行方知れずの薬草探し
「ただいまー。こっちはどうなったんだい?」
ギルドの扉を押し開き、フリオとグリスティアが帰ってくる。その体は血に塗れてはいるが、大きな傷は無さそうだ。恐らく魔獣の返り血を浴びてしまったのだろう。
フリオ達が帰って来たのを見てミニモが駆け寄っていった。
「お疲れ様です!こっちには魔獣が来なくなったのでそろそろ町に出て残党の魔獣を倒してこようか、って話をエテルノさんとしてたとこですよ!」
「まぁそんなところだ。だがお前らの様子からすると、もう魔獣は残って無さそうだな」
「ご明察。あらかた倒しきれたんじゃないかな。まだ石壁の外には魔獣が押し寄せてるだろうし、油断はできないけどしばらくは休めそうだよ。他の冒険者たちもそろそろ帰ってくるんじゃないかな?」
やはりか。フリオ達の実力は知っていたが、この短時間で相当な魔獣を倒したものだ。
俺たちがこの町に戻ってきてからまだ三時間も経っていないのではないか?
「あ、強い魔獣とかはいなかったんですか?」
「いやー、そんなにいなかったね。ね?グリス?」
「……そうね。別に大したことは無かったわ」
グリスティアは心ここに在らず、といった感じだ。
魔獣と戦っているときに何かあったのだろうが、まぁ俺が触れても無駄だろうな。俺はグリスティアとそこまで親しいわけでもないし、良く知っているわけでもないのだから。
その時、ギルドの扉を勢いよく開け放ってリリスが飛び込んで来た。
「エ、エテルノさん!ちょっと!」
「ん?リリスか。魔獣討伐、お疲れ様だったな」
「あぁ、ありがとうございます。……じゃなくて!ドーラが行方不明なんですよ!」
「ドーラが?」
リリスの肩を見ると、そこを定位置にしていたマンドラゴラ、ドーラの姿が無い。
「それで、なんでそんなことを俺に言いに来たんだ?」
「ドーラを探すのを、手伝ってもらえないかなぁと……」
「いいじゃないか。しばらく休みになるんだから、行ってきなよ」
「そうは言うがな……」
フリオはそう言うが、割と俺にもやることがある。今は緊急事態だからしょうがないとはいえ、パーティーから追い出されるための作戦も立てておきたいしなんなら未だに見つからないダンジョンマスターの行方についても調べなくてはならない。
俺が渋っている様子を見てフリオが俺と肩を組むようにして言う。
やめろ。返り血が俺にも付くだろ。
「大丈夫だよ、ギルドはしっかり、僕が守ろう。約束する」
「私もいますし、グリスちゃんもいますからね。無敵ですよ!」
「ミニモまでそんなことを……」
だがまぁ、リリスには恩があるのも事実だ。ミニモとフリオのテントから俺が出てきたのを内緒にしてもらっているからな。
……しょうがない。気は進まないが、手伝うとしよう。
「よし、分かった。俺も手伝おうじゃないか」
「本当ですか?!やった!」
とそこへ、フィリミルがギルドへ帰ってくる。そういえばリリスとフィリミルは常に一緒に行動していたな。
だが今、リリスは元気そうでフィリミルはボロボロだ。この差はなんだ。
「もー、遅いよお兄ちゃん!私、もっかいドーラ探しに出てくるから、ここで待っててね!」
「そ、そんなこと言ったって僕はリリスと違って自分で戦ってるんだから……」
そこまで言ってフィリミルが床に崩れ落ちる。傷はそんなに重症でもなさそうなので、単純な疲労だろう。
いや、待て。今何て言った?おに……?
俺が自身の聞き間違いを疑っていると、フリオも不思議そうに言った。
「あ、あのー、僕の聞き間違いじゃなければなんだけど……リリスちゃん今、お兄ちゃんって言ったかい?」
「言いましたよ?」
「誰が?」
「フィリミルお兄ちゃんが」
……ダンジョン内、特にA班の面々が静まり返る。それもそのはず、ダンジョン攻略を一緒に進めてきた仲間がまさか――
「兄妹、だったのか……?!」
ダンジョン攻略始まって以来の、大スクープであった。
***
「兄妹……いや、だが会った時から恋人だとは一言も言っていなかったな……」
「まだその話引きずってるんですか?」
ギルドを出て、ドーラを探している俺とリリス。だが未だに、俺はさっき味わった驚きを消せずにいた。
「当たり前だろう。初めて会った時からずっと、恋人同士の二人だとばかり思っていたぞ」
「ミニモさんにも言われたんですけど、そんなに意外でしたか……」
意外だったな。
「さて、ドーラだがどこにいるかとか見当はつかないのか?」
「えぇと……すいません、ちょっと……」
悩む表情を見せるリリス。町並みはかなり壊されているが、このどこかでドーラが下敷きになっていたりしたら探索は絶望的だ。
ただでさえあいつは小さいからな。手がかりが無いことにはどうすることもできない。
「あいつが消える前、何をしていたかとかでもいい。何でもいいから教えてくれ」
「そうですね……。あ、お兄ちゃんが倒した魔獣の上に登って、『我、ドラゴンを打ち取ったり!』とか言ってましたかね」
「何やってんだあいつ」
植物のくせして騎士ごっこか?というかなんでその状況から失踪に繋がるんだ。訳が分からない。
「で、一瞬目を離した隙に空を飛ぶ魔獣にさらわれまして」
「お、おう」
「そのまま魔獣の口にくわえられて、どこかに飛んできましたね」
それ、失踪とか行方不明というより……
「……美味しい薬草を亡くしたな」
「惜しい人を亡くしたみたいな言い方しますね。というかマンドラゴラっておいしいんですか?」
「割とな。あんなんだが一応薬草だから、たまにマンドラゴラの揚げ物とかが出る酒場もあるぞ」
「そうなんですか……」
マンドラゴラ自体が高価な植物だから、そう簡単には食べれないがな。
「しかしそういうことなら、もう諦めたほうが良いんじゃないか?もう岩壁の近くまで来てるんだぞ?」
「でも、私としっかり話ができるのはもうあの子しかいないんです……」
「喋れるゴブリンもいなかったか?」
「しばらく前から行方不明になっちゃいまして、マンドラゴラ事件の日に無残な死体で……」
いや、ドーラにしろゴブリンにしろリリスの魔獣死にすぎじゃないか?
「他のゴブリンさん達もダイイングメッセージで、『めっちゃうるさい』とだけ……」
「それ多分ドーラのせいだな」
そうか……ゴブリンにはマンドラゴラの叫びは耐えきれなかったか……。
可哀そうなような微妙な気持ちに襲われているとリリスが真剣な顔をして言う。
「そんなわけで、なんとかしてドーラは見つけてあげたいんです!何とかなりませんかね?」
「そうは言ってもな……っと、なんだあれ」
岩壁を見る。今、岩壁は魔法によって高さが上げられたおかげでダンジョンの天井にまで到達し、空を飛ぶ魔獣も入ってこられなくなっていた。
だが、俺が見たのは上ではない。下だ。地面に、緑色の何かが埋まっている。
「……あれ、多分ドーラだよな?」
何があったのか知らないが、ドーラは上半身だけ地面に埋まった状態でもがいていた。




