グリスティア ②
「えっと……私の聞き間違いじゃなければ……下着の色を聞いたの?」
「あぁ。そうだとも」
「……」
「え、えっと……シェピアちゃん……?」
硬直するシェピアちゃんがゆっくりと、杖を女性に向ける。
呪文の詠唱、聞き覚えのある呪文だ。シェピアの周囲に何十もの火球が出現し、それら全てが女性に向けて飛んでいく。それぞれが複雑に動き回って、本来ならあり得ないような軌道で飛んでいくのはシェピアちゃんが操作もこなしているからだろう。
私はそれを見て純粋に、凄いと思った。
「おっと。すまないが教室に燃え移ったら私まで叱られてしまうのでね。その火球は受けてあげられないな」
「ふざっけんじゃないわよ!絶対ぶっ飛ばすから!」
「うーん、その熱い情熱だけ受け取っておくよ」
女性が杖をかざした瞬間、詠唱も無しに瞬間的に火球が消えていく。無詠唱でこの速度は、ありえない。シェピアちゃんも驚いているようだった。
そうして、シェピアちゃんの放った火球はすぐに無くなってしまった。
それを見て一つ、安心したようにため息をついた女魔術師は自己紹介を始める。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はアリシア。ドリット=アリシア。師匠とでも呼んでくれると嬉しいよ」
「な、何者よあんた……!」
「ん?ドリット=アリシ――」
「そうじゃないわよ!なんでこんなことができるのって聞いてるの!」
アリシアさんは首を傾げていたが、やがて納得したように言う。
「あぁ、そういうことか。他人の魔法に干渉するなんて簡単だよ。だって私、元Sランク冒険者だし」
「Sランク……?!」
Sランク冒険者なんて、見たことが無かった。一生に一度でもかかわるかどうかというレベルの存在。
だけど、彼女の実力を見た後だとSランクというのも納得できるような気がした。
「そそ。まぁ今はただの雇われ教師だから気負わないように。……あぁ、いや、今日から君たちの専属教師だから敬いひれ伏してくれ。ほらほら、土下座はまだかい?」
「誰があんたなんかに……!」
「おや、いいのかい?」
「な、何がよ」
アリシア先生が指でわっかを作り、彼女の目の前に持っていく。まるで何かを見通しているような――
「学校中に今日の君の下着の色をばらしても構わないよ、ってことだとも!」
「は、はぁ?!なんでそんなの知ってるのよ!第一知らないからさっき聞いてきたんじゃないの?!」
「いや、私普通に透視の魔法ぐらい使えるし。でもそういうのは自分から言わせたほうが趣があると思わないかい?」
「知らないわよそんなの!」
会話に置いていかれてしまった感が半端ない。
というか、シェピアちゃんもアリシア先生もさっきからパンツの話ばっかりだ。怒られるのを覚悟で来ていたのに、なんだろう。この状況。
シェピアちゃんは騒いでいるし、アリシア先生はそれをのらりくらりと躱しているし。
と、アリシア先生がこっちを振り向いて言った。
「……白!」
「えっ」
「ちょっとあんた!何グリスティアまで巻き込んでるのよ!」
「いやぁ、ごめんごめん。でもさ、無防備な女の子がいたらそりゃぁ――」
もちろん私も無言で、杖を構えるのだった。
***
「いやぁ、楽しませてもらったよ!」
「ふざっけんじゃないわよ……」
「え、えっとそれで……アリシア先生、でしたっけ?」
「あぁいやいや、私のことは『師匠』って呼んでくれると嬉しいな!」
「じゃあ、えっと、これからは師匠が私たちに魔法を教えてくれるんですか?」
「そういうことになるね。私の実力は今見せた通りだ。多少は信頼できるのが分かっただろう?」
確かに、この人に教えてもらえばさらに魔法は上達するだろう。
私とシェピアが二人で攻撃を仕掛けても、傷一つ負っていないのだから。
「でも初対面で下着の色を聞いてくる人を信頼は出来ませんかね」
「そうよ!グリスティア、よく言ったわ!」
「ごもっともで。じゃあお詫び代わりに私の方も下着の色を公開しようか」
「聞きたいと思いませんから別にいいです」
こうして私たちは、師匠から魔法を学ぶことになり、それから一年が経つ頃には私もシェピアも、上級生すら追い抜いて学園でトップの実力を持つレベルまでになっていた。
しかし、上級生を越えたぐらいから私たちを取り巻く環境は大きく変わっていくことになる。
「グリスティア、今日ってこの後暇?」
「んー、今日は家に帰ったらやることがあるから……遠慮しとこうかな」
「あぁ、そう?」
森での課外授業を終え、シェピアと一緒に学校に帰ってくる。
