺は確認した。


 ……うん、フリオの困惑した表情から察するに俺が臭いなんてことは無さそうで何よりである。

 まぁそれと同時に、ミニモの異常さが更に証明されてしまったので素直には喜べないんだけどな。

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