針のむしろでも踊るべく
「すいません皆さん!今すぐできるだけ高く跳んでください!」
開戦の合図は、そんなフィリミルの叫びからだった。
悲鳴にも似たその叫びを聞いた瞬間、僕たちは反射的に高く跳びあがる。
アニキは『収納』で逃げ、僕やミニモは単純に脚力で。シェピアも魔法で高く跳びあがっていた。
フィリミルのスキルである『先見』は未来を予見するスキルだ。
だから、彼が何かを言った場合はすぐに反応できるように僕たちは事前に示し合わせていたのだ。
フィリミルの叫びの直後、地面から鋭く尖った水晶の柱が飛び出してきた。
「わ、え、これはまずっ……?!」
跳んだのは良いものの、着地先が水晶で覆いつくされているのを見て一気に背筋が凍る。
あんなところに着地しようものなら、体ごと串刺しにされて終わりだ。
ミニモがいるから死ぬことは無いだろうけど、痛いのはやっぱり嫌だ。
どうすればこの状況を--
「う、うおおぉお!!気合でどうにかっ!!」
すぐにスキルを発動して人影を呼びだす。
もちろん彼らも空中に呼び出された以上僕と同じように落下していく運命なのだけれど、人数がいればそのうちの一人くらいは--
「誰か壁を掴んで!皆で橋を作るみたいにして僕を持ち上げてくれ!」
近くにあった建物のヘリを掴んだ人影の手をまた別の人影が掴み、さらにその人影がまた別の人影を掴み……
そうして、僕をどうにか掴んでもらってどうにか着地寸前で踏みとどまる。
ただ、足首だけは鋭利な水晶の先端にかすってしまったらしく一筋の血が伝っていた。
「ほ、他の皆は大丈夫かい?!すぐに確認を……!」
建物の上に引っ張り上げてもらい、すぐに状況確認。
……まぁ、言うまでも無く酷い状況だ。
フィリミルの言葉に反応できなかった町の皆は足の裏から水晶に貫かれて悶えていたり、体から串刺しになっていたり。
傷自体は小さいし、水晶もせいぜい腰ぐらいまでの高さしかないので生きてはいるようだが、悲鳴が上がっていたり苦痛の叫びが上がっていたりと、むごい光景だ。
ここが地獄だと言われても、僕は信じてしまうかもしれない。
というのに、血で汚れた水晶は青空の光を反射して綺麗に輝いている。
僕以外に逃れた人間はいないのかと確認してみれば、空に浮き上がっているシェピアのほかにも地面を普通に歩き回っている人が数人。
ディアンとアニキと、ミニモだ。
「ディアン、大丈夫かい?!」
「……僕の禁術は『物体を透過する』っていう物だからね。水晶が物理的なものである限り僕が怪我をすることはないとも」
「……確かに!」
じゃあ問題は無い。
アニキは……アニキが歩いたところや着地したところの水晶が根元から根こそぎ消失しているため、『収納』で水晶を無くしたことがすぐに分かる。
それと、ミニモは……
「……ミニモ、その、痛くないのかいそれ?」
「感覚を切ってますから大丈夫ですよー。それに傷ついてもすぐに治せますしね!」
「えぇ……でもその、結構見てるだけでゾッとするからやめて欲しいかな……」
「注文が多いですねぇ」
ミニモは体中を水晶で貫かれながらも、普通に歩き回っていた。
足裏から水晶で貫かれても意に介する様子は無く、ずんずん進む。
本人は痛みも無いし治癒も簡単だから何も気にしていないのだろうけど、正直見てるだけで鳥肌が立っちゃうような光景だ。
ただ、僕の要望を受け入れてくれたのかは知らないけれどミニモは水晶を手でへし折って進みだした。
……へし折るのもあれだけど、まぁさっきのよりはマシかな。
僕が何とも言えず黙っていると、建物の上に居る僕へミニモが声をかけてきた。
「フリオさん、助けは必要ですか?何も無ければ私、町の人たちを助けに行こうと思うんですけど」
「えっ、あ、ぼ、僕は大丈夫だから早く行ってあげて!」
「分かりましたー。あと、あっちの建物にフィリミル君とリリスちゃんが居るのでお願いしますねー。手当はしてあるのでもう大丈夫だと思うんですけど、早めに合流しておきたいと思うので!」
ミニモが指さしたのは僕の向かいにあるちょっとした商店の二階。
見ると窓ガラスが割れており、窓の奥にはふらふらしている二人が見えた。
……え、もしかして投げ込んだ?
「あの二人は水晶の上に着地しちゃったみたいで、怪我してたんですよ。で、しょうがないので手当てだけしてあっちに行ってもらいました!」
「っ、そうか、あの二人はジャンプしても着地が……!」
「です。早く助けてあげてくださいねー」
すぐに向こうの建物まで飛び移って彼らの元へ向かう。
その瞬間僕の上を何かが飛んで行ったのが見えて視線をそちらへ移すと、エテルノとグリスが凄まじい速さでミニモの後を追っているのだと分かった。
つまるところ、あの二人も避難途中だった町の皆を助けに向かっているのだろう。
「エテルノ!僕もこっちを片付け次第すぐに向かうよ!気を付けて!」
急いでいるのだろうからきっとエテルノからの返事はないだろうと分かっていても、僕はそう言わずにはいられないのだった。




