ゴブリンの巣窟
「うぅう……眠いです……」
「すまないが事態は切迫しているのでな。無理やり起こさせてもらった」
「だとしても水を掛けるなんて酷いですよ……」
ギルドに戻ってきてすぐ、俺はミニモを起こそうと試みた。布団を剥いだり、体を揺すったりと色々試したが起きなかったので、水を顔面にかけてやったのだった。
これについては正直すまなかったと思っている。
顔を拭っているミニモに謝意を伝えながらも俺は本題に入った。
「それについての埋め合わせは今度する。それよりも、聞きたいことがあるんだが……」
「……昨日のあれは私じゃありませんよ?」
「なんだそれ」
見るからに焦り、言い繕おうとしているミニモ。逆に昨日、何をやったんだ。
っと、いかん。今優先すべきはシェピアのことだった。考えを切り替えて、ミニモに質問を重ねる。
「前にリリスがゴブリンを手なずけて帰ってきたことがあったよな?」
「ありましたね。あの時は大変でした……」
「それなんだが……ゴブリンの巣穴はどこで見つけたのか、覚えているか?」
「えっと確か、ダンジョンの壁を掘り進めてるときにゴブリンの巣穴に繋がっちゃったんでしたっけ?」
俺の記憶に間違いは無かったようだ。人間の言語を操るゴブリンがいる、という衝撃の方が大きかったり、その後も色々事件があったりですっかり忘れていたが、あのゴブリン達はダンジョンの壁の奥にいたのだ。
--その残党や、他のゴブリン達がダンジョンの壁の奥深くに隠れていた可能性は十分にある。
もしそちらに、ゴブリンの巣穴が残っていたら?
「くそ、なんで気づかなかった……!」
「え、ほ、ほんとに何かあったんですか?」
「ミニモ、リリスはどこだ?あいつにも確認する必要がある!」
「え、えっと……リリスちゃんは多分もう起きてると思いますよ?ゴブリンさん達と散歩するときは朝早くか夜遅くじゃないと皆を驚かせちゃうからーって、早起きしてゴブリンさんたちを運動させてあげてるとか……」
「そうか。助かった!」
「はい……?お役に立てたなら何よりですけど……」
未だに困惑しているミニモを置いて、ギルドの外に出る。すると、散歩からちょうど帰ってきたところなのだろう。ゴブリン達を引き連れたリリスを発見した。
「リリス、ちょっといいか?」
「あ、エテルノさんだ。何かあったんですか?」
「あぁ。どうもゴブリンが関係しているらしくてな。お前の意見を聞きたい」
「ゴブリンが……?」
首をかしげるリリス。俺が説明を始めると、リリスも事の重大さを理解したのだろう。目に見えて焦り始める。
「そ、それって大変じゃないですか!今すぐ助けに行かないと!」
「やはり壁の向こう側にゴブリンの巣があるという認識で間違いないか……」
「多分そうです!ゴブリンかは分からないけど……でも何とかしなくちゃ!」
リリスのその言葉に反応するように、リリスが引き連れていたゴブリン達が騒ぎ出す。焦るように飛び跳ねる個体、騒ぎ立てる個体、手に持たされているつるはしを地面に何度も突き立てる個体と様々だが、早く救出しよう、という意思は持っているらしい。
おそらくスキルでゴブリン達を従わせているリリスの感情が伝わっているのだろう。
「エテルノ!ようやく追いついたよ!」
「ん、フリオか。丁度良かった。たった今、ダンジョンの壁の中にシェピアがいる理由が分かったところだ」
俺とリリスが話しているところに、フリオ達が追いついてくる。フリオはばてていないが、その後ろをついてきたグリスティアの顔には若干疲れが見える。
当然の話だ。グリスティアはかなり広範囲に探索魔法を掛けていたのだから疲れは大きいに決まっている。
「原因が分かったのかい?!」
「あぁ。シェピアは――『ゴブリンに攫われた』と考えられる」
***
「ちょっと!近寄るんじゃないわよ!」
私は乱暴に地面に転がされる感触で目を覚ました。顔に触れた地面はところどころに小石が飛び出していたのだろう。頬を血が伝うのを感じた。
ざらついた岩肌の洞穴に転がされ、獣臭い匂いを感じる。ひんやりした空気といえど、出来る限り吸い込みたくない汚染された空気だ。なんとかその場から立ち上がろうと上向けに寝っ転がり――私を見下ろす影が目に映った。
私を見下ろしていたのはゴブリンだ。最低ランク、Dランク冒険者でも倒せるレベルの魔物。
醜い容姿としゃがれた鳴き声。体はその不潔さのせいか異臭を放ち、ボロボロの腰布をまとった個体もいる。
でも、おかしい。私は確かに、周囲に魔獣がいないことを確認してあの場所で休みを取っていたのだ。空を飛ぶ魔獣だったり、とんでもなく小さな魔獣ならまだ分かる。だけどゴブリンを見逃すなんてありえない。まるで、「ダンジョンの壁をすり抜けて出てきた」ような……
「ッギイ!」
「近寄るんじゃないって……言ってるでしょ!」
私に触れようとしてきたゴブリンを蹴り飛ばす。殺せはしなかったけれど、頭を押さえてふらついているようだ。
やっぱり、ゴブリン一匹一匹は弱い。これならなんとかすれば逃げ出せ――
「「「ギギギギィギ!!」」」
「うるさっ……?!」
立ち上がり、周囲を確認する。私を取り囲んでいるゴブリン達は先ほど私に仲間を蹴り飛ばされたからか、随分と怒っているようだ。
何匹もがこちらを見て警戒するような鳴き声を上げている。
その数は――数えきれない。洞穴の奥までびっしりと、ゴブリン達がひしめいていた。
と、同時に、理解する。ここはゴブリン達の巣穴だ。先ほど感じた獣臭さはこいつらの物だったのだ、と。
「ッ……上等じゃない!かかって来なさい!大魔術師、シェピア・リトレーの力を思い知ると良いわ!」
ゴブリンとの戦いが、始まった。




