攫われた人々
ちょっとだけシリアス要素を含みます。
「さて、なんとかして巣穴までたどり着かないといけないわけだが……グリスティア、お前はどうするんだ」
「え、そ、そんなの決まってるじゃない。助けに……行くわよ……」
「その割には体は動いていないようだがな」
シェピアの居所が判明してからすぐ、俺たちは作戦会議を開いていた。
ゴブリン達は相当数いることが予想され、俺やフリオのような剣士やら中堅魔術師やらでは突破が厳しいものになる可能性がある。
そこで、実力のある魔術師であるグリスティアにも同行してもらいたいところではあったのだが……グリスティアの返答は曖昧だ。
ここまでに魔法を使ってきた疲労も確かにあるだろう。だが、それよりもシェピアとの因縁の方が関係しているような気がした。
「……」
「来ないのであれば仕方ない。時間がないのだからもう出発するべきだ」
「そうだね。……グリス、君は来れそうなら、来てくれればいいよ」
「あ、ちょ、ちょっと……」
グリスティアにももちろん事情があるのだろう。だが、時間が惜しい。
彼女の言い分を聞いている間に、シェピアの状況が悪化しないとも限らないのだ。
こうして、グリスティアをメンバーに加えることは叶わず、俺とフリオが率いる救助隊は出発したのだった。
***
「うーん……こうして見ると、かなり心もとないね」
「しょうがないだろう。そもそもミニモの治療を受けたからといって精神的な疲労は消えない。こんな朝早くから動ける冒険者が少ないのも当たり前だ」
「アニキさんとかも来てくれれば良かったんだけどね……」
「あいつには商人たちの世話も任してしまっている。これ以上負担はかけたくない」
「うん……分かってはいるんだけどね……」
フリオが不安げに言う。
十名足らず、それが今回何とか連れてくることができた救助隊の人数だ。フィリミルやリリスなどの、実力には多少難のある冒険者もいることも考えると――やはり数が足りない。
「やはり、あくまでやれるところまで救助を試みる、という形になるな。もし突破が不可能なほどゴブリンの数が多かった場合……シェピアには悪いが、撤退させてもらう。ダンジョンでの命の危険は自己責任、という話だったからな」
「……うん。これ以上こちらに被害を出すわけにもいかないからね。何かあったらすぐに撤退、態勢を整えてからゴブリン討伐に臨もう」
フリオの言葉を聞いて思わず驚く。
そんな俺を見て、フリオが不思議そうな顔をした。
「いや、俺が言っておいてあれなんだが、フリオがすんなり救助を諦めるとは思ってなかったな。無理を通してでもシェピアを助けに行こうとするものだと思っていたが……」
「気持ち的にはそうしたいんだけど、でもA班のリーダーとして皆を第一に考えないとだからね。助けに行くとしても僕一人で行くよ」
一人でゴブリンの巣に飛び込むのは常識的に考えれば狂気の沙汰なのだが、フリオは普通にやりそうで怖い。一応監視しておくべきだろうか。
「シェピアさん、怪我してないと良いんだけど……」
「……ゴブリンの生態的に、死んでいることは無いはずだが……」
ゴブリンには、他の魔獣ではあまり見られない生態がある。すなわち、『獲物を生かしたまま捕らえる』というものだ。というか基本的に、なんであろうと巣に持ち帰る性質がある。
例えば、人間の死体。肉はそのまま奴らの餌になるし、死体が鎧なんかを着ていればそれを奪って身に着けるゴブリンもいる。
そしてなによりも見過ごせないのが、女子供をさらうことだ。
子供はそのまま巣の中で育てられ十分に育てられてから食われるという家畜のような末路を辿り、女はゴブリンのオスに犯され、苗床となる。
言わずもがな、シェピアは苗床候補として連れ去られたのだろう。
……つまり、早くシェピアを助け出さなければ救出に成功したとしても廃人同然の状態、苗床にされてしまっている可能性がある。
事実、それを苦に命を絶った女冒険者もいたぐらいだ。
昨晩からシェピアは戻ってきていないため、ゴブリンに連れ去られたのがいつなのか分からないという問題こそあるが――まだ、シェピアには何事もないだろうというのは楽観的過ぎるだろうか。
「巣の入り口なんだけど、城壁近くにあるのが見つかったよ。今回はそこから入ろうと思う」
「了解した。俺もできる限り魔法で援護するが、引き際はちゃんと見極めろよ?」
「……うん。分かってる」
ゴブリンの巣窟攻略が、始まった。
***
「穿て!『解砕貫槍』!!」
「ギギギィヤァアア?!」
「うざったいったら……!」
襲い来るゴブリンを退ける戦いは、苛烈を極めていた。原因は――
「うぅ……」
「っぐ……」
「何とかしてあげたいんだけど、今は無理……!」
背後、私が転がされていた地面には他にも何人もの人間が転がされていた。彼らは町にいた商人かもしれない。女も子供も、男もいる。
既に腹がゴブリンによって食い破られて絶命している商人、腐りかけの死体ながらもゴブリンに犯され、辱められていたであろう女の遺体。
山と積まれた死体はツンとした匂いを発し、ただでさえ鼻の曲がりそうな匂いの巣窟をさらにひどい匂いにしていた。
でも確かに、そんな遺体の山の中に未だ息をしている人達がいたのだ。
怪我もしているし、顔色も悪い。
それでも、生きている。
誰も居なければ、私はすぐに大規模魔法で壁ごとゴブリン達を吹き飛ばして逃げ出そうと画策していただろう。事実それだけの実力はある。
……でも、生きている人がいる。それを知ってしまった瞬間、あの男の言葉を思い出した。
『広範囲の魔法は周囲の人間も巻き込む可能性がある。もっと周囲を気にかけて、小規模な魔法を連発するんだ』
エテルノ・バルヘント。グリスティアと同じパーティーにいる、愛想が悪く、いつも不機嫌そうな男の言葉。
広範囲魔法を使う選択肢は、その言葉を思い出した瞬間消えた。
ゴブリンに捕まってしまったであろう人たちを見捨てれば逃げ出すことは可能かもしれない。
それでも、プライドがそれを許さなかった。ここまで、プライドだけでやってきたようなものだ。それを捨てることなんて、ありえない。
諦める気は、無い。ゴブリンの猛攻を耐えるためだけに魔法を使えば、魔力切れになる心配もそうそう無い。だからなんとか、助けが来るまで耐え――
「……え?」
突如足に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちる。肩に、矢が刺さっているのが見えた。
「--か……」
驚きのあまり声をあげる。いや、あげようとした。舌が回らない。絞り出した声は言葉にならなかった。
原因は想像がついた。毒だ。おそらく、ゴブリンが獲物を仕留めるときに使う痺れ毒。
そんなことを考えている間に、一匹のゴブリンが他のゴブリンを押しとどめて目の前に出てくる。他のゴブリン達よりひと際大きな体、より狂暴そうな顔つき。この巣窟のボスだろうか。
こんな奴に、やられてなるものか。舌が動かずとも魔法は使える。体全てが痺れて感覚がなくなる前に、このゴブリンの頭を消し飛ばして――
――ゴブリンが私の腹に、槍を突き立てた。
「っぐッ……?!」
痛みのあまり叫ぶも、やはり声にならない。
しかも痛みによって集中が途切れ、無詠唱魔法に失敗してしまった。元々普段から、魔法は詠唱して使っていたのだ。こんな時に急に無詠唱なんて、出来るわけがない。
恐怖に駆られ、痺れる体でなんとかゴブリンの方を向く。
ゴブリンがその醜悪な顔を歪め、凶悪に笑うところを見た気がした。




