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蛇突猛進、ヘビーな駆け引き

「じょ、冗談じゃねぇ……!あんな化け物がこの森に居るなんて聞いてねぇぞ……?!」


 大蛇が這いまわり、巻き付き、森の木々が悲鳴を上げる。

 ミシミシと音を立てて裂けていく木々の中には私の身長と同じくらいの太さの木まで含まれていた。


「……」


 大蛇が暴れ始めてから数分、私を追って来ていた男たちは既に半分にまで数を減らしていた。

 残りの半分は言うまでも無く、大蛇の胃袋の中である。


 ここでも私の体の小ささが幸いした。食べ応えの無い獲物だと思われているのか純粋に蛇から見えないぐらい小さいのか知らないが、とにかく私が狙われるのは後回しにされたわけだ。

 逃げるとしたら、今しかない。


 大蛇が向かった方角から、男の叫び声が聞こえた。


「……私を追ってくるからですよ」


 可哀そうではあるけれど、これも彼らの行動が招いた結末だ。

 助けたくても私には助ける手段が無いし、流石に蛇のご飯になった人間を復活させる治癒魔法も存在しない。

 死ぬ可能性はいつだって身近にある。これが、冒険者の常なのだから。


「さて、どうやって町まで戻りますかねぇ」


 運の悪いことに、大蛇は町のある方角に向かってしまった。

 だから町まで帰るには大蛇の目をかいくぐって行かなくてはならないのだ。


 そうこうしているうちにも私を追ってきた男たちは数を減らしていっている。

 もし彼らが全員食われてしまえば、次は間違いなく私の番だ。


「やっぱり隠れるとしたら地面ですかねぇ」


 木の上に登ったところで蛇も登ってくるだろうし、あの魔獣から逃げるにはこれが適切な気がした。

 それで、蛇が再び眠るのを待って急いで町に戻る……。


 これが多分正解だ。

 だって、お腹いっぱいになったらあの魔獣は眠るだろうから。

 流石に六人も食べればお腹いっぱいになるだろう。


「じゃあ早速見つかりにくそうな場所に穴を……」


 隠れるために掘りやすそうな地面を探していた、その時だった。

 蛇を警戒して散々騒ぎ立てていた鳥たちが妙に静かになっているのに気づく。


「……?」


 不審に思って上を見上げると、口を大きく開いて私を丸呑みしようとしている蛇の牙が眼前に迫っていた。


「ッッ……?!」


 咄嗟に体を縮めて地面を転がる。

 牙にかすって肩に鋭い痛みが走り思わず顔をしかめた。


「痛いっ……!」


 それでもこんなところで治癒魔法を使っている暇は無いので、痛みをこらえて私は走り始める。

 走りながらでも治癒魔法はかけられるし、傷はあと数分で塞がるだろう。

 蛇が大口で削り取った地面を咀嚼している間に、出来るだけ遠くへ。

 

