孤児院の幼女
「フリオ兄ちゃんだ!今日は何しに来たの?!」
「この横の兄ちゃんは誰ー?」
「この人はエテルノ。僕の友人だよ!みんなも仲良くしてあげてね!」
大小様々の子供に囲まれながら、フリオが楽しそうに言う。
俺は今、フリオに連れられて孤児院へとやって来ていた。言いたいことは色々あるが、まず一つ。俺がいつお前の友達になったんだ。
事の始まりは数時間前……。
***
「エテルノ、君は今日は暇かい?」
「いや、ちょっと部屋を掃除しようかと思っていたが……」
先日、ミニモが俺の部屋に侵入していることが発覚した。そのため、部屋を変えてもらったのだが未だに俺の上着などが消えることがあるため、今日は部屋中にネズミ捕り餅でも仕掛けてやろうと思っていた。
ちなみにだが先日ミニモが持って行ったハンカチは気づいたら部屋に戻ってきていた。怖い。
「んー、後で僕も掃除を手伝うから、少し付いてきてくれないかい?」
「まぁいいが……荷物持ちでもすればいいのか?」
「ちょっと君に紹介したい人がいてね」
フリオの知り合いか。それならば会ってみるのもいいかもしれないな。うまくやればフリオの苦手なものを知ることができるかもしれない。
そう考えて、俺は二つ返事で了承した。
ミニモに関してももちろん早く何とかしたいんだがな。
***
そして今に至る。連れてこられたのはフリオの出身の孤児院のようだな。
俺はいつフリオの出身の孤児院に連れてこられるほど仲良くなっていたんだ。まだ蛇討伐しに行って部屋を散らかしたぐらいしかした覚えがないのだが?
「なぁなぁ、兄ちゃんは何ができるんだ?」
「……俺か?」
「うわ、兄ちゃん目つき悪いな」
子供は本当に素直だな。いいことだ。だが目上の人間に舐めた態度をとったらどうなるか教えてやろう。
「ほら、見ろ」
「なにしてんだ兄ちゃん、急に手なんて出して」
「ほーら噴水」
魔法で水を生成し、子供の顔面に向けて噴射してやる。
「なぁあぁん?!」
「おう、大丈夫か」
「……兄ちゃんすげぇな!魔法使いなんだな?!他のも見せて!」
しかし子供には効果が無いようだ。威力が足りなかったか?であれば次は砂を……
「エテルノ!話は通してきたからこっちに来てくれ!」
「ちっ」
「おっと、もうみんなと仲良くなったんだね?随分と懐かれているじゃないか!」
呼ばれてしまってはしょうがない、命拾いしたなガキども。これに懲りたら二度と俺に生意気な口を……
「また来いよな兄ちゃん!」
二度と来るか。俺はそう心に誓ったのであった。
***
「ふふふ、お主がフリオの友達じゃな?」
「……フリオが会わせたかったっていうのはこれか?」
「うん、そうだよ。僕はこの人に育てられたんだ」
「これって言うでないわ!」
目の前にいたのは白髪幼女。俺の腰程度までしかない身長のためか、台座の上に立ってふんぞり返っている。これまた先ほどのガキどもと同じくらい腹立つ顔をしているな。
「ガキじゃないか。こいつにも魔法をお見舞いすりゃあいいのか?」
「フリオ、こいつは本当にお主の友達なのか?今にもわしに攻撃してきそうなのじゃが?」
「はい、そうですよ」
だから、友達になった覚えは無いのだが?
