冒険者たちは祝勝会がお好き
「で、ドーラは結局見つかったのかい?」
「あぁ。しっかり見つけてきたぞ」
ギルドに戻って早速、俺はフリオに出迎えられていた。
魔獣討伐に出ていた面々は既に大半が戻ってきており、ギルドの中は随分と賑わっている。
フリオも他の冒険者と同じように休息をとっていたらしく、魔獣の血を拭われて綺麗になった剣がフリオの傍に置かれていた。
「見つかったのなら何よりだよ。でも、どこにいるのかな?」
「リリスが一緒に帰ってきているな。俺はあいつらより一足先に帰ってきた」
「そうなんだ。まぁリリスはまだいなくてもいいかな。岩壁の外の魔獣を討伐する作戦を立てたかったんだけど何かいい案は無いかい?」
「ふむ……。ちょっと待ってくれ。考える」
今、ダンジョン内の町は魔法によって作られた岩壁によって囲まれた状態だ。もう岩壁内に魔獣はいない。が、岩壁の外にはとんでもない数の魔獣がたむろしている。逃げることは……難しいか。
「魔獣の群れを一点突破してダンジョンの外に出られれば楽だったんだがな……」
「それね、できそうだよ」
「そうなのか?」
「うん。魔獣の群れは何でか知らないけど、ダンジョンの入り口方向だけ数が少ないんだ。それに、ダンジョンの入り口には絶対に向かおうとしない。まるで『ダンジョンの外には出るな』って命令されてるみたいにね」
「……それは普通に罠だろ。ダンジョンマスターの意図が見え見えだ」
「だよねぇ」
高度な知略を仕掛けてくると思いきやそんな見え見えの罠まで張るダンジョンマスター。ここはなんとしても、ダンジョンマスターの捜索を優先すべきだな。
俺と同じような考えを持っているのかフリオも悩まし気な表情だ。
「ダンジョンマスター、どこにいるんだろうね」
「そうだな……。俺が単独行動させてもらうのは可能か?」
「え?うん、まぁいいけどどうしてだい?」
「このダンジョンに入っていくつか違和感があった。それを調べてみたいんだが……魔獣の群れも問題だからな。そちらにも労力を割く必要がある。だから、俺一人で探索を続けさせてもらいたいんだ」
俺一人なら、周りの被害を気にする必要も無くなるため色々なことができるという利点もある。
「そういうことなら、是非お願いしようかな」
「あぁ。絶対にダンジョンマスターの尻尾を掴んでくるから待っていろ」
そう言って、ギルド内の荷物を抱えて俺が出発しようとすると呼び止められた。
「待ってエテルノ。まさかそのまま行く気じゃないよね?」
「いや、そのまま行く気だったが……まだ何か用事があったか?」
「あるとも!大事な用事だよ!」
「……?」
少し考えてみたが分からないな。
魔獣討伐の武器の手入れにしたって、俺個人の装備の手入れはフリオ達の帰りを待っていた時に既に終えてしまった。
他に何かやることがあっただろうか……?
「分からないかい?エテルノ?」
「……あぁ、分からないな。すまないが教えてもらえるか?」
「ふふふ、それはね、『祝勝会』だよ!さぁ、勝利をみんなで祝おう!」
「……はぁ?」
にこやかな顔をするフリオと対照的に、俺は怪訝な顔をするのであった。
***
「エテルノさーん!元気ですかー?!」
「うるせぇな……酒臭いから近寄らないでもらえるか?」
「えぇー、私も今日は頑張ったんですよー?褒めてくださいよー」
酔って絡んでくるミニモ。確かにこいつも頑張ってはいたが、今日は皆頑張っていたからな。その程度で褒めてもらえると思ったら大間違いだ。
「はい、フィリミルくん、リリスちゃん。君たちは未成年だからジュースだよ」
「あぁ、ありがとうございますフリオさん」
「ありがとうございます!」
俺とミニモが座っている隣のテーブルにはリリスやフィリミル、フリオとグリスティアが座っていた。
「フリオ、この祝勝会だが、こんなことをしている暇があったら魔獣を一匹も多く倒しておくべきじゃないか?」
「いや、皆一日頑張ったからね。こういうこともしないと、体よりも心が早く参っちゃうよ」
「そういうものか……?」
「そういうものさ。だからエテルノも少しくらいハメを外してもいいんだよ?」
そんなことを言われてもな……。と、テーブルの上に立って何かをしているアニキが目に入った。相当酒を飲んでいるのだろう。顔が真っ赤だ。
「えー、お立合いの皆々様!今から、この花瓶を消し去ってしまおうかと思います!」
はやし立てる周囲の酔っ払い冒険者達。そうこうしているうちにアニキはテーブルクロスを花瓶に被せ――
「ハイ消えた!」
