孤児院のゴッドマザー
「知りたくなかった……」
俺はそれまで読んでいた本をそっと閉じて顔を覆った。読んでいた本のタイトルは『知りたくなかった、豆知識全集Ⅲ』。
俺が怪我をしていた時にフリオが、暇つぶしになるだろうと持ってきてくれた本だ。
「ダンジョンの中のトレントがそんな……」
かつて俺達がダンジョンで遭遇したトレントの森。ダンジョンの中で生活をするトレントがここまで悲しい存在だなんて……知りたくなかった。
とはいえ、ずっと悲嘆に暮れても居られない。気を取り直して俺は立ち上がった。
「……さて、今日もしっかり予定をこなしに行くか……」
今日の予定、それは俺が不在の時に俺の部屋へと侵入しているミニモへの対処方法の模索であった。
***
「さて……どうしたもんか……」
ダンジョン攻略を経験して分かったが、ミニモは人間だと思わない方がいい。あいつの精神的なあれもあるが、それよりも治癒魔法の応用性が高すぎるのだ。
人間として対処すると大体簡単に突破されると思った方がいい。
本来人間は、自身が怪我をしないように力をセーブしている。だがミニモの場合は、怪我をしたところですぐに治癒できるため力をセーブする必要がないようなのだ。
なんなら、ダンジョンの壁すら破壊するような一撃を使えるぐらいだ。強化魔法も使えるとみていいだろう。
「……まさかとは思うが、全身の関節を外して狭いところに入り込めたり、しない……よな……?」
そういえばそんな化け物の噂がどこかの都市伝説にでもあった気がする。
部屋の中にいるとき視線を感じたら『決して振り向くな。振り向いたら殺される』とかいう内容だったか。
その時だった。ミシ、と床が軋む音がした。
「……」
視線を、感じる。いや、まさかだよな。そんなことあるわけ……いやでも振り向くのはやめておこう。
ど、どうしようか。探知魔法……俺も使えなくは無いがグリスティアほどの実力は……
とりあえず床下に向かって使ってみると、そこに何らかの生命体がいるのが分かった。
ミニモならまだマシ……いや、ミニモでもマシじゃねぇよ。
むしろその方が怖いわ。
よし、振り向かないようにして外出でもしようか。このまま『ミニモと思わしき何か』と同じ部屋にいるのもなんか嫌だ。
そんなわけで俺は外出することを決めたのだった。
***
「--それで、部屋に何か居るっぽかったからここまで来たというわけだ」
「お主、暇じゃな」
「ほっとけ」
やってきたのは孤児院、サミエラのところである。子供たちは昼寝をしているようでとても静かだ。サミエラは休憩中のようだったが……
「休憩中だったなら帰るが、どうしたほうがいい?」
「居ても構わんよ。フリオの友人を無下にするわけにもいかんからの」
「そうか。助かる」
「しかし……そもそもお主が都市伝説にもなっておるのに都市伝説なんて気にするのかの……」
なんだそれ。
「ほら、前にお主が蜂の魔獣の死骸を引きずって街中を走り回っておったじゃろ?あれ一時期、都市伝説みたいになってたんじゃよ」
「……あー、あれか」
記憶にないレベルで昔のことだったが、そんなこともあった気がする。日にちはそんなに経っていないのだがダンジョン攻略で慌ただしかったからな。忘れてしまったのだろう。
「ま、せいぜい宿の床下に住み着いた動物か何かじゃろ。あとで宿の主人にでも言っておくんじゃな」
言おうかと思ってはいるが何度言ってもミニモの侵入を防げてないから信用が無いんだよな。
とりあえずこのことについて話してもしょうがないので、話題を変えることにする。
「そういえばこの孤児院ってどうやって運営してるんだ?そんなに金があるようには見えないんだが……」
この孤児院は言い方は悪いが、そこそこボロい。
経営する金にしてもそんなに簡単には集まらないと思うのだが。
「大半はフリオのような出身者の寄付じゃな。本当に、あの子たちには感謝しても感謝しきれんよ」
「……そういえばフリオは、報酬の大半をここに持ってきているんだったな」
ダンジョン攻略の報酬だけでもこの孤児院は十分に経営できるだろう。そう考えるとそこまで経営がピンチ、というわけでもないのか。
「あとは……そうじゃな。スキルを使ってちょっとした商売をしておるよ」
