皿に盛られた毒リンゴ
「ぉ……」
隣に立っていたマスクが膝から崩れ落ち、地面に血だまりを広げる。
先ほどまでそこにあったマスクの頭は細かな肉片となって辺りへと飛び散り、綺麗な断面を晒していた。
「オーウェン、お前……!」
「毒を以て毒を制す、ってことわざ知ってるかな?極東の言葉らしいんだけど」
仲間のはずのマスクが倒れ伏したのに気を留めず、オーウェンが笑う。
切り札があるだろうとは思っていた。が、これでは何をされたのか--
「やっぱり禁術を制するには、僕達も禁術を使う必要があった。出来る限りやりたくなかったんだけどしょうがないね」
「……禁術か」
マスクが急に殺されたのが禁術の仕業だというのなら。
「お前今案外焦ってるだろ」
「何を言ってるのか分からないねぇ?僕はほら、相手の手を読むだけが取り柄だったからさ。君と会ってそれが通じなくなって、禁術を身に付ける気合を固めたというか……」
「いや、お前は十分普段の調子を崩してる。だから俺には、勝てないだろうな」
「あはは、冗談が上手いね。君がどんなスキルやら魔法やらを使えようと禁術には勝てないだろうに」
まぁそれはそうなんだが。
「マスクはもう必要ないからね。正直なところ彼の先走り癖には辟易してたから、ここで処理できて良かったかなぁ」
「……仲間だろうに、俺よりも先にマスクを殺すとはな。上司に怒られるんじゃないか?」
「いやぁ、そうなったとしても僕は処分できないだろうからねー」
なるほど。その辺はまだ理性に考えている訳か。
相手の手の内を読めるというだけで禁術使いには有効だろうからな。
オーウェンが処分されたとしても、せいぜいが叱られる程度だろう。
……禁術を取り締まる組織だろうに、禁術を手に入れた人間を処分できないというのも世知辛い話だが。
「というかお前、禁術を恨んでるんじゃないのか?そのくせしてよく自分で禁術なんて身に付ける気になったな」
「君を倒すために必要だったからね。毒を呑み込むことになったとしても君を倒さないと、僕達の障害になりそうだ」
「そりゃ光栄な評価だな。まぁ言っておくとしたら……お前結構矛盾してるのに気づいてないのか?」
元々聞いてた話じゃ、オーウェンは過去に禁術使いと因縁があったせいでこんなにこじらせているのだったはずだ。
で、あるならば自分が禁術使いになるのは何よりも避けたかったはずなのだが……まさか、逆に禁術を使えない人間を虐げる側に回るとは。
「もう良いよね?君をさっさと始末して、僕は帰らなくちゃ」
「フィナももう良いのか?」
「……あぁ、そういえば彼女も禁術を封じるのに有用そうだよね。無事なようだったらマスクの後釜として連れて帰ろうかな」
さて。時間はもう十分稼げたはずだ。
「それで?強化魔法を散々重ね掛けした俺をどうやって攻略するつもりだ?無駄話にわざわざ付き合ってくれたということは、何か策があるはずだな?」
「もちろんだよ。だから安心して恋人のところに行くと良いよー」
「だからミニモは恋人ではないと何度言えば--」
と、ふと足の感覚が消えて体が浮いたような錯覚を覚える。
俺の膝から下が消えているのに気づいたのは、その直後の事だった。
「なっ……?!」
「僕が身に付けた禁術には硬さとか柔らかさとか、そんなもの一切関係ないんだよねー。だからまぁ、君が今まで散々頑張ったのは無駄だったわけ。無駄な足掻きご苦労さまー」
アニキの『収納』と同じような条件のスキルだろうか?
地面に倒れこみながら俺は考える。
痛覚は全て遮断し、同時に浮遊魔法で自身の体を支えてやる。
少なくともオーウェンが自信を持っているだけのことはあるようだ。
俺の切り札を使って不意打ちをすることも視野に入れておく。
「毎度思うんだけど君って全然焦らないよね。自分の体を自分だと思ってないみたいだ」
「なんだ、不満か?冷静でいられた方が生き残るのは身に染みて分かってるからな。習慣になってるんだよ」
怪我をしようとピンチに陥ろうと、一旦痛覚を切っておけば冷静さは保てる。
これが俺の戦い方だ。
文句は言わせない。
「じゃあ君のその度胸に一応敬意を払って教えてあげるけどねー、僕が身に付けたスキルは『物体を別の物に変換する』っていう魔法だよ。錬金術に近い魔法って言ったほうが分かりやすいかな?」
「……錬金術だと?」
「そうそう。さっきのは『人間の体』を『大気』に変えたんだよー」
突如消失した俺の足と、マスクの顔。
それが本当なら矛盾はしていない様に思えるが……
「なんでわざわざ教えるんだ?今までのお前ならこういう状況では間違いなく嘘を言っていると思うんだが」
「失礼だねぇ。でもほら、死に行く相手への手向けみたいな?僕にも少しの情はある訳だしねー」
やはりオーウェンは何かしらが本調子では無いのだと思って良い。
奴が読み合いを完全に放棄しているのはこちらからしても好都合だ。
「--ははは」
「……?なんで笑ってるのか、理解できないねぇ。勝てないのはもう分かっただろうにさ」
「いや?悪いがお前の身に付けた禁術がその程度の代物なら、俺の勝ちは確定だ。降伏することをお薦めしておこう」
「……」
俺の言葉が単なるハッタリだと思ったのか、オーウェンがこちらへ手を伸ばす。
俺からの仕掛けは上々、この程度ではまだまだ終わらない。
オーウェンは、あきれ果てたように言う。
「君はもっと手強いと思ってたんだけどね、拍子抜けしたなァ」
「そりゃお互い様だ。俺もお前が相手なら散々頭を使うことになると思ってたんだがな」
「言うねぇ。もう死んどいてくれるかい?」
「やれるならさっさとやってみろよ」
直後、パチンという小気味いい音を最後に俺は意識を手放した。
恐らくオーウェンの魔法によるものだろうが……そう。これで良いのだ。
勝ちを確信し、俺は最後まで笑っていた。




