森の広場
「グリス、そっちどんな感じだい?」
「そうね……そこまで変わったところは無いような気がするけど……」
エテルノ達と別れて、僕とグリスは森の調査を順調に進めていた。
グリスは少し虫を警戒している節はあるものの元気そうだ。
と、彼女が足を止めて何かを見ているのに気づいた。
「あ、ちょっと待って、あそこの木、不自然な折れ方してない?」
「ん?……ほんとだね」
彼女が少し離れたところにある木を指さす。
木は根本あたりで強引にへし折られたようだった。例えば何かの魔獣が体当たりしたらこんな傷ができるはずだ。
……でも、この森にはそんなことができる力を持った魔獣はそういなかったはずだ。
「となると、盗賊とかが住み着いたよりはどこかの魔獣がこの森に迷い込んだ方があり得そうだね」
「こんなことができるのは……何の魔獣なのかしら」
「ううん……折れている位置的にはそんなに大きい魔獣ではないだろうけど……」
とりあえず何かがいるのは分かった。ここからは気を付けて進んでいかないといけないかもしれないね。
「エテルノ、大丈夫かな」
「心配?」
「もちろんだとも。彼ならそうピンチになることは無いだろうけど、やっぱり、ね」
ミニモは治癒に特化した魔術師だ。エテルノは大概なんでもできるし、あの二人のチームがピンチに陥るところなんて想像できない。
どちらか一人が傷つけばミニモが治す。ミニモで解決できない問題はエテルノが魔法や剣、知恵で解決する。何気に無敵のチームなんじゃないだろうか。
ま、それもあってあの二人をチームにしてるんだけどね。
「そういえばフリオってやたらエテルノのことを気にするわよね。エテルノがこのパーティーに入ったときのこと、私覚えてるわよ」
「……そうだね。彼には前々から注目してたんだよ。あそこで彼を逃すのは惜しいと思ってね」
「だからって私達に相談もせずにパーティーに入れるのはもうやめてね?エテルノについては間違ってなかったと思うけど……」
「そうだね、申し訳ない」
そういえばエテルノがこのパーティーに入ってからいろいろなことがあった。ダンジョン攻略にしても何にしても、随分と変わったものだ。僕も、グリスも。……ミニモも随分変わったしね。
彼にはやっぱり不思議な魅力があるのではないだろうか。
「……あれ、なんでここだけひらけてるんだろう?」
しばらく進んだところで僕とグリスは随分ひらけたところに出た。森の鬱蒼とした空間に突如として現れたひらけた空間。
大きさはちょっとした広場くらいだろうか、あ、夕焼けが見える。
背の低い植物が足元に生えているのはまるで草原みたいだ。
「んー、なんでここ急に開けてるのかしら……」
「……グリス、知ってるかい?」
「な、なによ、そんな深刻そうな顔して……」
「これはギルドで聞いた話なんだけどね、森には妖精の集会場があって、そこに迷い込むと二度とこの世に戻れなくなっちゃうらしいんだ……」
「え、えぇ?!こ、ここがそうだってこと?!」
「そうかも……」
まぁ作り話なんだけどね。
たまにはグリスをからかってみてもいいかもしれないなぁと思ったから言ってみたけど、想像以上にグリスは怖がっているみたいだ。
「そ、そんなことないでしょ……だってほら、妖精なんてどこにもいないじゃない?」
「妖精は純粋な人の前にしか現れないっていうもんね」
「フリオって、エテルノと仲良くなってからたまーに口が悪くなるようになったわよね……」
「えぇ?そんなことないと思うけど……」
……そんなこと、無いよね?
少し疑わしいけど。
「ひっ……!」
「え、どうしたんだい?」
「あ、あれ……!」
グリスの指さす先、開けた空間の奥の方に見える木がべっとりと……血がついている。それも、随分たくさん。
「……凄いな。何があったらこんなところに血痕が付くんだろう……」
「まだ乾いてない……おかしいわね。死骸も何も無いけど……」
確かにおかしい。周囲が荒れている様子はないし、ただ血がべっとりとついているだけなのだ。
……ほんとに血かな?これ。トマトとかじゃない?
「やっぱり妖精が……」
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
その時だった。突然近くの茂みが大きく揺れた。
「わ、」
「おっと、流石に騒ぎすぎたかな……」
「妖精なんて私は信じないわよ……」
「あはは……じゃあ僕を盾にしないでくれるかい?」
多分魔獣か何かの獣が近づいてきちゃっただけだと思うけどね。僕はそっと剣の柄に手を掛けた。
「--キィ」
「……って、あら?小鳥じゃない」
グリスの言う通り、茂みから出てきたのは小さな鳥だった。茶色がかった羽根を持ち、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらこちらへと向かってくる。
「あれ、何か引きずってるね」
「そうね、どうしたのかしら……」
小鳥の尾羽の横に何かが引きずられている。尾羽よりも長く、茂みの奥に続くそれは――
バサバサ、と目の前で小鳥が飛び上がった。
羽根を広げ、目の前を横切った小鳥の体はぱっくりと、胸辺りから尾羽の付け根まで真っ二つに裂けている。
「ッッ!グリス!」
「わ、分かった!」
即座にグリスの魔法が炸裂し、小鳥が吹き飛ばされる。
地面に転がった小鳥の首は胴体から離れ、遠くへと転がっていく。
それを確認して僕はグリスに話しかけた。
「い、今のなんだったと思う……?」
「分からないけど……ま、待って!まだ死んでない!」
「嘘だろ……?!」
焦って言うグリス。すぐに目を向けると、首を失ってなお立ち上がろうとする小鳥の姿がそこにあった。
先ほどから引きずっていたものが見える。夕焼けの空に照らされたそれはおそらく、普段の色より一層鮮やかな赤色をしていた。
裂けた小鳥の腹から長く伸びたそれは明らかに、小鳥の臓物だ。何が起こっているのか分からない、けど、ここに居るのは間違いなくマズイ。
そう直感してすぐ、地面に転がっていた小鳥の首が口を開いた。
「キィイィィィ!!!!」
森中に、小鳥の金切り声が響き渡った。




