受付のお兄さんと新入り冒険者
「や、やっとできた……この作戦なら完璧だ……!」
夕方、俺は手帳を空に掲げた。今日一日悩んでいた、『追放されるための作戦』がようやく思いついたのだ。
「……ふむ、もうこんな時間か……。しょうがない、実行は明日からだな」
今度の作戦は長期間に渡るものになりそうだ。頑張らなくてはな!
決意を固め、俺はフリオ達の待つ食堂へと向かうのだった。
***
――翌朝、俺は一人でギルドへとやって来ていた。今日は午後から依頼が入っているためそこまで長い時間は取れないのだが……まぁ大丈夫だろう。
そっと路地裏に隠れ、顔に仮面をつける。少し視界は悪いが……苦になるほどでもないな。
「あ、あー……」
声を出して自分の声が変わっているか確認する。事前にかけておいた魔法がしっかり発動しているか……
よし、大丈夫そうだ。これでもう俺がエテルノ・バルヘントだと分かる奴はいないだろう。
ここまで念入りに変装をしたのは、今回の作戦では『俺だとばれないこと』が重要になるからだ。
この作戦は、今までの物と比べて相当大掛かりなものになる代わりに成功率が高い。やはり昨日の振り返りが功を奏したな。あのおかげでここまで良い作戦を立てることができたのだ。
追放、と一言に言っても色々な理由がある。
例えば今まで俺が狙ってきたのは『パーティー間の不仲』による追放だ。だがこれは現実的ではない。
フリオはめちゃめちゃ性格が良いし、グリスティアも悪い奴じゃない。ミニモは……認めたくは無いが、多分俺のことが好きなんだろうな。趣味が悪いと言わざるを得ないが。
そんなパーティーで『不仲だから』という理由で追放されるのは難しい。
で、あれば。俺よりも強い冒険者があのパーティーに入りたいと言っていたとしたらどうだろうか?フリオはあれで案外理性的な考え方をする奴だ。俺をパーティーから追放し、新しく冒険者をパーティーに迎え入れるのではないだろうか?
ギルド内での管理を容易にするためにパーティーは四人以下で構成するのが原則となっている。
フリオ、グリスティア、ミニモ、そして俺。新しくとんでもなく強い冒険者が入ってきたとして、もしその冒険者が俺の上位互換のような実力を持っていたら?
--俺が追放されるのは当然の結果だ。
つまり作戦とは、俺よりも強い冒険者をフリオのパーティーに入らせ、フリオ達が俺を追放せざるを得ない状況に追い込む、というものなのだ。
俺のスキルはあくまで『追放される』ことが条件だ。だから追放された後でもフリオ達と仲良くするというのも可能だろう。何よりこの作戦なら、皆を不快にさせる必要がない。
「我ながら完璧な作戦じゃないか?」
さて、問題はこの、『俺より強い冒険者』を用意するという一点のみになった。
ここでもう一つ考えてみよう。フリオのパーティーに入りたがる人間がいないのはなぜだったか?
そう。悪評が広まっているからだ。その悪評を取り消し、Sランク冒険者がフリオのパーティーに入りたがるように仕向ければ……
「俺は!追放されることができるッ!」
「ママ、あの人何やってるのー?」
「しっ、見ちゃダメよ!」
さて、この作戦ではまず、俺が新入り冒険者として活動して一定レベルに名を売る必要がある。そりゃそうだ。フリオのパーティーのメンバーが悪評を拭おうとしても説得力ないしな。
「今日から俺は、エテ……いや、ルナだな。ルナにしよう」
冒険者登録は本名でなくてもできる。
冒険者はある意味人気商売のような一面のある仕事だ。奇抜な名前で登録している奴もいるらしいな。
「よし、行くぞ。エテルノ改めルナ、めでたい門出だ!」
ふはははは、と高笑いを上げ、ギルドの中に入る。と、ギルドの中にいたフリオと目が合った。
……なんでここにいるんだこいつ。
***
「おや、君は見ない顔だね。新入りの人かい?」
「え、あ、お、……そうだ、です」
あ、焦った……。フリオの口調からして俺だとはバレていないようだが……なんでこいつはここに居るんだ。依頼は午後からではなかったのか?
「やっぱり新入りの子なんだね!冒険者登録はあっちのカウンターだよ!」
「あ、どうも……」
フリオは片手に依頼書を握っていた。そうか、こいつソロでも依頼を受けてたのか。
……今後会わないように気を付けよう。
「何か分からないことがあったらいつでも聞くと良いよ。じゃあね!」
「……」
フリオは言うだけ言うと、さっさとギルドを出て行ってしまった。いや、危なかった。念には念を入れて声まで変えておいて良かったな。
さて、冒険者登録だったか……フリオに言われなくてもできるんだよな。確かに冒険者登録は久しぶりだが。
さっさと受付に向かい、カウンターに座っていた長髪の男に声を掛ける。
男は藍色の髪を後ろで束ねており、遠目から見れば女と見紛うのではないかというぐらいには容姿端麗だ。
「すまない。冒険者登録を頼む」
「はいはい、了解。ではこちらの水晶に手を当てていただいて……」
受付で差し出されたのは棒状の細長い水晶石。魔法の適性を図ったりする道具なのだが……俺が初めて冒険者登録した時は大きな水晶玉だった気がするぞ。
まぁ時が経つにつれて技術は変化するしな。これをどうするのだろうか。
「ではそれを脇に挟んで数秒お待ちください」
「……なんでそれで魔力適性が図れるんだ……」
もやもやするもののとりあえず従い、脇に挟む。しばらくして水晶を返却し、受付に座っていた男に返却した。
「……どうだ?」
「三十六度九分ですね」
「何の話だ」
「体温の話ですよ」
なんとなく分かったぞ。この男、変な奴だ。
不審な目を向けてやると、男は何でもないことのように手を振って言う。
「ま、冗談は置いといて、貴方の魔力はDランクぐらいですね。Eランクから冒険者を始めることをお勧めしますが……いかがしますか?」
「Dか……」
なんとなく予想はしていたがな。
俺が魔法を使えるのは俺のスキルの効果だ。スキルを使わない素の実力ではDランクがせいぜい……といったところなのだ。
「分かった。Eから始める」
「はいはい、了解っと。えっと……次は……」
「昇級システムの説明」
「あ、それそれ。貴方詳しいですね」
「……ちょっといろいろあってな」
「まぁ仮面付けてますし、訳アリっぽいですよね。詮索はしませんが」
その後男からいろいろな説明を受け、冒険者としての登録を済ませた。大体が聞いたことのある内容ではあったがもう一度聞くというのもなかなか新鮮だ。いい経験になったな。
登録を済ませ、早めに帰って午後から受ける依頼の用意でもしようとしたときだった。男に呼び止められた。
「あー、貴方。自己申告なので言わなくてもいいんですが……スキルはお持ちで?」
「……いや、無いな。あればEランク冒険者から始めなくてもいいだろう?持っていたら申告しているさ」
「あはは、全くその通りで。それじゃ今後ともよろしくお願いしますよ」
「あぁ。そういえばあんたの名前を聞いても良いか?」
「ええ。もちろん。僕の名前はディアン・シー。ただのイケメン受付お兄さんですよ」
笑顔で言う男に愛想笑いだけ返して、俺は宿屋へと帰っていったのだった。




