シェピア
「グリスちゃん!シェピアさんが起きましたよ!」
「ほ、ほんと?!すぐ行くわ!」
俺はダンジョン内のギルドに帰った後、フリオ達に報告をしていた。
ギルドマスターを倒したこと、その死骸を持って帰って来たからそれを倒した証明にしてほしいこと等々、いろいろな話があったためもうすっかり冒険者たちが起きてきている。
実際はドーラがダンジョンマスターだった、とは話していない。
今後も話すことは無いだろう。だから話したのはあくまで建前の部分、俺が考えた嘘である。
……まぁフリオは普通に信じているが。
そんなこんなで色々な報告をしているうちに、時刻はすっかり昼時である。
そろそろ昼食を用意せねばな、と思っていたところにドタドタと騒がしい足音が近づいてきて、ミニモからシェピアが目覚めたことが告げられる。
報告を聞きながらも心配そうな顔をしていたグリスティアはそれを聞いた瞬間ほっとしたような表情を浮かべ、シェピアの元へと向かっていった。
「おいグリスティア、まだ報告は終わってないぞ」
「ごめん!後で聞くわ!」
「……まぁそういうことなら……」
「ごめんねエテルノ。さっき話した通り、グリスティアとシェピアさんは親友だったんだ。今だけは、許してあげてくれないかな?」
「あぁ、気にするな。……そもそもこんな報告はお前が聞いていれば済む話だったかもだからな」
何も、昼になるまで俺だけが報告をしていたわけでは無い。グリスティアの過去やら何やらも聞かされていたのだ。
グリスティアの悪評はこうだった。『自分の手柄のためなら恩を仇で返すような礼儀知らず』。この悪評はあながち間違っていなかったわけだ。
グリスティアがわざとやったことではないのだろうが、それでも悪意を持った奴らに過去の過ちを利用された。その結果としてグリスティアは他人に疎まれるようなSランク冒険者として広まっていたのだ。
「にしても、魔法学園か……。あいつら、ほんとろくな事しないんだな」
「おや、その口ぶりだとエテルノも何かあったのかい?」
「ちょっと昔、な」
俺を追い出したパーティーの魔法使いにも学園出身の奴がいた。ああいうところの魔導士って無駄にプライドが高いんだよな。
自分は他のどの魔法使いよりも優れてると思っているのが特にタチが悪い。
「そういえばダンジョンマスターと戦った時に怪我はしなかったのかい?どこも負傷が無さそうだから不思議だったんだ」
「いや……苦戦しなかったし、怪我は一切無かったぞ」
というか戦っていないからな。ドーラはダンジョンマスターではあったが戦闘力自体はマンドラゴラ並。
例え戦いになっていたとしても負傷はしなかっただろう。
「本当かい?!凄いね、エテルノは。ダンジョンマスターの居場所まで突き止めて、苦戦すらせずに倒すなんて……!」
「あー……いや……そうだな。うん」
「僕もエテルノみたいに強くならなくちゃね!」
「……おう、頑張ってくれ」
もう否定する気も起きない。少なくともフリオは俺よりも実力自体上だと思うんだがな。
それを言ってやったら言ってやったで益の無い褒め合いになることが目に見えている。
と、嬉しそうな表情のグリスティアが戻ってきた。その手には塊の干し肉……干し肉?
「フリオ!戻って来たわよ!」
「ふふ、親友との再会はどうだったんだい?」
「やめてよもう!」
歓談する二人。フリオがふざけてはグリスティアが照れたようにフリオのことを叩いている。
おい、おかしいのは俺だけか?なんでグリスティアは干し肉を素手で掴んでるんだ。
「あー……グリスティア?」
「ん、どうしたの?」
「いや……なんで干し肉持ってるんだよお前」
「あー、これのこと?友情の証だって!シェピアから!」
ちょっとシェピア大丈夫か?ゴブリンに連れ去られた時に頭でも打ったんじゃないか?
