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グリスティア ①

 フリオとエテルノを見送り、ギルドには私だけが残された。

 時刻も早い。しばらくすれば他の冒険者たちも起きてくるかもしれないけれど、今は私一人、昨日の祝勝会で飲んだ酒や食べ物の乗っていた皿が残された静かなギルドでうつむいていた。


 思い出すのはシェピアのこと、そして、「学園」で過ごした記憶だった。


***


 今思うと、学園では周りの子よりも浮いた生徒だったと思う。


 私はどこにでもあるような小さな村で生まれ、どこにでもいるような農家の子供として生まれ、どこにでもいるような農家の娘として十四歳までを過ごした。

 そんな環境に生まれたせいで泥に汚れるのも平気だったし、虫を素手で掴むのも平気だった。

 このまま、大人になっていくのだと本気で思っていた。


 しかし、十四歳になった年の秋、村に旅の魔法使いが訪ねてきた。

 魔法には適性があるため、私が頑張ったところで身に着けられないことだってあると知ってはいたが、私は初めて見た魔法に感動して魔法を勉強することを決意したのだ。




 魔法は、驚くほど順調に身につけられた。普通の魔法使いなら習得に三年はかかる魔法も、半年もするころには完璧に扱えるようになっていた。

 後にこれは私のスキルによるものだと知ることになるのだが、それはまた別の話。


 とんとん拍子に魔法を身につける私を、村の人々は驚きの目で見ていた。魔法使いなんて一人もいない村だ。多少私を怖がる人もいたのかもしれない。

 ……けれど、表面上では皆が私を応援してくれ、私もそれに応えて魔法で田畑も耕したし作物の成長だって助けた。

 そんなこんなで魔法の修行と村の手伝いを続けてきて十六歳の春、私は王立の魔導学園に通うことが決まった。




「こ、ここが魔導学園……」


 初めて村から出た私にとって、王都は驚かされることばかりだった。

 町のあちこちで魔法は使われているし、建物だって大きくて豪華だ。

 お肉は柔らかくて美味しいし、ベッドはふかふか。町の人達がこんな生活をしているなんて、知らなかった。

 そしてそんな王都でも、学園の存在感は格別だった。

 魔法使いになる才能がある人間だけが集められ、魔法を勉強したり、新しい魔法を作り出したり。

 そんな場所が都の中心にあるのだった。


「ま、まずは試験に受からなくっちゃ……!村の皆のためにも落ちるわけにはいかないんだから……!」


 自分の頬を叩き、気合を入れる。私が学園に入るための試験を受けるためには言わずもがな、お金が必要だった。

 それを出してくれたのは村の皆だ。期待に応えるためにも、落ちるわけにはいかない。そんなことを考えているときだった。


「ねぇ、そこのあなた」

「ってゃい?!」


 急に背後から話しかけられ、思わず変な声が出る。声を掛けてきたのは見知らぬ女の子。

 大き目のローブに大きな杖。彼女の長い髪が風に揺れる。まさに魔法使い、といった風貌だった。

 私を見つめるその子は、不審そうな顔をして言った。


「な、なによそんな急に変な声出して……。まぁいいわ、あなたもここの学校を受けるの?」

「う、うん。そうだよ」

「そう、じゃあ仲良くしてくれると嬉しいわ。私、シェピアって言うの。あなたは?」

「グ、グリスティア、です!」


 こうして私とシェピアは出会った。シェピアは凄かった。

 私と同年代とは思えないほど凄い魔法を操り、入学試験だって一番の成績で合格。

 私もそこそこ上位には入れる成績を残したのだが、シェピアに追いつけるとは思えないほど実力に差があった。


「シェピアちゃんは凄いね。すっごくかっこよかったよ!」

「そう?」

「そうだよ!呪文を唱えるとことか、すっごく!」

「あんた分かってるじゃない!そうよ!魔法使いは詠唱してこそよね!」

「そ、そこまでは言ってないよ……?」


 それから私たちは、よく一緒にいるようになった。私もスキルのおかげでどんどん魔法が使えるようになっていっていたし、シェピアも色んな魔法を扱えるようになっていた。


 そして、そんな速度で成長を続ける私たちを疎ましく思う人間が現れるのも時間の問題だった。


「グリスティア、あの教師見た?『君たちは自習でもしていなさい。得意だろ?』ですってよ?!」

「まぁしょうがないよ。だってほら、私たちに合わせると他の子たちが付いてこられなくなっちゃうしさ?」

「そんなんで納得できないわよ!そもそも他の奴らなんて、授業サボったり寝てたりする不真面目な――」


 お昼休み、私たちは飲み物を買いに学園の外に出ていた。四限の魔術構築論の講師について文句を言いながら学園に帰ってきて、お弁当を開けて、気づく。


「なによ、これ……」

「え……?」


 隣でお弁当箱の蓋を開けたシェピアが困惑する。彼女の弁当箱をのぞき込むと、弁当はぐちゃぐちゃになり、泥が混ぜられていた。すぐに私の分も確認し、私も同じことをされていることを知る。