幼女がバタバタと手足を振って抗議する姿は、どう見ても駄々をこねる子供そのものである。
のくせに老婆のような口調なのが意味不明だ。
……流行っているのか?この口調。
訳も分からず黙っていると、幼女が小さな手を俺に向けて差し出してきた。
「フリオがそういうのであれば……。サミエラじゃ。よろしく頼むぞ目つきの悪いの」
「よし、やはり燃すか」
「怖ぁ?!」
幼女、いや、サミエラは表情豊かだ。こういうタイプはからかうのが楽しいんだよな。
さて、この状況だがなんとなく読めてきたぞ。このサミエラだが多分……
「エテルノ、サミエラはエルフ族なんだ。今はこの孤児院を運営していて、僕を拾ってくれたのもこの人でね」
やはりか。まぁそうでもなければこの状況は考えにくいからな。
亜人族を見るのは珍しいが、別に初めてではない。こいつがこの見た目で幼女ではないというのであれば何かしら長寿な亜人族だと考えるのが普通というわけだ。
「しかしなんで俺が会わなくちゃならなかったんだ?わざわざ幼女を見にくるほど俺は暇でもなかったんだが……」
「幼女ではないのじゃが?!」
「うん、友達ができたら紹介するように言われてたんだ」
「フリオも否定してくれんのかの?!」
うるさい幼女だ。まさか会う相手がこんなやつだとは、土産にと菓子を持ってきたのが無駄になってしまったな。あとで外にいるガキどもにでも放り投げておこう。
「……まぁ、いかに性格の悪い奴じゃろうとフリオの友達には変わりないからの……。わしは歓迎する……」
「不服そうだな」
「当たり前じゃろう!自分の育ててきた子の初めての男友達がこんな奴じゃぞ?!」
俺を指さしてそんなことを騒いでいるサミエラ。こんなとか言うな。
……いや待て、今何て言った?
「今、初めてとか言ったか?」
「うむ、フリオにもようやく友達ができて嬉しいぞ!」
「いやー、ちょっと僕も照れるな……」
……考えるのはやめようそうしよう。そしてとりあえず宿に戻ってミニモにでも八つ当たりしてやろう。
サミエラとフリオが楽しそうに談笑している横で、俺は一人虚無感に襲われるのだった。
***
「ん?もう外に出るのかい?」
「あぁ。顔も見せたしもう十分だろ」
「そうだね。じゃあ外で待っててくれるかい?」
「手早く済ませろよ」
そう言うとエテルノは足早に出て行ってしまった。
彼にはやはり、孤児院の雰囲気は合っていなかっただろうか。でも子供たちには懐いてもらえていたようだし……。うん、結果的に良かったんじゃないだろうか。
「のぅフリオ、あれが友達はちょっと良くないんじゃないかの?」
「そうですかね?」
「当たり前じゃろ。あやつ、めちゃくちゃ感じ悪いではないか!」
サミエラが難しそうな顔をしてそんなことを言う。
確かにエテルノは人当たりがいいとは言えない。僕はまだ彼が笑っているところを見たことがないし、彼から話しかけられたこともほとんど無い。
「でも、根はすごくいい人なんですよ。僕の噂を微塵も気にせずに、僕たちのパーティーに入ってきてくれたんです」
「うーむ……。それは確かに……。いや、でも一切噂に興味がなかっただけかもしれんぞ?」
それに彼はすごく努力家だ。僕は知っている。彼は自分の部屋に戻った後も熱心に何かを書いているのだ。
後で彼に聞いてみたらただ一言、『作戦を練っていた』と言っていたが、いったい何の作戦を考えていたのだろうか。
「あぁああ?!!このくそガキども!許さねぇぞ?!」
「な、なんじゃぁ?!」
外から彼の叫び声が聞こえてくる。思わず、笑ってしまった。
「きっと子供たちですね。エテルノにいたずらでも仕掛けたんでしょう」
「こ、子供はすごいのぅ。あやつにいたずらとは、怖すぎるぞ……」
「ま、僕も止めに行きますかね。エテルノも帰らずに待ってくれていたようですし」
だって、エテルノがさっさと帰ってしまっていたなら未だに孤児院に留まっているはずが無いからね。
僕から頼んだことではあるけどね。
彼は不愛想だ。だけどきっと、根は良い人なのだと思う。不愛想で、口が悪くて、でもどこか温かい性格をした彼は確かに僕の親友なのだ。
僕が外に出ると、全身を泥まみれにされたエテルノが立っていた。
そんな彼に、僕は無言でタオルを差し出すのだった。
なんか、ごめんエテルノ。