いつかの幸福な夢の続きを
夢を、見ていた。
目の前に男がいた。良い装備を身にまとった長髪の冒険者だ。
男は苛立たし気に、俺のことを見ていた。
「おいエテルノ、お前足手まといなんだよ。ゴブリンすら満足に倒せないなんて、ありえねぇぞ」
「か、数が多かったんだよ。魔力切れになったんだ」
「あのなぁ……たかだかゴブリン三十匹、仕留めただけで魔力切れだ?甘えてんじゃねぇぞ?」
違う。ゴブリンと戦う前から魔力は底をつきかけていた。満足に休憩を取らせてもらえなかったから、回復しきっていなかったのだ。
だが、俺はそう言うことが出来なかった。
男はため息をついた。
「……」
「……あぁ、もういいよ。お前、このパーティー出て行ってくれ。これ以上足手まといは置いておけない」
「え……?ちょ、ちょっと待ってくれよ!お前がそれを決める権利は――」
「俺のパーティーに弱い奴はいらないんだよ。これはパーティーの総意だ」
違う。このパーティーのリーダーは俺だ。俺だった。
「お、俺を追い出したらこのパーティーに魔法使いが居なくなるぞ」
「あ?別に良いよ。もっと使える魔法使いに関しては当てがある」
俺の話を聞く気がないのが分かる。俺がこのパーティーを追い出されるのは、この男の中ではもう決定事項なのだろう。
だが、それでこのパーティーを譲るわけには――
「おい、なんだその目。調子乗ってんじゃねぇぞ」
唐突に男の持つ剣の柄で殴られた。地面に倒れ、吐き出した唾にはうっすらと血が混じっていた。
「っぐ……!」
「おいおいおい、まさか俺に勝てるとか思ってねぇよな?スキルすら持って無い癖に何考えてんだ?」
何か言い返そうと開いた口に、剣の先端が突きこまれる。
--血の味がした。どこかが切れてしまったのだろうか。
「ほら、俺が本気でついてたら死んでたぞ?お前の実力なんざこんなもんだよ」
何も喋れない。
「もう冒険者なんてやめちまえよ。雑魚に居場所はねぇんだよ」
剣が引かれ、ようやく喋れるようになるが、口が動かない。目の前の男が怖い。口を少しでも動かしたら殺されそうな気がした。
そんな俺を確認すると満足げに男は頷いた。
「……よし!エテルノ、とにかく今日からお前はこのパーティーのメンバーじゃない。さっさとどこにでも行っちまえ。そんでどっかで野垂れ死ね!」
「……」
「なんだ?まだなんか文句があるのか?」
「文句は、無い。に、荷物を取りに行きたいんだ」
「あぁ、それな。もう売り払ったからねぇよ。ったく、もう少し金になるもの持っとけっての。酒代にもならなかったぜ」
……そうか。ならもう、ここに居ても意味がない。まだ血の味のする口を拭ってなんとか立ち上がり、男に背を受ける。
そこに、背後の男から声が掛かった。
「いいか?覚えとけよ!てめぇみたいな弱虫に居場所はねぇんだからな!」
振り返らない。返事もしないしする気も無い。
俺は別段、弱い部類の冒険者では無かった。が、せいぜいが中の下程度の実力。
あの男よりも弱いために、言い返すことが出来なかったのだ。
「……強くなれば、良いんだろ」
小さな声で呟く。この呟きはあの男には伝わっていないだろう。あくまでこれは自分の意志の確認。いつか強くなって――
――あの男に復讐してやるのだ。
***
「ッ……!」
硬いベッドから飛び起きる。寝汗でじっとりと湿った寝間着が気持ち悪い。
どうもさっきのは夢だったらしい。また随分と懐かしい夢を見たものだ。おかげで寝起きの気分は最悪。
だんだんと意識がはっきりしてきて気づく。
俺はグリスティア達の超広範囲魔法に巻き込まれたはずだった。なのに、生きている。これはいったい……?
「周囲は……っと?」
窓際に置いてある椅子にミニモが座っているのが目に入った。どうやら椅子にもたれかかって眠っているようだが……とりあえず見ないふりをしておこう。
窓にはカーテンが掛かっているがその隙間から日光のほのかな明るさが――待て。日光だと?