「あぁ、やっぱり持ってたのか」
「む、バレていたのかの?」
まぁ予測はしていた。
スキル持ちの人間は珍しく、基本スキルを持っていることを明かさないものだ。それ故にスキル保持者を探し当てることは難しいのだが……サミエラの場合は、希少種族であるエルフが孤児院を一人で運営している。
何らかのコネや裏事情、もしくはスキルを持っているだろうという憶測をしていたのだ。
「しかし商売か。何をしてるんだ?」
「……っと、ちょうど客が来たようじゃの。説明も惜しいから実際に見てもらうことにしようかの」
孤児院の扉を開け、入ってきたのは――
「……エテルノ・バルヘント?!」
「シェピアじゃないか」
グリスティアの親友こと、シェピアだった。
***
「それで、お主は何を見てもらいたいのかの?」
「わ、私は友達に贈り物をしたいんだけど、何を渡せば喜んでもらえるか知りたいの!」
「なるほど、では少しだけ目を閉じておれ」
「は、はいっ!」
孤児院の丸椅子にシェピアを座らせ、自身は立ち上がったまま真剣にシェピアを見つめるサミエラ。
ところどころにひびが入った、ボロい孤児院の窓から入り込んだ日光がサミエラの白髪に当たって輝いている様は神々しさすら感じる。
俺はその光景をただ、黙って見ていた。それから数十秒後、サミエラはシェピアから視線を外して近くの椅子に腰かけた。
「よし、もう目を開けてよいぞ」
「どうでしたか?!」
「うーむ、アクセサリーはやめておいた方がいいじゃろうな。それよりも武器とか、食べ物を渡してみるのがいいじゃろう。美味しいスイーツの店を教えるから、そこのスイーツを渡せばいいじゃろう」
「あ、ありがとうございます!」
……ふむ?あれほど自己中心みたいな性格だったシェピアがここまで敬意を払うとは。
「おいシェピア、お前こんなちんちくりんに頭下げるタイプだったか?」
「お主今ちんちくりん言うたか?!」
「ちょ、あ、あんた!孤児院のゴッドマザーになんて言い方を……!」
なんだその怪しい占い師みたいな異名。
俺が疑わし気にサミエラに視線を向けると、サミエラが自身の商売の説明をしてくれた。
「スキル、『未来視』。それを使って小金を稼いでいるんじゃよ」
「未来視……」
聞くからに強そうじゃないか。少なくともこんなちんちくりんが持っているとは思えないスキルだ。
「そうよ!サミエラさんは凄いんだから!」
「へー」
「何よその棒読み!」
いや、だって俺には関係のないことだし……待てよ?
「なぁ、俺の計画の合否とかも分かるか?」
「将来?まぁ分かると思うがの……。どんな計画なんじゃ?」
「それは言えない」
「それでもまぁ分かるが……正確性は下がるぞ?」
「構わない。頼む」
俺が今回聞くのは『将来追放されているかどうか』だ。しばらくの後、サミエラは口を開いた。
「えっと……どんな計画なのかは分からないのじゃが……まぁ、頑張るんじゃな……」
申し訳なさそうに俺に結果を伝えるサミエラ。
もうこの反応で分かる。駄目だったようだな……。
まぁ未来視とは言え正確なものとは言えないのだから、頑張ろう。うん。
「よし、じゃあ俺は帰る。シェピア、行くぞ」
「はぁ?!なんで私まで一緒に……!」
「グリスティアにプレゼントするんだろ?多少ならあいつの好みも分かる俺に同行したほうが得だぞ」
「……そうね、じゃあついていくわ。ありがとうございました!ゴッドマザー!」
「うむ、また来ると良いぞ!」
白髪幼女がゴッドマザー呼び。違和感しか感じないが……まぁいいか。とはいえこのままサミエラに何もしないで帰るのも癪だな……。
あぁ、そうだ。せっかくだから豆知識を教えてやろう。
「おいサミエラ、ちょっと耳貸せ」
「え?な、なんじゃ?」
「いいか?ダンジョンの中のトレントってな……」
教えるのは『知りたくなかった、豆知識全集Ⅲ』で学んだ豆知識。自分では知りたくなくても他人には教えてやりたくなるのがこの手の豆知識の怖いところだ。
豆知識を教えると、サミエラは自身の顔を抑えて叫んだ。
「知りたくなかったああああぁあ!!」
「よし、行くぞシェピア」
「……あんたホント、人の心が無いわよね」
さて、なんのことやら。サミエラの叫びを後にして俺たちは町へと戻っていくのだった。




