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黄昏の森

「ようディアンさん、また来たぞ」

「ああ、どうも。今日も依頼ですか?」

「そうだな。良さげなのを見繕ってくれ」


 ギルドに新入り冒険者として登録して数日、俺は順調に依頼をこなしていた。


「しかしまだ認知度は足りないか……」


 俺が今回の作戦を成功させるためには俺の知名度もそこそこの高さにまで上げなければならない。今のペースでは若干遅い。


「足りないも何も、貴方は中々よくやっていると思いますよ。新入り冒険者とは思えないレベルで」

「そうか。それは何よりだが……」

「はい、次の依頼はこれなんてどうです?町の下水道掃除」

「嫌だ」

「えぇ……速攻拒否らないでくださいよ……」


 冒険者、といっても討伐依頼や調査依頼ばかりが出されるわけでは無い。そんな依頼よりもこんな、下水道掃除やらゴミ拾いやらの地域社会に関連した仕事が良く回ってくるのだ。

 主に新入りの冒険者に。


「下水道掃除の何が嫌なんですか!」

「何もかもだろ」

「スライムとかも居ますよ?」

「なんだその説得の仕方」


 ディアンが言ったように、下水道にはスライムが居ることが多い。町中に放置された野良スライムは基本排水溝を通って下水道を住処にすることが多いからだ。


「はぁ……そんなに嫌ならこの依頼は無しで。水に流してください。下水道だけに」

「……おう」

「何か言いたげな目ですね。なんですか。笑ってくださいよ」

「ははは。ほら、嗤ってやったぞ。これで満足か?」


 受付を担当しているこの男、ディアンだがちょくちょく反応しづらいボケを突っ込んでくることがある。

 経験不足のせいで緊張しやすい新入りの冒険者にはこの男のような、若干距離感が近い受付は助かるのだろうが俺にそれをやられても……という感じである。

 とはいえこいつの好意には変わりないのだから無下にするのも良くないだろうか?


「じゃ、薬草採取でもお願いしましょうかね」

「薬草採取か。分かった。任せておけ」

「お願いしますね。後言うまでもないことですけど、採取した薬草は燃やさないように」

「は?」


 採取した薬草を燃やすことなんてあるはずもない。ということは……この男、ボケたに違いない。これはなんのボケだ?

 薬草、燃やす、焼く……なるほど。


「薬草を焼くぞ~、ってことか」

「……ははっ……」

「その愛想笑いやめろ」


 急に恥ずかしくなってきたのでさっさと依頼書を受け取り、俺はギルドを出たのだった。


***


「森の調査、ですか?」

「うん、最近森が荒らされているみたいでね。何か問題のある魔獣がいるかもしれないから調査に行ってほしいんだってさ」


 俺がギルドで依頼書を受け取り、宿まで帰ってくるとミニモ達が集まってなにやら相談をしていた。


「あ、エテルノ、お帰り」

「おう。こんなとこに集まってどうしたんだ?」

「それがね、まだ何があったのかも分からないんだけど……」


***


 フリオが話したのはおおよそこんな話だった。

 近頃森で、頻繁に魔獣の断末魔の叫び声が聞こえる。

 ところどころ森の木がなぎ倒されている。

 討伐した魔獣の死骸を放置していったん町に帰ってきて、森に再び向かったら確実に仕留めたはずの魔獣の死骸が無くなっていた、等々。


「……ふむ、それは確かに気になるな」

「でしょ?今のところは被害が出てないらしいんだけどどこかから流れてきた盗賊団とかが森に住み着いていたら大変だからね。調査の依頼が来たってわけさ」

「なるほど……。だがSランクパーティーの引き受ける依頼ではない気もするが……」

「んー、でもさ、森にドラゴンが出ることなんてありえないし、下級の悪魔ですら見かけないんだよ?こういう雑用も大切な役割だ。ちゃんとやらないとね」

「ギルドにいったら皆がやりたがらない依頼を押し付けられたのよ」

「あぁ、そういう……」 

 

