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作戦:オウム返し

「さて、帰るか……」


 俺はグリスティアに孤児院の子供たちの世話を押し付け、帰路に就こうとしていた。

 ああいう奴らへの対応は俺がやるよりもフリオやグリスティアに任せておいた方が良いだろう。

 

 と、孤児院の庭で喧嘩をしている子供が目に入った。無視しても良いのだが……一応止めておいてやるか。そう決めた俺は喧嘩をしている子供の間に割って入った。


「おい、お前らなんで喧嘩なんてしてんだ?」

「だ、だってこいつが俺の真似してくるんだもん!」

「真似なんかしてないしー!お前の方が真似してんじゃないのー?!」

「そんなわけないだろ!」

「あぁ、やめろやめろ」


 更に喧嘩が発展してしまいそうだったのでとりあえず二人を離しておく。さて、真似がどうとか言う話だったが……


「で、お前はあいつに何されたんだ?」

「あいつ、僕が言ったことそのまま言い返してくるんだよ!」

「んん?つまりどういうことだ?」

「僕が『馬鹿!』って言ったら『馬鹿!』って真似してくるんだよ!」


 なるほど。


「で、お前の言い分は?」

「先に馬鹿って言ったほうが悪いんだもん!僕悪くないもん!」


 あぁ、やっぱり子供がよくするような、くだらない内容の喧嘩だったか。


「……待てよ?おいお前ら、自分の言ったことをそのまま真似されたらやっぱり腹立つか?」

「当たり前じゃん」

「当たり前だよね?」


 さっきまで喧嘩してたのを忘れたかのように頷きあう子供達。なるほど、俺を馬鹿にするところでは結託するのか。なんだこいつら。


「ほら、とりあえず菓子やるから元気出せ」

「お菓子!?」

「いいの?!」

「ほら、手ぇ出せ」


 期待の目で俺を見ていた子供だったが、差し出された手の上に飴玉を載せてやると一気に失望の目へと変わる。


「飴玉かよ……もっといいの無いのかよ……?」

「あるわけないだろ」

「しょぼ」

「おい今しょぼっていったのはどっちのガキだ」


 孤児院にいるくせに、贅沢なガキである。


「はぁ……。じゃあサミエラが俺のやったお菓子持ってるだろうから貰って来い」

「ほんと?!」

「それ早く言ってよ!」


 子供たちは俺に向かって生意気なことを言い、喧嘩していたのが嘘のように二人で笑いあいながら走って行ってしまった。

 その後ろ姿を見送って俺は立ち上がる。本当は孤児院の中で菓子なぞ配っていないのだが……ま、干し肉でも食っていろ。


「さて、帰るか……」


 完全な無駄足になってしまったな。っと、無駄足ではないか。『追放されるための作戦』のヒントをあの喧嘩から得られたのだからな。


***


「ただいまー」


 宿に戻り、俺が自室で作業しているところにフリオが帰って来た。さてさて、早速作戦の実行と行こうじゃないか。

 

 今回の作戦は奴らがしていた喧嘩のそのまま。相手の言ったことをひたすら真似る。これだけである。

 正直自分でもどうかと思う程に雑な作戦ではあるのだが、相手をイライラさせる効能については折り紙付きだ。

 今回の作戦で追放されることはできないにしろ、追放されるための基盤とは日ごろからの嫌がらせの積み重ねだ。一応実行はしておこう。


「入っていいかい?」

「いいぞ」


 自室がノックされたので入ってきても構わないと返事をする。フリオと二人で喋ることができるとは、願ったりかなったりだ。


「エテルノ、調子はどうだい?今日、時々顔をしかめてるようだったから気になったんだ」


 あぁ、時々体が痛んでたからな。ミニモの治療を受けたとはいえ、超広範囲魔法で受けた傷はまだ完治していない。歩ける程度にはなったとはいえあまり動きたくないのが本音のところだ。孤児院から早く帰って来たのもこういう理由があったりする。

 さて、返事なのだが……心配するなと言っておきたいが作戦のためにはしっかり真似しなくてはな。


「調子はどうだい?」

「ん?僕は元気だよ」

「僕は元気だよ」

「そうか!良かった!」

「良かった」


 駄目だ。会話が成立してるなこれ。フリオ、もうちょっと真似られてると気づけるようなことを言ってくれ。


「あ、そういえばミニモのミルモチケンタミスの物まねが物凄くうまくてね、びっくりしたよ」

「なん……そういえばミニモのミルモチケンタミスの物まねがうまくてね、びっくりしたよ」


 危ない。なんだそれ、と言ってしまうところだった。


「……?それでミニモが、エテルノさんならミルモチサブリキュラの物まねができるんじゃないかって」


 いや、知らないしできないのだが。そもそもこいつは俺が物まねをやってくれると思ってるのか?


「それでね、ミニモがミルモチサブリキュラの物まねができるんじゃないかって」

「えっと……エテルノ?」

「えっと……エテルノ?」

「どうしたんだい?」

「どうしたんだい?」


 フリオは珍しく困惑顔である。イラついてはいないようだが……フリオにここまで影響を与えられた作戦は初なんじゃないか?若干期待が高まってきた。

 

「えっと……よく分からないけどミニモを呼んでくるよ」

「よく分からないけどミニモを呼んでくるよ」


 そう言うとフリオは帰って行ってしまった。

 よし、フリオを撃退したぞ。この調子なら追放も近いのではないか?くだらない作戦だと思っていたが案外やるものだな。




「エテルノさーん、大丈夫ですかー?」

「……来たな」


 ドア越しにミニモの声が聞こえる。さて、さっさとミニモも撃退して次に進もう。


「エテルノさん、頭の病気だって聞いたんですけど……」


 なるほど、その発想に行きついたフリオが怖いな。自分が嫌がらせされているとは思わなかったのだろうか。

 なにはともあれ、ミニモの真似をするとしよう。


「頭の病気だって聞いたんですけど……」

「エテルノさん?」

「エテルノさん?」

「……」


 黙り込んで不思議な顔をするミニモ。よし、作戦は順調だな。


「エテルノさん」

「エテルノさん」

「……ミニモ」

「ミニモ」

「なるほど?」

「なるほど?」


 何が『なるほど』なんだ?

 それからしばらく部屋が静かになったのちに、再びミニモが口を開いた。完璧に真似をするために一言一句聞き逃すまいと俺は耳を澄ます。


「--ミニモ、君の髪はまるでユニコーンの尻尾のようだ。俺を抱きしめてくれ」


 なるほど、そう来たか。


「……」

「……これは言ってくれないんですか……」


 当たり前だろ。しかもユニコーンて。思わず口を開いてしまう。


「お前ポエムの才能ないな。そういうこと言ってるのはかなり痛いぞ」

「第一声がそれですか?!」

「いや、もうめんどくさいしいいかなと」

「にしても酷いですね?!」


 ミニモに対処法を編み出された以上今回の作戦はここで終わりだ。所詮は子供が喧嘩するレベルの作戦、こうなるのは何となく目に見えていたしな。

 フリオには少しだけダメージを与えられたが……ま、それだけで良しとしよう。


「わ、私は治癒術師ですからね。たとえ痛くても治しちゃいますよ!」

「お前の将来を考えると頭が痛いよ」

「せっかく上手いこと言ったのに更にうまく返さないでくれますかね?!」


 さて、そろそろ夕飯の時間だろうか。今日の夕飯はなんだろうな……。


「聞いてくださいよ?!」


 あーあー、聞こえない。ミニモの言うことは無視して、俺はさっさと宿屋の食堂へと向かうのであった。

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