身体が泥だらけになっていたので、普通の靴に履き替えようとした時だった。
――靴を履いた足裏に、違和感を覚えた。もぞもぞと、何かが蠢いているような。
「ひっ……?!」
「どうしたのよ?そんな急に……って、それ……!」
思わず靴を脱ぎ棄てる。靴の奥に、虫が入っていた。それも、履く前に気づかれないよう奥の方に、何匹も。靴下には、何匹かを潰してしまったのだろう。虫の体液や千切れた足がくっついていた。
シェピアが私の靴を拾い上げ、顔をしかめる。靴裏にはペンキで『虫女』とだけ、書かれていた。
--この事件以降、似たようなことが度々起こるようになった。
私は、虫に触れなくなった。目にするのも嫌なほど、嫌いになったのだ。
***
「あぁ……血統とか外聞とか気にするような子も確かにいるからね。君たち、とくにグリスの成長速度は凄まじい。妬みでそういうことをする子も出てくるだろうさ」
「だからって……!」
「私も先生方に話は通してみるけど、それで収まるとは思えないからね……困ったものだよ」
「……そうですよね。すいません」
師匠に話しても、良い反応は得られなかった。それもそのはずだ。今回のような話は学園では割とあることで、一番の対処法は『気にしない』ことだと決まっていた。
で、あれば。私でも無視できると思った。シェピアも私と同じような目には合っているのだから、二人で頑張ればどうにでもなると、思っていた。
「ねぇグリスティア、ちょっと提案があるんだけど、いい?」
きっかけは、シェピアのそんな一言だった。
「私達を馬鹿にしてきてる上級生たちさ、ちょっと見返してやらない?」
「まさかまた問題を起こそうって言うんじゃ……」
「いやいや、子供じゃないんだから暴力何て使わないわよ!」
「教室一つ吹き飛ばした人の言うこととは思えないんだけど……」
「なんでそんな昔のことをまだ覚えてるのよ?!」
シェピアの提案はこうだった。
学園では卒業するとき、魔法の開発が卒業課題として課されることになっていた。呪文を作り、効果を決め、魔法陣に書き起こす。ここまで出来てようやく、一流の魔法使いだということになっていたのだ。
それを私達もやってみよう。上級生たちよりもよほどいい呪文を作り上げて、見返してやろう。そういう話だった。
その頃には、私はスキルのおかげでシェピアよりも良い成績を取れるようになっていた。
『全属性の魔法を扱え、魔法の習得が早まる』。それが私のスキル、『賢者』の効果だった。
だから、きっと私にも凄い魔法が作れるはずだと思った。だから、シェピアの提案に乗った。
言うまでもなく、私たちは大成功を収めた。
***
「グリスティア!あんたの魔法凄いわね!」
「そうかな……?」
「そうよ!こんなの、村どころか国が変わるわよ!」
私が作ったのは、作物の栽培で畑が荒れることのない様に管理するための魔法だった。
村の皆が喜んでくれるだろうと、いくつもの魔法を多重に発動させ、魔獣が来ても、嵐が来ても、夏でも冬でも作物が豊作になるようにするための魔法。
農業魔法、とでも名付けようか。これがあればきっと、村で不自由な生活をする人はいなくなるだろう。
「でもシェピアだって凄いよね。なんだっけ?魔法の……連発?」
「そうよ!規模の大きな魔法を使うと疲れるでしょ?前々からもっと、楽に魔法使えたらなって思ってたのよね!」
シェピアの開発した魔法は、魔法を放った時の疲労を和らげる強化魔法だ。
今のところは効果が少なく、実用化には遠いけれどこの調子なら彼女の魔法が世界の常識を変えるのもそう遠くないだろう。
「結果はどうなるかな……」
「大丈夫よ!他の奴らの魔法見た?寝覚めが良くなる魔法、ですってよ?あんなのに負けるわけないじゃない!」
笑うシェピア。私もついつい、笑顔になるほど嬉しかった。これで私達を馬鹿にする人たちはいなくなると、信じていたから。
***
それから大体二週間後だった。魔法の開発は、私の魔法が最優秀賞を取っていた。シェピアも、上から八番目の順位。これは快挙と呼べることだった。
魔法の開発ではコンテストが開かれる。最上級生だけではない。どの学年でも、先生でも、自身の作った魔法の優劣を比べあう。
そんな中で私が、一番。
思わず、シェピアに抱き着き――
「……シェピア?どうしたの?」
黙ったままのシェピアを不審に思って、私は聞いた。
シェピアの答えは、黙って掲示された順位表を指さすだけだった。
一番上にあったのはもちろん私の名前だ。問題は、その、下。
ドリット=アリシア。師匠の名前がそこにあったのだった。