 熱く語るフリオを無視してグリスが補足した。まぁフリオの性格では押し付けられることもあるか。しょうがない。

 それは置いといて森の調査、となると俺が個別で受けた薬草採取の依頼も同時にこなせるな。

 参加するとしようか。


「分かった。今から行くんだよな?用意してくるから待ってろ」

「お、話が早いね。グリスとミニモはどうする?」

「私はやるわよ。どうせ暇だったしね」

「ありがとう。ミニモはどうする?」

「んー……そうですね……」


 珍しくミニモは悩んでいる様子を見せる。こいつは基本即断即決だったと思うのだが……


「……分かりました。治癒魔法しか使えない非力な女の子で良ければ、力を貸します!」

「は?」

「え?」

「ん?」

「なんですかその何か言いたげな目は?!」


 いや、だって非力ってお前……しかも女の子ってお前……


「もうお前女の子って年じゃないだろ……」

「誤解を招く言い方やめてもらえますかね?!私若い方だと思うんですけど?!」

「酒を飲める年齢の奴はもう女の子ではない」

「僕もそう思うよ」

「フリオさんまで?!」


 その後ミニモの反論が長引き、森へ調査に向かうのが遅くなってしまったのだが、まぁ後悔しても遅いわな。


***


「うん、時間ももったいないしここからは二手に分かれようか」

「誰かが散々騒いでくれたおかげで時間が無いもんな」

「そ、それはもしかしなくても私のことなのでは……」


 正解。俺たちは今、夕暮れ時の森を歩いていた。

 まだ日が沈むには時間があるから大丈夫だろうと思うが……まぁさっさと済ませるに越したことはないな。


「じゃ、私達こっちに行くからミニモはそっちの方を頼める?」

「任せてグリスちゃん!」


 さて、チーム分けはいつも通り俺とミニモ、フリオとグリスティアの二チームだ。この二チームで分担して森の北側と南側を調査していく。


「よし、行くぞミニモ」

「はい、了解です!」


 森はまだ日が落ちていないとはいえ薄暗く、そんな森の中にあるケモノ道をミニモと二人で進んでいく。

 あちこちから虫や獣の声が聞こえ、襲ってくることは無いとはいえ多少緊張した空気になっていた。

 じっとりと湿った森の地面が何とも言えず気持ち悪い。


 所々で調査の片手間に薬草を見つけ、摘み取っていく。と、そんな折にミニモから声が掛かった。


「エテルノさん、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

「いえ、前もこんなことがあったなぁと」

「……?」


 森……ダンジョンの中でトレントの森を探索した時の話か?


「この森にはトレントは居ないだろうがな」

「あー、いや、そっちじゃなくて……まぁ、覚えてないならいいんですけどね!」


 そうなると森で蜂の魔獣を倒しに行った時の話だろうか?

 そうしてミニモとくだらない話をしているとふと、違和感を覚えた。周囲の空気が張り詰めている。寒気がするような何かが……

 ミニモも俺と同じように周囲を見渡しているようだ。暗い森の奥に、何かが潜んでいる気がした。


「……ミニモ、虫の声、聞こえるか?」

「さっき急に途絶えましたね」

「……よし、一旦離脱だ。と言ってもこの道にいるのはまずいか……」

「エテルノさん、向こうから何か来ます」


 小声でミニモが伝えてくる。何かが来るのは俺も分かっている。ここから離脱する方法は……


「よしミニモ、俺に捕まれ」

「え?わ、わわわ……」


 ミニモを抱きかかえて空へ飛びあがる。そう長い時間滞空出来る魔法でもないが問題は無い。

 というのも目的は木に登ることだからだ。


「わ、私エテルノさんにお、お姫様抱っこを……」

「お前もう少し痩せろよ。ちょっと重かったぞ」

「酷い?!」


 ま、重かったのは装備も含めて担ぎ上げたからだろうがな。すぐにやり取りを切り上げると俺とミニモは薄暗い森の奥に目を凝らした。

 今は木に登っているからそうバレることは無いだろう。何が来るか確かめて――


――キ、


「キィイィィィ!!!!」


 突然、森に謎の金切り声が上がった。少なくとも人の声ではない。何らかの魔獣が……


「エテルノさん、今の南の方からです!」

「フリオ達の方角か……!」


 俺達の真下の茂みが大きく揺れる。そのまま茂みから人影がいくつも飛び出し、先ほどの金切り声が上がった方に向かっていく。

 人影は大小様々、人の形を成すものもあれば動物のような姿のものもいる。武器を携えたものも居れば何も持っていないのもいる。


 共通点は一つ。どの影も、肉は腐り落ちて骨が見えていたり、肉すら無いただの人骨だったり。

 全ての影がおよそ生きているとは思えない姿をしていたのだ。


「……周囲から気配が消えたな。さっきの金切り声の方に向かったか?」

「エテルノさん、行きましょう!」

「ああ。行くぞ!」


 この森に何が起こっているのかは分からないがフリオ達が危険かもしれない。

 急いで俺たちはフリオ達の元を目指すのだった。

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