「……よし、俺もシェピアの見舞いに行ってくる。フリオ、後は頼めるか?」
「構わないけど……でもどうしたんだい?」
「ちょっとシェピアの容態が心配なんだよ」
主に頭がな。
***
目が覚めてしばらく経ち、焦った表情のグリスティアが部屋に駆け込んできた。彼女は私の前に座り、しきりに謝っていた。
『師匠のことは本当にごめんなさい』『逃げ出したりしてごめんなさい』『シェピアのことをすぐに助けられなくてごめんなさい』
あぁ、違う。謝らなきゃいけないのは私の方だ。師匠だってグリスティアのことを恨んでいなかったし、グリスティアの才能に嫉妬していたのも私だけだ。
今、私も謝らなくてはいけないと、そう思った。
「……グリス、聞いてくれる?」
「う、うん」
グリスティアが緊張しているのが分かる。この子のことだ。私に何か文句を言われると思っているのだろう。
「まずは、助けてくれて本当にありがとう」
「……ううん。師匠ならもっと早く助けられたはずだから」
この子は既に、師匠の実力を越えているはずだ。
なのに本気で、師匠にはまだ実力が追いついていないと思っている。
「それと、今まで、本当にごめんなさい」
「そんなことないよ!今までだって私が――」
「もし良ければ。あなたが良ければ、仲直りさせてくれないかしら」
緊張は隠せているだろうか。断られて、二度と関わりたくないと言われたらどうしよう。不安に襲われる。
あぁ、そうだ。今まで私が冷たくしてきたのに、急に仲直りしようだなんて虫が良すぎる。そんなことは、許されない。
「も、もちろん!仲直り、しよう!」
私の手を握るグリスティア。やっぱり、この子は凄く優しい子なのだ。
ふと、涙がこぼれそうになる。ダメだ。この子の前では泣きたくない。咄嗟に布団にくるまる。
「え、シェピアちゃん?どうしたの?」
「……ちょっとまだ体調が悪いの。だから、ごめんなさい」
「そ、そうだよね!ごめんね急に!」
「大丈夫。ただその……お見舞いでもらった食べ物は食べきれないからいくつか持って帰ってくれる?」
わかった、と返事をしてグリスティアがお見舞いの品から物を選ぶ。
「ねぇ、グリスちゃん」
「……何?」
「これ、友情の証にしない?」
「それ干し肉だけどね」
ついグリスティアの冗談に笑わされてしまう。私は本当に卑怯だ。どこか、まだあの子の優しさに甘えてしまっている。
そうこうしているうちにグリスティアは帰り、部屋には私が残された。
と、しばらくして扉がノックされる。
「……どうぞ」
「あぁ、入らせてもらうぞ」
入っていたのはグリスと同じパーティーの男。名前は確か――
「エテルノ・バルヘント……だったかしら?」
「覚えてたんだな」
「当たり前でしょ。人をなんだと思ってるのよ」
この男は苦手だ。話していると調子が乱される気がする。
「まぁ良い。来たのは少し、話をしようと思ってな」
「……何よ。何か言いたいなら言えば?」
「じゃあ遠慮なく。お前、責任感じてるだろ」
「なっ……!」
馬鹿にしたような口調でバルヘントが言う。確かに責任は感じている。でもそれを、この男に指摘される理由はどこにも――
「隠したいならもっと演技力を鍛えろ。涙の跡がついてるぞ」
「う、うるさいわね!あんたに関係ないでしょ?!」
すぐにベッドのシーツで顔をぬぐう。バルヘントはそれを見て、かすかに笑みを浮かべて近くの椅子に腰かけた。
「まず言っておこう。お前は責任を感じる必要はない。むしろ連れ去られていた商人たちの命が多少なりとも救われたのはお前の功績だ」
「……でもそれは」
「そうだ。死人は出た」
死人が、出た。その言葉が重くのしかかる。
「だが、それがどうした。出来る限り救いたいのは分かる。だが死んでしまったものを悔やんでも仕方が無いだろう」
「あんた……!」
それはあまりにも酷い物言いだ。死者にだって弔いはあるべきだし、それを救えなかった人間は責められるべきだ。
「一つ言っておこう。俺は自分本位で生きている人間だ。人を殺した魔獣だろうと生かしておく必要があるなら無傷で生かしておくし、俺が強くなるために必要なら他人だって傷つける」
一言一言が重い。この男は口だけではなく、実際にそんなことをやって来ているのだろう。少し、寒気がした。
「でもな。辛くないわけじゃあないんだ。俺のやっていることは明らかに悪だ。それを分かったうえで、やる必要があったからやっている」
「……それは私に何の関係があるのよ」
「そうだな。すまん、話がそれた。俺が言いたいのはな、『後悔していても先に進め』ってことだよ」
そんなことは、不可能だ。
「お前、優秀な魔法使いなんだろ?だったらこんなとこでうずくまってるんじゃねぇよ。もっと多くの人間を救えるはずだ。だったら、やって見せろ」
何故、私はこの男の話を聞いているのだろう。この男は私と仲が良かったわけでは無いのに。
つい、顔を上げて男のことを直視してしまった。
男は、笑っていた。嘲笑でもなく、憐憫でもなく、ただただ微笑を浮かべていたのだ。
どこか悲し気に、どこか自嘲的に。それを見てようやく分かった。この男の言葉がやけに私の調子を乱す理由。
男と私は、よく似ていた。
「ところでなんで干し肉をグリスが持ってたんだ?」
「友情の証だとか何とか言って、お見舞いの品を押し付けたのよ。たしか干し肉を持ってきたのは……ミニモさん、だったかしら?」
「またあいつか」




