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幸せの極意

「……追放されるためには結局どうすればいいんだ……」


 自室で一人、俺はため息をついた。いや、一人というのは違うか。

 部屋の隅で先日手なずけたスライムが蠢いているのが見える。先日こいつはミニモの手によって燃やされたのだが、しっかりと治癒魔法の力によって復活していたようだ。

 その後こいつはミニモを怖がるようになり、結局番犬としての役割は果たせずじまいである。かといって全く何の役割もこなせないわけでは無い。


「ほれ」


 スライムに向かって手近にあったゴミを放り投げてやるとゴミはすぐにスライムの体に取り込まれ、吸収されていく。そう。スライムは移動式のゴミ箱として使えるのだ。


「よいしょ……っと」


 スライムを持ち上げてみる。元々は大型犬くらいの大きさだったスライムだが、今ではミニモのせいで子犬程度の大きさだ。簡単に持ち上げられた。

 ひんやりしていて、感触は……液体というよりはモチモチしているな。中々癖になる感触だ。


「はぁ……全く、俺はどうすればいいんだろうなぁ」


 もにょん、とスライムが揺れる。

 まぁ言葉が分かるわけでは無いだろうがつい話しかけたくなるんだよな。ペットというのは不思議なものだ。

 と、そのときだった。


「エテルノ、遊びに来たよ!」

「えっ」


 唐突にドアを開けてフリオがやって来た。

 俺がスライムを抱えて話しかけているところにフリオが入ってきて、目が合った瞬間動きが止まる。

 気まずい空気が流れだす。

 ……せめて部屋に入るときはノックしろよ、俺がそんな風に怒りを覚え始めた時だった。フリオは口を開き――


「……エテルノ」

「……なんだ?」

「ここペット禁止だった気が……」

「普通触れるのはそこじゃないだろ」


 心配して損した。結局フリオはフリオである。


「スライムは使役しているだけだから大丈夫だ。宿の主人には話を通してあるから心配するな」

「あ、良かった。エテルノも野良スライムを拾って来たのかと……」

「この町そんなのいるの?」


 野良スライムってなんだよ。それに、エテルノ()って言ったか?

 野良スライムなんて拾う奴……拾う奴は……一人ぐらい拾ってきそうな馬鹿(ミニモ)に心当たりがあるが。

 まぁそれはいったん置いておいて俺はフリオに聞いた。


「で、なんでわざわざ俺の部屋に来たんだ?」

「あぁ、さっき市場で良さげなものを見つけてね。エテルノにもおすそ分けしようかと思ったんだ。ほら、この前お土産貰ったからそのお返しさ!」

「なるほど?」


 そこまでしなくてよかったのにな。確かにフリオは大きめのバッグを背負っている。

 フリオはバッグを下ろし、大きめの瓶を取り出した。えっと……?


「なんだそれ」

「幸せになれる水らしいよ」

「詐欺だなそれ」


 フリオ、いつかやるとは思っていたが……騙されたか……。

 こいつ騙しやすそうだもんな……。


「で、これが幸せになれるブレスレット」

「まだあるのか」


 ブレスレットは怪しく光る石をいくつも繋げて作られている。

 ……この石普通に魔法の触媒に使えそうだな。これは貰っておこう。


「で、これが幸せになれる壺だね」

「どんだけ幸せになりたいんだお前」

「幸せってね……物では買えないんだよ?」

「じゃあなんでこんな何回も詐欺に引っかかったんだよ」


 壺は中々禍々しい装飾が成されており、幸せを呼ぶというよりは呪いか何かを吹っ掛けてきそうだ。

 色んな意味で、なんでこれを買おうと思ったのか分からないぞフリオ。


「とにかく、このブレスレット以外は返品してきた方がいいと思うぞ。金は持て余すほどあると言っても無駄遣いは良くないからな」

「いや、タダでくれたよ」

「もう訳分からん」

「いや、知り合いのおばちゃんが売っててね。通りがかったら売ってくれたんだ」


 おばちゃんが……?!知り合いのおばちゃんが幸せの水、壺、ブレスレットを……?!


「ど、どういうおばちゃんなんだそれは」

「普通に、以前教会に所属していた世界最高の聖女と呼ばれしおばちゃんだよ」

「それはどう考えても普通のおばちゃんじゃないな」


 いや、そんな聖女のおばちゃんが売ってたなら詐欺商品ではなく本当に幸せになれる商品を売っている可能性があるな……?


「でもエテルノがそこまで言うのであればおばちゃんに返してくるよ……」

「いや、貰うわ。ありがとな」

「え、あ、うん」


 よし、幸せになれる商品を手に入れることに成功したな。


「じゃあ早速、幸せになれる水とやらを飲んでみるか」


 使い方も分からないので、とりあえず水を口に含む。まぁこういうのは大抵飲めば効果があるものだ。

 味は……苦くて、酸っぱくて、ほんのりと腐敗臭が……。そこまで確認し、すぐ俺は行動に移った。


「な、何をしてるんだいエテルノ?!」

「いや……スライムにも幸せになってもらおうと思ってな」


 幸せになれる水をスライムにぶっかける。飲めるかこんなもん。この水腐ってんじゃねぇか。


「仮にも水を売るんなら腐った水を売るんじゃねぇよ……詐欺商品でも普通の水を売るぞ……」

「まぁ聖女だとしても寄る年波には勝てないんだよ……」

「残酷なこと言うんじゃねぇよ……」


 ちなみに後でフリオに確認したところ、聖女おばちゃんは最近還暦を迎えたそうである。

 だとしても腐った水の見分けぐらいつけて欲しかった。世界最高の名が泣くぞ。


「はぁ……。ブレスレットは魔法の触媒にするとして、壺はスライムの住処にでもするか……」

「うん、エテルノに喜んでもらえて僕も嬉しいよ!」

「お前、目と感性がおかしいぞ……」


 なんなら頭もおかしいかもしれない。

 俺が喜んでいるように見えてるんだろうな、フリオには。否定する気力もないので何も言わないが……。

 と、その時だった。またもや俺の部屋の扉を勢いよく開けてグリスティアがやって来た。その手には拳大のスライムが乗っかっている。


「フリオ!スライムの世話はちゃんとするから!飼ってもいいでしょ?!」

「あ、グリス!元居たところに戻してきてねって言ったじゃないか!」

「だって可愛……エテルノ、スライム飼ってたの?!」


 ……野良スライム拾ってきたのってグリスティアかよ……。


「……もう休ませてくれ……」

「あ、ちょ、ちょっと!そのスライム触らせ――」


 フリオとグリスティアを追い出し、扉を閉める。

 ふと見るとスライムが壺の周りにまとわりついていた。

 俺のスライムは幸せになれる壺を使った住処が随分気に入ったようだ。


「……はぁ……。マジでいつになったら俺は追放されるんだ……」


 疲れたので、そのまま俺は床に就いた。


***


 後日、スライムに棘が生えてたりとかやけに禍々しい進化を遂げていたが、幸せになる壺とか水の効果だったのだろうか。

 結局あの聖女おばちゃんは何だったんだろうな。

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