 まさかもうあの蛇が襲ってくるなんて思わなかった。

 もうあの男たちは全滅したのだろうか。


「穴を掘る暇が……!」


 おそらくもうあの蛇は私を追って来ている。

 悠長に穴なんて掘っていたら間違いなく襲われ--


「--こっちだ!隠れろ!」

「へ?」


 ぐい、と手を引っ張られて茂みに引きずり込まれる。

 その先に居たのは……


「え、えっと、誰ですか……?」


 先ほどの男たちの中には居なかったはずの男の子が、私の手を握っていたのだった。


***


「え、えっと、誰ですか……?」


 私の問いかけに、男の子は呆れたような顔をした。


「今そんなこと話してる場合か?お前もあの蛇から逃げてんだよな?」

「え、あ、はいそうです!」

「だよな。まぁ俺もそうなんだけど……逃げ切れそうになくてな」


 そりゃあそうだ。私達のような子供が逃げ切れるほどあの蛇は遅くない。

 ……残念ながら、私達の命はここまでだ。


 そう私が諦めかけた時、彼は言った。


「と、いう訳でこれからあいつを倒そうと思うんだけどお前も手伝ってくれないか?」

「……え?」

「作戦と罠本体は出来てるから問題ないんだが、どうしてもあと一人手伝いが必要なんだ。お前が通りがかってくれて丁度良かった」

「え、あ、え、ほんとにあの魔獣を倒そうとしてるんですか?!」

「おう。そうしないと生きて帰れないだろ。俺はどうせなら足掻いてから死ぬぞ」


 理屈は分かるけれど、そんな無茶な。


「ほら、死にたくなければさっさと動け。自己紹介は動きながらでも出来るからな!」


 まくしたてられてようやく私は動き始めた。

 蛇の牙に引っかけてしまった治りかけの傷口が、なぜかズキズキと痛んだ。


***


「……なぁ、ほんとにお前がおとりをやるのか?」

「はい。まぁ私の方が怪我をしても助かる可能性が高いですし」

「うーん……こんな方法を提案しといて何なんだが、おとりは俺の方が良いんじゃないか……?」


 この男の子から提案された作戦はこうだ。


 私達二人のうちどちらか一人が罠の中心に立っておとりとなって残りの一人が木陰から様子を伺い、蛇が来た瞬間に罠を作動させる。

 作動した罠で蛇を仕留められなければ、動きが封じられている間に全力で逃げる。

 単純明快な作戦だ。


「この罠については貴方の方が詳しく知ってるでしょうしね。罠を作動させるのは貴方がやった方が良いと思いますよ」

「……分かった。お前に怪我をさせないように最善を尽くすよ」

「ええ。お願いしますね」


 罠の中心に立って、私は蛇がやってくるのを待つ。

 いつ来るか分からないけれど、あの蛇は上からの奇襲を好んでいたようだ。

 上には特に注意しておこう。


「そういえばお前、名前は?」

「私ですか?私はミニモ=ディクシアです」

「ディクシア?なんかこないだ潰れた貴族の家がそんな名前じゃなかったか?」

「……遠縁なのかもしれませんね。それで、貴方は?」

「あ、俺もまだ名乗ってなかったよな。エテルノ・バルヘントだ。この森で薬草採取を頼まれてたんだが、仲間とはぐれた」


 エテルノ・バルヘント。当たり前だけど聞いたことの無い名前だ。


「仲間の方はどこへ?」

「あぁ、あいつらなら心配しないで良いと思う。シュリが勝手に先に町に帰るのは良くあることだし、ネーベルもそれについて行ったんだろうからな」


 なるほど。もしかしてこの人、人望が無い感じの人なのでは?

 私がそう訝しんでいると、エテルノさんは咳ばらいをした。


「蛇はな、口を開いているときに自分の上顎で視界が覆われて何も見えなくなるんだ。だから逃げるとしたらそこが狙い目。蛇が口を開けた瞬間横に転がって逃げろ。良いな?」

「はいはい。分かりましたよ」


 と、その時だった。

 一気に森が静まり、緊張が空気を震わせる。

 見上げると、蛇の魔獣がとぐろを巻いていた。


「……!」


 エテルノさんがこちらに手でサインを送り、まだここに留まるように伝えてくる。

 そりゃあもちろん言われなくても。


 蛇がゆっくりと口を開き、チロチロと舌を出したのを見て思わず息が詰まる。

 ……いや。


「……?!」


 息が、出来ない。

 息が吸えない。

 足が痺れて、思わずその場に倒れこんでしまう。


「おいミニモお前何を……?!」


 エテルノさんの驚いた声。

 そんなことを言われても、私だって何が何だか分からないのだ。

 さっきから少し息苦しい感じはあったけれど、それはさっきまで走って逃げ回っていたからだと思っていた。

 でも、これは違う。これは--


「--早く逃げろ馬鹿ッ!!」


 口を大きく開いた蛇が私を丸呑みしようと木の上から落ちてきたのはその直後の事だった。

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