森の病魔
「ミニモ!大丈夫か!」
「うへへへへ……エテルノさんの背中……」
「よし、大丈夫だな」
でも後で覚えておけよ。
俺はミニモを背負って、魔法で空を飛びながら移動していた。森の中は色々障害物が多いからな。木の上を移動したほうが早い。
既に日は沈みかけ、森には暗い影が落とされていた。先ほどの金切り声が聞こえたのはどこだったろうか。こっちの方角で間違ってはいないはずなのだが……
「エテルノさん!あそこです!」
空中から森を見下ろすと、ぽっかりと開いた空間が見つかった。そこではフリオとグリスティアが大小さまざまな影に囲まれて戦っていた。
魔獣と思しきものも居れば人間のような影もある。そんな中でフリオが剣を振り、グリスの魔法が影を吹き飛ばす。
だが、吹き飛んだ影はすぐに起き上がって再びフリオ達を襲いだす。本来なら致命傷を与えるはずの攻撃が全く効いている様子が無いのだ。
当然、明らかにフリオとグリスティアは消耗してしまっており、特に前線で戦い続けているフリオは額から血を流している。
「エテルノさん!避けてください!」
「ッッ!」
攻撃が頬を掠める。気づくと俺たちがいる空中にも何かが飛び回っていた。
内臓の飛び出た鳥、羽の破けた首のない蝙蝠、ざっと確認したそれらはやはり、およそ生きているとは思えない見た目をしていた。
フリオ達の周囲より少ないとはいえこの数はまずい。
そう俺が直感した瞬間ミニモが言う。
「とりあえず地上に降りてください!とりあえずフリオさんたちを治療しないと!」
「分かった!」
魔法を放ち地上に向かうための道を作る。邪魔だった魔獣たちはあらかた魔法に巻き込んで吹き飛ばしたが、死んではいないようだ。
いや、こいつらはそもそも生きているのか……?
疑問は尽きないがとにかく地面に降り、すぐにミニモが治癒魔法を使い始める。
俺達が降りてくるのを確認して、フリオとグリスティアは安堵したような表情を見せた。
「大丈夫か?何があったらこんなことになるんだ?」
「あぁ、助かったよ。こっちもまだ状況が把握できてなくてね……」
フリオは既に倒れそうなほど顔色が悪い。それもそうだろう。倒せない敵と戦うことほど疲れることは無いのだから。
周囲が完全に囲まれているのを確認し、提案をする。
「……とりあえず防御に専念だな。俺の魔法でどこまで出来るか分からないがやってみよう」
「いや、それには及ばないよ」
「何?」
フリオが笑う。
「エテルノが来てくれた時点で僕らの勝ちだよ。問題はここからどうやって逃げるかだったんだからね」
「……透明化の魔法でも使って空中を飛んで逃げるか?だがさすがに四人を抱えて飛ぶのは難しいぞ?」
「いやいや、大丈夫。僕のスキルを使うからさ」
スキル。そういえばフリオも何らかのスキルがあるだろうとは思っていたが何のスキルかは知らされていなかった。
確かに、アニキのようなスキルであれば防御もできるだろう。
「だがそれなら何で最初から使わなかった?さっさと使って逃げれば良かっただろう」
「いや、そうもいかなくてね……グリスが僕を連れて行くのは難しい。さ、後は頼んだよ」
「……?おい、どういう意味……」
ミニモの治療を切り上げてフリオが立ち上がる。自身の肩を回し、体の状態を確認してフリオは俺たちに笑いかけた。
「それではご照覧。英雄様の凱旋だよ!道を開けて!」
剣を引き抜き、フリオが空に掲げる。
ふと見知らぬ人影が傍に立っているのに気づいた。
「なっ?!ど、どこから現れた?!」
「ほらエテルノ。さっさと逃げる準備をするわよ」
「そうもいかないだろう!」
と、おかしなことに気づく。人影、とは言ったがもやがかかったように顔が見えないのだ。男か女かも分からないそれは、腰に掛けた剣を引き抜くと魔獣たちに向かって行った。
むしろ影法師、とでも言ったほうがいいのではないだろうか、黒塗りされた人形が動いているのを見ているような不気味な感覚がそこにはあった。
グリスティアは何とも思っていないようだが、ミニモも不思議そうだ。
「あれはフリオのスキルよ。だから彼ら、と言うかあれに任せて私たちは逃げればいい」
「そうなんですか?でも何のスキルなんです……?」
「私もフリオに詳しくは話して貰えてないの。初めて会った時からフリオは出来るだけあのスキルを使わないようにしてたから……」
気づくと周囲のあちこちで戦いが始まっていた。フリオのスキルによって現れた影法師と、いくら致命傷を与えても死なない魔獣が何度も激突している。
「良くは分からないが……今のうちに逃げればいいんだな?!」
「えぇ、そう!」
「エテルノさん!フリオさんが!」
ミニモの呼ぶ方を見ると、フリオが倒れているのが目に入った。額には脂汗が浮かんでおり、見るからに苦しそうだ。
「お、おいフリオ!どうした?!」
「いやぁ……スキル使ってる間はどう頑張っても動けなくてね……。じゃ、頼んだよ!」
「頼んだってお前……いや、そんなこと言ってる時間は無いか……!」
即座にぐったりしているフリオを抱えると、すぐにその場を逃げ出したのだった。
***
「あの、一応確認なんですけど……それは本当の話ですよね?」
「ああ。そうでもないとフリオがここまで苦戦することはなかっただろう」
「……分かりました。今すぐ森には立ち入り禁止令を出しておきます。報告ありがとうございました」
俺たちは森から逃げ帰ってすぐにギルドへと向かった。もちろんギルドに森の現状を報告するためだ。
報告をカウンターでするわけにもいかない。部屋へと通され、ソファーにフリオを寝かしながらの報告となった。
不死身の魔獣と、その驚くべき数。
森がいかに危険な状態になっているか。
それを説明している最中、ギルドの職員は頭を抱えていた。
「……」
ギルドの職員が部屋から退出し、フリオに目くばせをする。
「なぁフリオ、さっきの魔獣、どう思う?」
「……多分死霊術だよ。あれは明らかに死んでた。死体を動かす魔法……つまり、誰か魔法を使ってる人間がいるはずだね」
つまるところ、そういうことだ。誰かが森の中に死体を集めている人間がいる。
間違いなく、害意を持って。
死霊術と言うと普通なら許されない魔法……つまり、禁術として伝わるようなものだったはずだが。
「はぁ……。何にしても、聞きたいことが多すぎるぞ。フリオ、あのスキルについては説明してもらえるんだろうな?」
「もちろんだとも。でもちょっと今は無理かな……。ごめんね、エテルノ」
「いや、構わない。とりあえず今は休んでくれ」
もう一度俺は、深いため息をついた。どうやら今回も面倒なことになりそうだった。




