横っ面に恥
「ちょっとこれどういうことなのよ?こんな……こんな壁なんて前まで無かったわよね?」
「で、ですね。間違いなくなかったはずなんですけど……」
町の周囲を取り巻くように存在する土壁によって道を阻まれた私たちは、空にそびえる壁を見上げて途方に暮れていた。
高さはちょっと高すぎて分からないけれど、よじ登って乗り越えるのは無理そうだ。
私達と同じく足止めを食らったらしい商人たちが壁をどうにかして壊そうとしているのが見えた。
「テミル、どう思う?町の中にはエテルノがいるのよね?」
「ですね。フリオ君とかディアン君もいるはずですけど……」
「絶対面倒なことになってるわよね」
それはもう、間違いなく。
誰がやったのかは分かり切っている。
多分こんなことをできるのなんてマスクさんぐらいだろうから。
マスクさんがどうしてこんなことをしているのかは分からないけれど、私達を閉じ込めていた彼の実力については良く知っていた。
「すいません皆さん、ここはどういう状況なんです?」
団長さんがすぐに近くの商人たちに声を掛けに行く。
気前の良さそうな髭面の商人は気前よく答えてくれた。
「おう、かわいらしい嬢ちゃんだな。なんだ?嬢ちゃんたちもこの町に入りたかったのかよ?」
「えぇ。少し忘れ物があったので戻って来たんですよ。ただ……おかしいですね。この町にこんな訳の分からない壁があった覚えは無いんですが……」
「俺もよく分からねぇんだよなぁ。俺達もこの町でちょっと商売しようと思って来てたんだが、衛兵さんと話してる間にこの壁がズドン!ってなぁ」
ズドン、と言って空へ何かを突き上げるようなポーズを取った商人は、困ったような顔をしていた。
ふと見ると、彼の後ろには赤ん坊を抱えた女性が立っている。
「かみさんも困っててなぁ。まさかこんな足止め食らうなんて思ってなかったもんだからよ、うちのガキも退屈すぎてぎゃんぎゃん泣きやがる」
「うーん、大変ですね……もし良かったら私がなんとかしてみましょうか?」
団長さんがにこやかに商人と談笑しているのを見て、私は劇団員の女の子と一緒に壁に近寄ってみる。
遠くから見るとただの土のようにしか見えないけれど、触ってみるととんでもなく固い壁であることが分かる。
マスクさんはただただ土を隆起させただけではなさそうだ。
他の商人たちも、思い思いにつるはしやら何やらで壁を叩いているけれど壁は削れすらしていないようだ。
「テミルちゃん、これもしかしてなんですけど、下を掘ってくぐれば向こう側に行けたりしないですかねぇ?」
「い、いやそれは多分無理なんじゃないですかね……?」
試しに少しだけ掘ってみるものの、やはり壁は地面の奥深くにも続いているようだった。
「うーん、やっぱりこれをよじ登るしかなさそうですね……」
壁に手を這わせてふと呟く。
よじ登るのは出来なくもないけれど……劇団の皆を連れて、となると厳しそうだ。
皆がみんな私のように運動が得意なわけでは無いのだから。
悩んでいると、団長さんが戻って来た。
その手には一杯の果物。
「えっ」
「皆見なさい!赤ちゃんをあやしたおかげで果物をたくさんもらえたわ!」
「あっ、はい」
「反応悪くないかしら?!」
団長さんが抱えているのは、大小様々の色とりどりな果物。
トゲトゲしているのもあれば綺麗な模様の物だってあるし、よく見かける果物もあれば一度も見たことの無い果物だってある。
「あの人は良い人ね!売れ残ったからって、こんなにたくさん!」
「団長さんって色々と凄いですよねー」
話したことの無い相手に積極的に話しかけに行って、しかも最終的には得をする。
運が良いというかなんというか……。
まぁ、彼女の人柄によるものも少なからずあるのだろうけど。
「あの赤ちゃんはもう大丈夫なんですか?」
「えぇ!私があやしたんだから当然でしょ!」
「赤ちゃんをあやすために来たわけでは無い気もするんですけどね……」
「泣いてる人を笑わせるのが私達劇団の目的でしょ!泣いていればそれが赤ん坊だろうと関係ないわ!」
うーん、まぁそれはその通りなんだけど。
「でも今回の目的はエテルノさんに謝ることですからね。頑張らないとです」
「うっ……わ、分かってるわよ……」
と、その時だった。
魔法使いと思しきローブを着込んだ男が杖を構えるのが見えた。
「あら、あの人壁を登ろうとしてるみたいよ?」
「い、いえ、あれは登ろうとしてるというよりは……」
ふわり、と魔法使いが浮かび上がる。
あれはエテルノさんもよく使っていた浮遊魔法だろう。
空を飛んでこの壁を超えるつもりらしい。
徐々に加速して、魔法使いが上へ上へと昇って行った直後の事だった。
ガラスを思い切り地面に叩きつけたような凄まじい音がしたかと思うと、真っ逆さまに魔法使いがこちらへと落ちてくる。
「ちょっとテミル?!あれマズイわよね?!」
「ぜ、絶対マズイです!」
「じゃあ助けるわよ!魔法が使える子は魔法で衝撃を和らげなさい!使えない子は周りの人の避難を!」
「はい!分かりました!」
魔法使いの人はおそらく気絶している。
で、あれば私達が助けられなければ彼は地面に叩きつけられて即死だ。
私達と同じく魔法使いが落下してくることに気づいた商人たちが悲鳴を上げるころには、既に魔法が展開されていた。
私はあまり魔法が得意なわけでは無いので、皆から一歩離れて周りの人に被害が及ばないようにしておく。
「私の合図で受け止めなさい!1、2……3!今よ!」
団長さんの合図で放たれた魔法が魔法使いを受け止め、衝撃を和らげる。
降りてきた彼は、どこも怪我をしていない様に思えた。
「--すいません、ここから先は立ち入りを禁ずるように言われておりまして」
ふわり、とでも言えるぐらい軽やかに、私達の目の前に降り立った男が居た。
気を失っている魔法使いを抱き起す私達を無視しているかのような言葉を放ち、彼は礼儀正しいお辞儀を見せた。
彼の顔には、以前見たことのある仮面。
「……そ、その、マスクさんの部下の人だったり、します?」
「あぁ、ご存じでしたか。関係者の方なのですか?」
あぁ、やっぱり。この人はマスクさんの部下だ。
どうしよう。そんな風に思って、指示を仰ごうと団長さんの方を見た時だった。
団長さんは、居なくなっていた。
「えっ」
一体どこに?
混乱する私の思考は、『パチン!!』という小気味のいい音で遮られた。
「あんた、馬鹿じゃないの?!あんなところから人を落としたら死んじゃうでしょ?!何考えてんのよ?!」
見ると、仮面の男の横っ面を思い切りはたいたらしい団長が激昂していた。
叩かれた男の方は見るからに困惑している。
「……団長さん……」
そういうところなんですけどね。
今は何も言いませんけど……。