それはおかしいだろ。ダンジョン内にいたのだから日光があるのはどう考えてもおかしい。
事実かどうか確認しようと床に足をつけようとした瞬間、全身に激痛が走る。
「いっ……?!」
「……ぅえ?えっ?!エテルノさん?!起きたんですか?!」
叫び声を上げたからだろう。ミニモまで起こしてしまったようだが今そっちに構う余裕は無い。
体がバラバラになりそうな激痛に襲われている状況でこれ以上考えることは――
「エテルノさん!大丈夫ですか!?」
地面に倒れこんだ俺にミニモが駆け寄ってきて、治癒魔法を掛ける。痛みはまだ残っているが……徐々に引いてきたようだ。
「た、助かった。ありがとう」
「いえいえ。エテルノさんもまだあんまり動かないでくださいね!」
ミニモに抱えられ、再びベッドに横たえられ――いや、あの、横たえられるのは良いんだけど、そろそろ下ろしてくれませんかね。
ミニモは俺を腕に抱えた……俗に言う『お姫様抱っこ』の体勢で固まってしまった。
「……おいミニモ、よだれ垂れてるぞ」
「っは!すいません!」
俺を下ろし、袖でよだれを拭うミニモ。……感謝はしているのだが、いまいち感謝しきれないのはこういうところがあるからだろう。
さて、何となく状況が掴めてきた。あの魔法に巻き込まれたのは確かなのだから、ミニモがその傷を治してくれたと見るべきだろうな。
とするとこの体の激痛もその傷が原因か。ミニモですら治しきれないとは、どんな傷を負ったんだ俺は。
「あー……ミニモ、カーテンを開けてもらっていいか?」
「はい!もちろんですよ!」
ミニモがカーテンを開け、眩い光に目がくらんで瞬きを繰り返す。窓の外に見えるのは太陽、そして並び立つ住宅やら店やら。時計を見れば九時を指している。
「ダンジョンの外……か」
「正解です!エテルノさんの治療をしながら昨日ぐらいに地上へ戻って来たんですよ!」
とすると移動時間も考えて、何日間か気を失っていたと見るべきだな。……生きていてよかった。そうしみじみ感じる。
そうだ、改めてミニモにも礼を言わなくては――と、ミニモの方を見るとミニモは既に部屋を出て行こうとしていた。
「あー……ミニモ?どこ行くんだ?」
「エテルノさんが起きましたよ、ってフリオさんたちにも伝えに行こうかと!」
「……そうか」
「えっと、何か御用でしたか?」
「いや、良い。気にしないでくれ」
ミニモは俺の返答を確認すると、スキップで出て行った。
しばし、ベッドの上で考えを巡らせる。思い出すのは先ほどまで見ていた夢のことだ。
強くなりたい。そう決めたのは初めて追放された直後のことだった。
その時はまだスキルにも目覚めていなかったがその後スキルを手に入れ、何度も追放され、ようやくここまでの強さを手に入れた。その方針は今のパーティーでも……変えることは無い。
そもそもフリオのパーティーに入ったのは、『あのパーティーはあくどい奴らの集まりだ』という噂があったからだった。
そんな悪い奴らのパーティーなら俺が強くなるための踏み台にしても罪悪感を感じないで済むからだ。
だが、入ってみてどうだったか?
グリスティアの悪評には理由があったし、フリオだって常に他人を気遣う優男だ。ミニモも時々変なことをするが、他人を見返り無しで治療したりだってする。
俺が今回命を拾ったのもミニモのおかげだ。
俺はこのパーティーを追放されなくてはならない。どんな手を使ってでも、強くならなくてはならない。
その信念は変わらないが……少しでも、このパーティーの奴らに被害が及ばないようなやり方で追放されるようにしたいと思う自分もいるのが事実だ。
さて、どうしたものかな。
俺は悪人には違いないのだから、自己満足の偽善には違いないのだが……何か方法があると良いな。
そんなことを考えていると、扉がノックされる。入ってきたのはフリオ、グリスティア、そしてミニモだ。
フリオが心配そうに駆け寄ってきて、俺を助け起こした。
「エテルノ!大丈夫だったかい?!」
「あぁ。おかげさまでな」
「あの……私の魔法に巻き込んじゃったって聞いたんだけど……」
「気にするな。それは全て俺が悪い」
入ってきてそうそう騒がしいが、この雰囲気も嫌いではない。
つくづく俺がこのパーティーを気に入ってきているのだと実感させられる。
「あ、エテルノ、動けないって聞いたからお土産を持ってきたんだ!はいこれ!」
「……おぉ、本か。良い暇つぶしになるな。ありがとう」
フリオの持ってきたのは数冊の本だった。長編物語もあれば様々な魔導教本、これはそのまま、魔法を学ぶことができる本だな。これを病人に渡すあたり実にフリオらしいというべきか。
最後の本のタイトルは……『知りたくなかった、豆知識全集Ⅲ』。なんだそれ気になる。
しかもこの本、シリーズものじゃないか。なんでⅢだけ持ってきたんだ。ⅠとⅡも気になるじゃないか。
「私はエテルノの好きなものが分からなかったからフルーツだけど……」
「あぁいや、そういうのが一番ありがたいんだ。ありがとう」
グリスティアの持ってきたのは多種多様なフルーツだ。フリオが俺の近くに机を持ってきてくれたので、それの上にグリスティアが積み上げていく。適度な量、色とりどり、いい香り、どこをとっても完璧なお見舞いだ。
これもパーティーの常識人枠であるグリスティアらしいお見舞いだな。
唐突にドスンと、フルーツの横に袋に包まれた何かが置かれる。置いたのはミニモだ。
そこそこ重みがあるようで、袋がベッドに置かれると少しベッドがたわんだ。
「……あー……」
これは、どうすればいいのだろうか。対応に困る。
「開けてみてください!」
「お、おう……」
言われるがままに袋を開けるが、正直こいつのお見舞いは何を持ってくるか分からなくて怖い。
普通に魔獣の首とかが入ってそうな大きさの袋だ。魔獣の首で何かの魔法的効果がどうとか……言わないよな?
袋を開けて、とりあえずほっとする。が、同時にミニモはやっぱりどこかおかしいとも感じる。そう、入っていたのは――
「干し肉、ですっ!」
「……お前、お見舞いのレパートリー他にないのかよ……」
シェピアにも干し肉持ってってたよな……?そもそも干し肉をかみ切ることすら億劫なくらい体が痛いのだが……?
「ミニモ!干し肉は置いてきなさいって言ったでしょ!」
「えぇー、だって、干し肉は美味しいじゃないですかー!」
「駄目よ!ほら、エテルノだって困惑して……」
グリスティアとミニモの会話が完全に親と子供の会話だな。
つい、笑みがこぼれる。
「あ!エテルノさん今笑いましたね!?」
「あぁ。ミニモがあまりにも滑稽でな」
「嘲笑されただけじゃないですか?!」
今朝見た夢を思い出す。俺は強くなるために、いつかこいつらを踏み台にしていかなくてはならないが……それでも、
今の俺は幸せだ。そう、胸を張って言おうじゃないか。
ダンジョン編はここでおしまいとなります!
キリも良いので宜しければここらで評価等々……してくださると嬉しいです!