テーブルクロスを取り去った時にはすっかり花瓶は消えていた。
うん、これ普通にあいつのスキルで収納しただけだな。
「あはは……アニキさんも楽しんでるみたいだね……」
「だな。まぁ今日の立役者はあいつと言っても良いぐらいだからな。あのくらいなら許してやろう」
そう。あいつがいたから今回の戦いでは一般人の死傷者がほぼ出なかった。俺たちがここに駆け付けるまでの間、相当な数の人間を守り通していたのは紛れもなくあいつだ。
だから相当なことをしない限り俺はあいつの行動に口を出す気は――
「では!これよりマンドラゴラのしぼり汁と酒を混ぜてカクテルを作る!準備は良いか野郎ども!」
「アイアイ兄貴!」
「た、助けてっす誰かぁー!」
アニキの手にはドーラが握られている。これは……まぁ大したことないな。見逃してやろう。
これ以上見ている価値は無いと判断し、テーブルの上に置かれた食事に手を伸ばす。
あぁ、でもマンドラゴラカクテルは後で分けてもらおうかな。
「ドーラ?!ちょ、ちょっと待ってくださーい!」
残念。リリスが急いで止めに行ってしまった。多少興味はあったのだが……。
「エテルノさんエテルノさん」
と、ミニモに袖を引っ張られる。しょうがなく振り向くと、大きく口を開けて、何か食べ物をよこせ、とねだるミニモの姿。
「……ほら、やるよ」
「んぐんぐ」
少し迷った後にミニモの口の中に料理を運んでやる。すると、ドーラをアニキから取り返してきたリリスの顔が真っ赤になっていることに気が付いた。
ワタワタしながら呟くリリス。
「わわわ……あーん、までしちゃうなんて……いやでもエテルノさんとミニモさんは恋人同士なわけですし……」
「あー……何を勘違いしているのか知らないが、ほら、見ろ」
リリスが勘違いしていそうだったのでミニモのことを指さしてやる、次の瞬間--
「んぐっ?!」
悶え苦しみ、床を転げまわるミニモ。そう。あいつに食べさせてやる前に大量に辛子を振りかけておいたのだ。
「ふはははは!ざまぁみろミニモ!なんどもなんどもしつこくこっちに来るからそういうことになる!」
「えぇ……?」
一瞬困惑していたもののすぐにリリスが気付き、水をミニモに渡す。
それを黙って見守り、ミニモをはめてやったことに満足した気持ちのまま食事に戻ろうとすると、フリオに声を掛けられる。
「エテルノ……やるのはいいけど、ほどほどにね……?」
「言われなくても分かってる。それよりもお前は楽しまなくていいのか?」
「いやいや、僕は相当に楽しんでるよ?エテルノの言ってる意味が……」
「お前も、酒を飲めばいいじゃないかと言ってるんだ」
「……バレてた?」
「とっくにな」
そう、先ほどからフリオは一切酒を飲んでいなかった。大方こいつのことだから、魔獣を監視しないといけないから自分は酒を飲まずに、他の皆は休ませてやろう、とかそんなところだろう。
「大丈夫だ。監視は俺が手伝うからお前も楽しんでいいぞ」
「え、えっと……心読まれてる……?」
「簡単な予測だ。そんなに気にすることでもない」
「……まぁそういうことなら、僕も楽しませてもらおうかな。ありがとね、エテルノ」
「どういたしまして、とだけ言っておこう」
フリオも頑張っていたのだから、そのくらいの権利はあるだろう。そんな宴会で、夜は明けて行った。
--と言ってもダンジョンの中なので、そんなに外の明るさは変わったりしなかったのだが。
***
「ふぁあ……ねむ……」
「ん、そろそろ見張りを交代しようかい?」
「いや、まだ大丈夫だ。お前はもう少し寝てていいぞ」
「そんなこと言われても、もうそろそろ皆起きてくるからね。僕は大丈夫だよ」
宴会に参加していた皆が寝静まってからざっと六時間。俺とフリオは交代で、魔獣の見張りをしていた。
「そんなに時間が経ってたのか……。気づかなかったな」
「ダンジョンにいると時間感覚がどうしても狂っちゃうよね」
フリオとたわいない雑談をしていた、その時だった。
「フ、フリオさん!エテルノさん!」
駆け込んできたのはフィリミルだ。昨日の宴会後、幸せそうに眠っていた彼は今、焦りの表情を浮かべている。
「ど、どうしたんだい?まだ寝てる人もいるんだから、あんまり騒ぐと……」
「そんなこと言ってる場合じゃないんです!シェピアさんがいなくなったんですよ!」
「なっ……?!本当かい?!」
シェピアがいなくなったと聞いて、俺の頭に真っ先に浮かんだのはシェピアと因縁があったはずの、グリスティアの顔だった。