 シェピアの弁当箱から、虫が這い出てきて、シェピアが小さく悲鳴を上げる。


「だ、大丈夫だよ!これは毒がないやつだから!」

「そ、そうなの?」

「そう!ほら!もう大丈夫!」


 村でもよく見かけていたような虫だ。私は指で虫をつまみ上げ、窓の外に放り捨てた。と、シェピアが拳を机に叩きつける。

 彼女の怒りはどうやら、クラスに居た他の生徒たちに向いているようだった。


「……誰がやったの?私たちが嫌いなら、直接言えばいいじゃない!」


 シェピアが周りを睨みつける。当然、騒ぎを見ている生徒もいたけれど、自分がやった、なんて言う人は出てこなかった。

 ほとんどの生徒はニヤニヤと笑みを浮かべながら、何も言わずに遠巻きにこちらを見ている。


「……そう、そういうことね。だったらこっちにも考えがあるわよ?」

「え?ちょ、ちょっとシェピア……?!」


 シェピアがぼそぼそと何かを呟いた瞬間、教室内に暴風が巻き起こる。

 間違いなく、彼女が使った魔法だ。周囲の生徒のうち数人は耐えているが、ほとんどの生徒は吹き飛ばされる。

 机も、椅子も、周囲すべてを巻き込んだ嵐は、騒ぎを聞きつけた教師が駆け付けるまで続いたのだった。




「で、その、なんだ。嫌がらせをされたから君たちはあんなことをした、と」

「そうだけど、何か問題でもあります?」

「シェピアちゃん、そんなこと言ったらまずいよ……!」


 教師に捕まり、私たちは呼び出されてしまっていた。

 怒られているにも関わらず偉そうな態度のシェピア。確かに私たちに落ち度は……いや、教室を吹き飛ばしたんだからお咎めはあって当然なんだけど。

 教師もシェピアの態度にはすっかりあきれ顔だ。


「あのなぁ……。反省はしてないのか?」

「当たり前じゃない。悪いことなんてしてないもの」

「いやいや、教室内凄いことになってるんだが?」

「前々から似たようなことはあったもの。その報いよね」


 そう、前々から似たようなことはあった。

 さすがに今日ほどの事は無かったが、他にも杖がどこにあるか分からなくなったり私達への文句を書いたような手紙が机に入っていたり。

 シェピアちゃんも今回は流石に我慢できなかった、ということだろう。


「まぁそうなんだが……そうだな。お前らは他の奴よりも才能がある。個別に先生についてもらうか」

「え?」

「そうなの?!やった!」

「あくまで罰則としてお前らを監視する教師をつける、っつう名目だからな。頼むからこれ以上やらかしてくれるなよ?」

「その先生にもよるわね」

「ったく……お前はもう少しグリスティアを見習えってんだ。じゃあ先生つれてくるから待っとけ」


 反省する素振りがないシェピアと、あきれ顔の教師。

 彼が退出してすぐ、私はシェピアちゃんに話しかけられた。


「ねぇ、やったわね!私たちに合わせてくれるってことは、もっと勉強がはかどるわよ!」

「うーん、そうなんだけどね……」

「何よ。言いたいことでもある?」

「うん。吹き飛ばされた子が怪我してないと良いなって……」

「はぁー、甘いわね!あいつらはああなって当然なんだから、良いのよ!」


 そういうことではないと思うけど、シェピアちゃんはいつも自分の考えは曲げない。説得も無理なんだろうな、と思うと、つい笑ってしまった。


「何よ。何がおかしいのよ」

「いや、何でもないから気にしないで!」


「--おや、君たちか。教室一つ吹き飛ばしてくれた問題児って言うのは」

「え、あ?!」


 気づくと、部屋の隅の椅子に誰かが腰かけている。床にまで届くほど長い深緑の髪を持つ女性だ。手にはティーカップを持ち、分厚い魔導書を開いている。

 元からあそこにあんな人はいなかったはずだ。でも誰かが部屋に入ってきた気配は無かった。まるで、どこでもない場所から現れたような、そんな雰囲気を持っていた。


 彼女が魔導書を閉じ、ティーカップを空中で浮遊させたまま固定して立ち上がって思わず緊張が走る。


「だ、誰ですか?この学校の先生、ですよね……?」

「その質問には、その通りだ、と答えておこう。ところで君!」

「な、なによ……」


 この学校の教師だという女性はシェピアを指さして言う。どこか貫禄がある女性の立ち居振る舞いに、あのシェピアも気をされているように感じられる。


「君に一つ大事な質問があるんだけど、いいかな?」

「……何よ」

「今日のパンツの色教えてもらっていい?」

「……はぁ?」


 これが師匠、ドリット=アリシアとの初めての出会いだった。

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